125 彼女の『幸せ』
おかしいなあ。
おかしいなあ。
あたしは、この世界に“生まれた”。
正確には生まれ変わって、前の記憶っていうの? 前世っていうやつだね、それを理解したのは、母さんが病気で死んだ時だった。
お父さんはうだつの上がらない冒険者で、あたしと母さんはそりゃ苦労した。でも家族仲は、良かったよ。
前世の家族の事とかは、あんまり思い出さないようにしてる。
だってそうでしょ?
思い出したら、悲しくなるでしょ? あたし、途中で人生リタイアしたなんてそんな場面思い出したくないもん。
ちゃんと、わかってる。
あたしは、今のあたしの人生を生きなくちゃいけないって事くらい。
そして、ここがゲームで見たことのある世界だってことも。
だって、あたしがやりこんだ、あたしが大好きだった乙女ゲームで間違いない。間違えるはずがない!
あたしは幸いにして、ヒロインの立場で生まれたみたい。
となると、どっかのお店の子みたいなのよりは選択肢が多いってことよね。正直余裕だと思った!
実際、ちょっとステータス上げの勉強とかを真似てみたら、ぐんぐん能力値が上がった気がするもの。
(前世の記憶があるってステータス上げたりするのにはちょっとしたチートだよね。ヒロインってだけで能力値の上がり方が多分元々チートなんだけど)
ステータス画面とかが出せるわけじゃなかったから、セーブもロードもできない、要するにゲームじゃないってこともわかった。
ってことは、モンスターにヤられたらまたもや人生リタイアってことだと理解してぞっとした。
お父さんの事は、嫌いじゃない。大好き。
冒険者やってるから荒っぽいし学があるってわけじゃないけど、あたしの事、大事にしてるってわかるし。あたしも変に気張ってるのよりもずっと気楽だし、旅好きだし。
傷ついて欲しくないから、ステータスを伸ばして、お父さんを補助して……あたしも冒険者資格を取った。これはゲームシナリオになかった。
そうだ、ゲームシナリオにない事をしても、ペナルティなんてない。
むしろセーブもロードもない、この現実でそんなものが存在する方が変だ。
だから、あたしは積極的に動くことにした。
ステータスを上げて、物語のキーになる人物との接触に備えた。
この世界があのゲーム世界とほぼ一緒なら、あたしがゲームで大好きだったキャラクターも実在の人物として存在してる。そしてストーリーと似通った展開があるなら、出会いもあるはず。
そう思って頑張って、巨大モンスター退治を成功させた。
みんなが『幸せ』になって、あたしも『幸せ』になるようにすればいいだけの話。あたしはそれを成し遂げる。
手始めに、エーレン。
ゲームシナリオでは王弟、アルベルト・アガレスさまを攻略するルートに入るための存在。一周目の通常ルートでは出てこない。
ゲーム的には暗殺者・クリストファくんのルートから分岐する形。
エーレンは【ゲーム】の設定だと辺境での苦しい生活から逃れるために必死に働いて辺境伯の館の下働きから王城の下働きにとなるんだよね。
でも結局下働きでこき使われる生活な上に、辺境出身の移民って知られて差別を受けて心が折れて、そこを別の国の密偵になった幼馴染に付け込まれて、クーラウム王国への復讐をするって話になってるんだよね。
手始めに、軍を乱すためにって王弟殿下暗殺を目論むっていうのがメイン。
そこに気が付いたあたしことヒロインによって暗殺を阻止されて、王弟殿下は「流石英雄の娘だな!」って褒めてくれて、そこから愛を深めるっていうライバルとは違う、スリルある大人向けストーリーっていうか……オジサマ層を狙ったストーリーだったんだと思う。
でも今のあたしは、王族なんて面倒な相手はごめんだから。
エーレンもストーリーを知っている身からするとその身の上話も、ストーリー通りで処刑されちゃうのも可哀想だって思うんだよね。だからそうなる前に色々教えてあげることにした。教養と作法を身につけたらもっと上の地位になれるよって囁いてあげたら、ものすごくやる気になってたのはちょっと面白かった。
だって、足し算とか割り算とか、小学生かよ! ってレベルでありがたがられるんだもんね。
どんだけ文化レベル低いのかなって思ったけど、昔学校でやった歴史の授業で考えたら平民から下で教育が行き届かないか行き届かせないのか、まあそういう難しい話なのかなって結局考えるのを止めた。
だってあたし、為政者? だっけ? とにかく政治をする人とかになりたいわけじゃないもの。
でもそのおかげでゲームだと下働きだったはずなのに、彼女は侍女ってものになれたらしい。その上婚約までできたんだとか。
ってことは、エーレンが捨て駒の暗殺者になるってことは回避できたのはあたしのおかげ。なるべくクリストファくんには近寄らないように一応釘も刺しておいたし、彼女も地位ができて恋人ができたんなら安心だよね!
まず、一人幸せになった。流石あたし。
その後は予定通りモンスター退治を経て王城に招かれて、貴族にしてくれるって話を聞いて。
あたしもモンスター退治した立場だけど、お父さんの方を貴族にしてあたしは令嬢って立場になるって教えてもらった。まあ、そうなるって知ってたけどね!
(でも、王城は思ってたよりも、みんな幸せそう?)
予定通りのつもりだったけど……あたしが思っていたよりも、みんな幸せそうだ。
エーレンに会いに行ったら、ちょっと他人行儀でしょんぼりしちゃった。もうちょっと感謝してくれてもいいと思わない?
あたしのおかげで辺境から脱するだけじゃなくて、侍女ってちょっと良い立場になれて、その上結構身分のある人と婚約できたのに。ゲームシナリオの通りになってたら、この後牢屋に行って処刑される羽目になってたのを未然に防いであげたのに! 恩知らずだなあ。
まあ、勿論そんなの口に出して文句は言わないけどね。
頭のオカシイ子って思われちゃうもの。
でも大丈夫。エーレンはもう大丈夫だよね、もう王弟殿下ルートには入らないでしょ。
まあ後で念には念を入れてクリストファくんと接触だけしとこうかな。変に勘繰られるとそっちのルートに入っちゃうかもしれないから……あたしは国に歯向かうつもりはありませんよってね。
(ハンスさんは……あんな人、ゲームにはいなかった)
あたしの狙い、アルダール・サウル・フォン・バウムさまとお友達だって言うから便利な人と知り合えたものだなあって思ったんだけどなあ。
ディーン・デインくんのルートから派生するアルダールさまルートは、学園に入らないと始まらないから……。
ああ、でもここは【ゲーム】じゃないから、出会い方はどうでもいいのかもしれない。
だって現実で逆ハールートのエンディングなんてありえないし、そこから隠しキャラとかありえなすぎるもの。だったら『最初から出会える』って考えるのが妥当かな?
そう思ってたけど……うん、まあその予想は当たらずとも遠からずってとこだよね。
王城内でハンスさんのおかげで会えたもの! あぁー素敵な声だよね!!
あの翳のある表情とかもあたし好み。家族関係で一歩引いたりしちゃう暮らしをしょうがないって受け入れているのに、どこかで抜け出したいって願っている系男子だもんね!!
あたしが、そばにいてあげる。
そうなるはずだったんだけどなあ。
おかしいなあ。
やっぱり【ゲーム】じゃないからかな、アルダールさまのそばには女の人がいる。
まああれだけ素敵な人なんだもの。モテて当然だよね!
でも聞いてびっくり、王女宮とかいうとこの筆頭侍女さんなんだって。
本当に、恋人なのかな? 悪役令嬢プリメラとディーン・デインくんをくっつけるためにアルダールさまが犠牲になってるとかじゃなくて?
あのユリアさまって人は、悪役令嬢プリメラを素敵な姫君、だなんて言ってたけど……やっぱり、おかしいなあ。
ゲームと同じように進むこの世界。
ゲームとはちょっと違うこの世界。
あたしのこの“記憶”からくる悩みなんて、誰かに相談できるはずもない。
(でも、あたしはヒロインだから。魅力的で可愛くて、美人で、抜群のスタイルも、色んな才能も持ってる。これは、有利になる要素しかないじゃない?)
ちょっとだけ、不安要素はあるけど。
でもあたしは“ただの女”じゃないから。
王子とか普通の攻略対象はそのままほっといてもまあまあ幸せだよね。
まあディーン・デインくんはあれだ、アルダールさまの弟だし? 悪役令嬢プリメラの尻に敷かれていやそうだったら時々助けてあげればいいかな。
王弟殿下も王族なんだし今でも幸せそうだよね。
悪役令嬢プリメラも、あたしが何もしなければ恋するディーン・デインくんと結婚できるし……なんだったら友達がいない彼女の、ハジメテのお友達になってあげてもいいかな。将来の義妹だしね!
アルダールさまはあたしとのエンディングを迎えれば、色んなしがらみから解放されて幸せになれるし。
ユリアさま、だっけ? あの人はまあ、アルダールさまとちょっとだけでもお付き合いできたってだけでも幸せだよね。でもフラれて泣いちゃうのは可哀想だから、誰かとくっつけるように考えてみなくちゃ。
それに……『スカーレット』も。
こっちのルートでライバルになるはずの彼女が、嫌われ者の令嬢役のはずが、侍女やってて真面目でってちょっとやっぱりゲームとは違う。
それはエーレンを助けたから? それとも、これが“現実”だから?
接触してみるしかないのかなあ。あんまり王城をうろちょろするとまたあの偉そうなおばあさんが出てきて叱ってくるから嫌なんだけど。
でもまあ、スカーレットが敵でないなら友達になってあげてもいいかも。ゲーム上だと高慢ちきな性格で友達が誰もいない寂しい子だったし、喜んでくれるかも?
ああ、ああ!
なんだかやることも考えることもいっぱいあるなあ! めんどくさい!
特に礼儀作法とかなんとかもう……やたらめったらやらされて、もううんざり。
表向き、真面目にやってるけどあたし勉強とか大っ嫌いなんだよね。まあ、学ぶ事はマイナスにならないから一応やるけどさ。
(早く、アルダールさまとダンス踊ってみたいな)
綺麗なドレスを着て、カッコいいアルダールさまとワルツかあ。
いいね! 令嬢生活、それを目標にとりあえず頑張ることにしてみようかな!
「ミュリエッタ? どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよお父さん! 明日も勉強頑張ろうって思って」
「そうか。……貴族社会ってもっと優雅に贅沢だと思ってたんだけど、面倒もいっぱいだなあ」
「でも広くて素敵なおうちもらえたし、お金も毎年くれるって言うんだからいいじゃない」
「そっか、それもそうだなあ」
お父さんは単純だからね。
あたしがしっかりしないと! でも、お父さんは貴族の一員になれたんだからここから騎士にでもなれれば安泰よね。
あたしは着実にみんなを幸せにするから――そしたら、みんなもあたしを幸せにしてくれるはず。
だってそうでしょ?
お互い幸せ、ハッピーなんだから!
ミュリエッタさん回でした。