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「……メイナ」
「はい、なんでしょうかユリアさま!」
「ほどほどですからね」
「はい! わかってます!」
「本っ当にほどほどでいいんですからね!?」
無事にパレードが終わり、王城から庭園を臨めるバルコニーに王家の方々が出て参賀の人々と喜びを分かち合うという感動のフィナーレ。
からの、城内はそこで次の準備に大わらわでした。
いやまあそりゃそうですよね、パレードが終われば次は一般参賀を丁重に外へ送り返し、今度は来賓を迎えてのパーティにしなければならないのですから。
城内はお客さまをお迎えするに当り最終確認が入り、ダンスホールは定刻に出来立ての料理を配膳する用意を整え、楽団は調弦と最終打ち合わせと音合わせ。
給仕の人間も担当ごとに点呼と最終打ち合わせ、そういった中で王家の方々は一息ついておられるわけですからそちらの給仕も勿論怠るわけがなく。
プリメラさまも一度儀式用のドレスやお化粧をすべてオフにし、バスローブのようにゆったりした部屋着でお寛ぎいただいて軽食をお召し上がりになり、次のドレスへと御着替えになったわけです。
そしてご来賓の皆様がある程度お揃いになり、王家の方々がご入場という段まで待機となります。
私の役目は、次のドレスに御着替えになるところまで。
なにせ自分の着替えもありますので慌ただしい! ……メイクを自分でしようかと思ったんですが、メイナにお願いしたんです。メイナはプリメラさまについて今回ダンスホールまでお供することになっているので一旦時間に余裕がありましたから。
私だって化粧くらいちゃんとできますけどね? でもほら、一応令嬢の嗜みとして自身を飾るのに自身で侍女仕事してるのってどうなんだってね? BBクリームがないからじゃないからね?
プリメラさまも快くお許しくださいましたし、メイナのメイク技術は私の社交界デビューで保証済みです。でもそんな気合入れなくていいのです。ほどほどにね!?
観劇とレストランに行くだけですからね。ダンスパーティとかのバッチリメイクじゃなくても良いのよ!?
そんな気持ちを込めてメイナに“ほどほど”と言っているのですが、何故か彼女の方が気合が入っていてですね。今更やっぱり自分でやるとかも言い出せない状態です。トホホ。
「んもー、何を仰ってるんですか! 色んな所で聞きましたよ、例の英雄のお嬢さま、アルダール・サウルさまに色目を使ってるってもっぱらの噂じゃありませんか!!」
「そんな噂が流れてるの!?」
「ここはいっちょ着飾って惚れ直してもらったり、英雄のお嬢さまを見返してあげるべきですよ。わたし、頑張りますから!!」
人の口には戸が立てられないと前世の諺にもありましたけど、どっからどう漏れてった!
いやまあ、予想はなんとなくしてた。できてた。
あんな面会とか来ちゃうとか王城の庭でアルダールの事を熱心に見つめたりとかしてたらそりゃまあ噂好きな人がくっちゃべるよね、そして当たらずとも遠からずってやつになる不思議!
しかし、これどういう状況なの……。何でメイナの方が気合入っちゃうんでしょうね、私の方が気後れするとかどういうことなのかな?
いやまあ応援してくれてるんだっていうのは感じてますけどね? ありがたいと思ってますけど。
今回の私の装いはAラインのネイビードレスです。
良い生地を使っているけれど刺繍もビジューもなかったということで既製品としても“モノは悪くないんだけど今一つお買い上げいただけなかった”とかいうドレスです。
普段使いするにはちょっとお値段が高く、けれど夜会に使うには地味すぎるっていうことですね。
私としてはその地味なままでも全然良かったんですけども、おばあちゃんの手によって華麗なる変身を遂げました。
肩から袖がネイビーの総レースになってなんだかエレガントさが増してですね……背中がちょっと出てるのは恥ずかしいですがこの程度はアリでしょう、アリ。大人のオンナですからね!
Vネックのドレスだったので髪の毛を編み込むのもしましたが、本当にメイナの気合の入りようが恐ろしいほどで……うん? もしやプリメラさまのセットをする時の私も毎回このくらいの鬼気迫る感じなんでしょうか……。
いやほら、師匠と弟子は似ると言いますし……私とメイナは上司と部下ですけど。
とにかく私もどっと疲れつつ、準備が終わりましたよ……。
観劇に行けるのは嬉しい事ですが準備だけでこれってもうね、大変ですよね貴婦人って。私はやっぱり侍女のお仕着せでお仕事をしている方がずっと気が楽ですよ。まあ、口には出しませんけども。
メイナはやりきったと言わんばかりに満足そうな顔をしていましたので第三者から見ても大丈夫なんでしょう。前も化けたしね!!
素を見たら二度見されるのが現状ですけど。なにか。
何回あれ? みたいな
「そういえば弟君とはお会いにならないんですか? パーティにお越しになるんでしょう?」
「タイミングが合えば挨拶くらいと思ったけれど、今回は婚約者が一緒だというからまた今度でいいかなと思ったのよ。あちらにも都合があるでしょう?」
「そういえば婚約なされたんでしたね、おめでとうございます!」
「ありがとう。顔合わせの日時は決まっているから、また今度きちんと挨拶することにするから大丈夫よ」
「はい。それじゃあわたし、戻りますね」
「ええ、大変だろうけれど頑張ってね」
「お任せください! スカーレットと頑張っちゃいますから!!」
「……あまり気合を入れ過ぎて、失敗しないようにだけ気をつけるのよ……?」
ニコニコ顔のメイナは可愛いですけど、大丈夫ですかねえ……。
まあ、セバスチャンさんがいるから大丈夫だと信じてますけども。メイナもスカーレットもパワフルな十代ですからね。
いや大丈夫か。普段あの二人が喧嘩したり暴走したりするのを止めるのはセバスチャンさんの得意技でしたね!
年の功というやつなんでしょうか、二人もセバスチャンさんの言う事は良く聞いている気がします。我らが頼れるおじいちゃんです。おじいちゃん呼ばわりすると若干喜んでくれるものの叱られるので内緒ですが。
メイナが出て行って、私の執務室兼自室はしんと静まり返って。
なんとなく待っている時間がどうして良いのかわからなくて、お茶を用意するのも変だしもう着替えとか準備は済んでるんだしこういう時ってなにしてたらいいんだろう。
執務室側へ行って書類でもしたらいいんでしょうか。こういうところがダメなんだってどこかで思いますけど、でもほら、手持ち無沙汰ってやつはどうしたらいいんでしょうね……?
皆に貰ったプレゼントの手袋もショールもばっちりですし、これ以上何してろって言うんでしょう。
仕方なしに、結局自室の椅子に座って大人しく待つことにしました。
だってそれ以外できそうにないですからね!
そうだ、メレクはちゃんと婚約者をエスコートできているでしょうか。
(しっかりしているようであの子はどこか抜けてるからなあ)
緊張しすぎで挨拶とか噛んだりしていないでしょうか、ほら、王弟殿下に実家で会った時のように。
私としては弟のそういう姿は可愛いと思いますが、同じ年頃の女の子からするとちょっと情けなくも見えてしまわないかなあと心配です。
勿論、メレクもプライドがありますからね、失敗なんて見せたくないでしょうし……というか、ちゃんと仲良くできているのかしら。
私と同じように恋愛に対して後手後手とかないですよね? 姉弟ですから心配です。お父さまもあんなですから頼りになるんだかならないんだか……ああ、でも私の母とは恋愛結婚だったんだし大丈夫なのかなあ。
メレクの方がお父さまを頼るかどうかはちょっと微妙だけど。
「……それに、ミュリエッタさんたちに挨拶、かあ……」
思わず声に出してしまったけれど、一番ずっしりと気が重くなるイベントごとだよね。
今は彼らウィナー父娘も与えられた控室で時間を潰していることだろうと思うけど。
いやもしかしたらあれやこれやと注意事項を細々言われてるかもしれないけど。
なにせ今まで一応教育をしてはいるものの、絶対付け焼き刃でしかない程度だもの。高位貴族もいらっしゃるパーティで粗相なんかした日には教育を受け持った宰相閣下のメンツもあるし、英雄ってその程度かって隣国の来賓とかに鼻で笑われる結果になったら国としてもちょっと……。
ああー私が胃を痛める必要性はないっていうのにモヤモヤしちゃうよね!!
何より、あのミュリエッタさんがプリメラさまのお姿を見てなにか変なことを言い出さないといいんだけど。
だって冷静に考えたら、いくらなんでも綺麗で優しくて可愛くて素敵な女の子になったプリメラさまだからってゲーム内のイメージを持っているミュリエッタさんからしたらびっくりものでしかないわけでしょ?
ただびっくりして声を上げただけならまだ『あんまりにも可愛かったから』とか誤魔化せるけど『デブじゃない!?』とか言っちゃってみなよ、もう色んな意味で終わっちゃうでしょ?
いやまあそんなやらかしはしないと思う。思いたい。
生誕祭の日、英雄が祝福され、王太子殿下が多くの人々からお祝いされるこの佳き日に何事もありませんように!
そう思っちゃうのも仕方がないと思いません?
「……あっ、はい!!」
でもその前に。
私は私でイベントをこなさないといけないわけですね! ゲームじゃないけど。
ノックの音に思わずまたもや裏返りそうな声を出した自分を情けなく思いつつ、「……どなたでしょうか」と一応ね! 念の為ね!
「……アルダールだけど、待たせたかな」
緊張してるって声でバレたのか、ドアの向こうで笑っているのを感じて私はちょっとだけむっとした気持ちを覚えたけど。いやうん、まあ緊張しておりますので。
なんに緊張してるのかよくわかんなくなってきたよ!
ドレス姿を、彼がどう思うのかとか。
ミュリエッタさんに挨拶に行く事とか。
そのミュリエッタさんのドレス姿がどれだけ綺麗で、万が一アルダールがそっちにくぎ付けにならないか心配だなあとか。
まあ、色々思うところはあるわけですが。
ゆっくりと、ドアを開ける。
いつまでも、こうしているわけにはいかないから。
さあ、行こうじゃありませんか!