12 王弟殿下の口に出せない独り言
今回のみの王弟殿下視点です。
まったくもって話は単純明快で、ユリアの父親というからコイツも変わった男なのかなと少し期待していた分、がっかりせざるを得なかった。
王弟殿下と呼ばれる俺の顔はさすがに貴族の当主として知っていたからか、俺の言葉の裏を知ろうとしたりするものの、恋に溺れた哀れな老人と言った男にそうそう読まれるほど可愛い腹の内はしていないと自負している。
男同士の話があるからと、妻子を遠ざけて俺は大公妃殿下の話をわざとしてやった。
彼女がシャグラン王家の血を引いていないから、貴族間の揉め事の種だったから、だから隣国の王子の一人に嫁がせて形だけの友好を表現する駒にした。
まあ、兄上は穏やかな良い人だったので生きていればもしかすれば愛を育んだりもしたかもしれないが、残念ながらそんな日々は訪れなかったわけだが。
能力のある第一王子が王位に就いた時、継承権を放棄した第二王子が補佐する。
しかもその第二王子には紙のように薄いとはいえ、隣国の姫というバックつき。
これでクーラウム王室は安泰、と誰もが思っていた話までは子爵家の皆に聞かせた。
だが下がらせた後に聞かせたのは、ちょっとだけ政治家の生臭い話というやつだ。
大公となった第二王子が死んでしまったなら、別段大公妃は国元に戻っても良かったのだ。
だがそれをシャグラン王家が良しとしなかった。
戻ってきても困るし、というのが本音だろうが他に一応使い道とやらを思いついたからだ。
少なくともその美貌は本物だ。だから貴族たちの中で骨抜きになった相手から情報を得て流すくらいの間諜はできるだろう、というやつだ。
まあそれなりの地位にあるやつは逆にああいう手合いには引っかからないし、この程度の間諜は日常茶飯事なのでお互い国家間でそれをどうこう言うつもりもない。
それなりに実家からの仕送りってやつとクーラウム王家が支払う生活費があれば贅沢はできただろう。
だが歳を経て女としての魅力が衰え始めると、途端に援助金は減っていったようだ。
少なくともシャグラン王家からの援助金は減っていく。なにせ彼女に心酔しているのは残念ながら、もう小物しかいないのだから!
だから彼女が手にする金子は衰えと共に減っていき、当然豪奢な生活など望めない。
その結果、信奉者となった小物に貢がせることで彼女は小さな自尊心を満たす以外なくなってしまったのだ。
残念な話である。美人だったけどな。
それでも庶民の暮らしよりは多分良いと思うけどな。使用人つきで広い屋敷が一つ、仕事が割り振られてるわけでもねぇんだから。
まあそんな生臭い話はもっとあるわけだが、ちょっとだけということで教えてやればあっという間に百年の恋も冷めてしまうらしく――そもそも既婚者がこっそりなにやってんだろうなあと思うんだが、とにかく子爵は俺の提案を受けて書状を書くと約束してくれた。
折角妻も子供もいるんだ、しかも子供はふたりもいるんだ。
今更どうこう色づいたってバチがあたるってもんだと思うぜ、と俺が思わず言うとうなだれちまった。
ほんと、まあ、ユリアには言いづらいがロマンチスト過ぎたんだろうなあ。
女に夢見過ぎなんだよこのおっさん。
そんなだからころっと慣れた女に騙されて、迎えた女房に勝手にがっかりして、あまつさえ自分の娘さえ『怖い』と表現しちまうんだから。
女だって生き物だ。怒りもするし騙しもするし泣くし笑うし、むしろ男のどうこうより激しくて時々めんどくさいもんだろう。
あーあ、まったく柄にもない仕事だった。
そう思ってふらふらと去っていく男が書斎らしい部屋に閉じこもったのを見送ると、別方向からその書斎の戸を叩く女の姿が見えた。
あーあ、これ以上追い詰めてやるなよ。
そう思いながら俺はそれでもそれを止める権利はないんだろう。家族じゃねえし。
と思ったらあっさりアイツはバルコニーに来やがった。
風呂上がりなのか薄手の服にカーディガン、眼鏡もなけりゃ髪も結っていない無防備な姿だ。
おいおい、こんな現場を見られたら一般的には“夜の意味で”の逢瀬だぜ?
まったくもって無防備だなあ!
だが歳の割にそういうことに興味がないと明言するこの侍女殿は、俺の方をちらりとも見やしない。
有能な侍女になりたいと酔っぱらって言っていた言葉を思い出すと笑っちまいそうだが、こういう時は人と目を見て話すもんだろうと苛めてやるのはさすがにやめてやった。
男と目を合わせて話すのは恥ずかしい、だなんて恥じらいをこいつが持っているなんて誰が信じるだろうか?
あのアルダール・サウルだったら信じるかもしれない。
どうもヤツは蓼食う虫も好き好きというやつで、ユリアに好意を持ち始めているようだから。
だからこの現場を見たらあいつはどんな反応をするだろうか?
ちょっとそれを想像すると面白くなってきた。
この話をしたらプリメラは喜ぶかもしれない。
アイツはなんだかんだユリアが行き遅れになることを心配しているのに、嫁に行かれることも心配している。
ならいっそのことディーン・デインの兄に嫁いで親戚になっちまえば離れないで済むんじゃないか?
だけどこいつ、こっちが思っている以上に自分が不器量だと思ってるからなー。
一重がどうとか背丈がどうだとか、俺からすりゃぁ暗闇で脱いだらもう関係ないんじゃねーのって思うんだけど(勿論それを口に出したら袋叩きに遭うとわかってるから言わない。絶対にだ!!)こういうのって女は気にするんだよな。
まあ男でも気にするからこういう美人の基準だったか? そういうのがあるんだろうけどな。
だから俺は、ちょっとした親切で“女扱い”してやれば――初心なコイツは、あっという間に茹で蛸になった。
それが面白くてもうちょっと苛めてやろうかとも思ったが。
これ以上やったらプリメラに怒られちまいそうだし、俺の腹筋がもう我慢できそうになかったので逃げるように用意された客室に戻ってやった。
そしてもう誰にも邪魔されずに、大いに笑ったのだった。