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 ミュリエッタさんと別れてアルダールと共に朝食をとって、色々考えていた割にまあ結果が何とかなったっていうだけで思っていたよりも自分が動けなかった……その事実に若干落ち込んでいます。

 ユリア・フォン・ファンディッド……プリメラさまにお仕えする筆頭侍女として今までも色んなことを見てきたつもりでいましたが、個人として誰かとぶつかることを前提にだなんて思ってみたこともなかった……なんて言い訳にしかならないでしょうか。


 というか、アルダールと恋人関係になった時に、彼に憧れる女性から刺される覚悟もしたつもりでした。いえ、本当に刺されるとかはイヤですよ!? モノの例えですから!

 でも意外と今まで遠くから言葉でチクチク言ってくるだけだったものだからこんなもんかと安堵していたのは確かです。


 そうじゃない。そうじゃなかっただけ。

 今までは、ビアンカさまが各ご令嬢に釘を刺してくださって、そこから公爵夫人が友人として扱っていることが広まったり、国王陛下の愛娘であるプリメラさまの“お気に入りの侍女”だから、という立場が私を守ってくれていただけのこと。

 それをすっかり失念していて、真っ向からぶつかってきたミュリエッタさんという少女に戸惑っている、というのが現状でしょう。

 どんだけ恋愛ごとに弱いのかと。自覚していたつもりですが、私は私が思っていた以上にそちら方面はダメダメなようです。


 はっきり言います。

 自分で自分が情けない……。


 そしてこの期に及んで、私はまだミュリエッタさんを“年下の女の子だから、年上の私は助けてあげなければならない”という考えを持っているのです。

 いえ、それは良い事でしょう? 年長者が年少者を助けるのは当たり前の構図です。

 でもそうじゃないんだ。今はそれを必要としていなくて、彼女の年齢はすでに貴族社会においては一人前に近いものであって、幼子を守るような真似をする方が失礼でもあって。

 でも私の中で『前世の私』からすれば、十代のミュリエッタさんはまだ子供にしか見えなくて。


「はぁ……」


「どうか、したの……? コーヒー、苦かった……?」


「えっ、あっ! いえ、申し訳ありません。お時間をとっていただいたのに……」


 そう、お針子のおばあちゃんにお時間をいただいたのです。勿論、王太后さまからご許可をいただいて。

 おばあちゃんが淹れるコーヒーは確かにちょっと苦めです。紅茶党が多い王女宮ではあまりない苦みですが、とても美味しい。


 時間をとってもらってお洒落の相談をしに来たのに、すっかり気もそぞろになってしまいました。

 とことん自分が情けない、というスパイラルに突入しそうです。これはいけませんね……。

 でも、なんと言えばいいんでしょう。こんな気持ちはアルダールに相談できるわけないし、ビアンカさまにだって難しい。だって立場の問題でそう簡単に会えませんし、身分差からやっぱり遠慮もありますし。

 かと言ってじゃあ誰に相談すればいいの? ってなった時に。


 私、相談とか……そういうのって、あんまりしたことがないなあって今気が付いて愕然としております。

 いえ、生きてきて相談したことがないって意味じゃなくてね?

 甘えるっていうんでしょうか。どうしようもなく情けない自分をさらけ出して頭を撫でてもらって大丈夫って言われたい、そういう気分を今までのみこんできちゃったんだなあ、と今更思ったんです。


 幼い頃には母を亡くした父が、できる範囲で甘えさせてくれましたけど……領主でしたからお忙しかったですし。後妻に入ったお義母さまは若くして義理の娘を持った上に領主の妻としててんてこ舞いだった上にすぐ妊娠なさってそちらで手一杯でしたし。

 王城に上がってからは当然甘えるよりも学ぶことが第一で、プリメラさまを幸せにしたいと必死でした。

 そして筆頭侍女になって、部下ができれば泣いている暇なんてなくて。


 そもそも。

 すべてにおいて、私には前世の記憶がある分大人なんだから、と自分を言い聞かせてきたから必要以上に“良い子”だったんだと思います。

 でもその結果がどうでしょう。私は、私の弱音をどこに吐き出していいのかわからないこの体たらく!

 今までは、仕事のことばかりでしたから……プリメラさまもまだ反抗期を迎えてはいらっしゃらないし……セバスチャンさんがそれとなく私が困っているとヒントをくれていたのでそれで助かってしまって弱音を吐くこともなくやってこれた感じです。

 あれ? そう思うとミュリエッタさんが挫折したことないとか偉そうに考察しましたけど私もそうじゃないかな!?


 どうしよう、頭の中がとんでもなくぐちゃぐちゃだ。


「……。どう、したの……? ババアに相談、してみる……?」


「……、私、ちゃんと、……やれているんでしょうか。やれていたんでしょうか。急にそんな風に思ってしまって」


「……?」


 ポロッと出たのは、そんな言葉でした。


 そう、私は。

 ちゃんと、できているんでしょうか?


 プリメラさまを悪役令嬢のような存在にしないため。それはきっと成功した。

 そう思っていたけどミュリエッタさんが登場したら変わってしまうの? 結局彼女が中心になって、私やプリメラさまはシナリオに呑み込まれるの?

 

 そんなはずはない、私は頑張ってきた。

 そう思うけれど、誰かに賛同してもらえるわけもない。


 結果はついてくる。

 プリメラさまが聡明で、美しくお育ちになった事のように! ディーン・デインさまがシナリオと違ってプリメラさまに恋をして、一途に思っているように。


 でもこの不安は、いつになったら消えるのでしょう。

 ゲームのエンディングを迎える来年まで? それともゲームじゃないんだから一生?

 誰にも相談なんてできないと思っているから、この不安はどうしたらいいの?


「すみません、何を言っているんでしょう……申し訳ありませんでし、た……?」


「……良い子、良い子」


「え、あの、な、なにをなさって……?」


「……ババアには、よくわからないけど……貴女はね、ちゃんと頑張ってる、から……今は、おばあちゃんに、甘えてくれたら、嬉しい……わ……」


 プルプル震えるおばあちゃんが、優しく笑って私の頭を撫でてくれる。

 その手は、優しくて、『なにもわからない』って言いながら『頑張ってる』って認めてくれて。


 つん、と鼻の奥が痛くて、目が熱くなる。

 慌てて深呼吸をして、泣かないようにするけど。大声で泣きたくなった。でも我慢だ、我慢!


(だって私は良い大人で、中身は外見以上に大人で、それに筆頭侍女なんて立場もあって、だから泣いたらダメなんだから!)


 泣かないように意地を張る私を見上げて、おばあちゃんはちょっと呆れたように笑った後でまた撫でてくれた。


「……おいで」


 両手を広げたおばあちゃんに、思わず出かけた涙も引っ込んだ。何その男前発言!

 そう思ったけど、今度はその間抜けな顔になった私を、おばあちゃんが抱き寄せてくれた。

 小柄なおばあちゃんが私を引っ張って抱き寄せるから、私は椅子に座ってるのに前屈みのようになったけど、そのまま優しく頭を撫でて、背中をぽんぽんなんてしてくるから。


 引っ込んだ涙が、また出てきそうになってぎゅぅっと唇を噛み締めた。

 なんで、どうして。私は大人なのに!


「頑張り過ぎて、ちょっと、いっぱいになっちゃったの、ね……」


「いっぱい、に……?」


「そう。あなたは、頑張り屋さん、だから……ババアの前では、可愛い孫で、いいのよ……?」


「……、はい。……あり、がとう、ございます……」


 優しい声に、涙腺が、ああもうだめ。

 声は押し殺したけど、ぽろぽろ零れてきた涙が、おばあちゃんのエプロンを濡らしてしまった。

 でもおばあちゃんは何も言わない。優しく、私の頭を撫で続けてくれた。


 ああ、そうか。私、こうして『頑張ってるよ』って甘やかして欲しかったんだなあ。

 ヒロインが現れてもきっと大丈夫、そう思っていたし自信もあったけど、あれは私の中でそう言い聞かせていたことだったんだよね。

 恋なんて、って勝手に諦めてた私がアルダールに出会って、弱くなってしまったんだろうか。

 今までなんとか弱音を吐かずに来れたから――違うな。今まで、たくさん助けられてきたってだけだ。

 弱音を吐かなくても、泣いてうずくまることもないくらい、周囲に恵まれていただけ。


 だから、ミュリエッタさんの事はきっかけに過ぎない。

 前世の私がー、とか言って大人ぶってただけで、全然しっかりなんかしてないじゃないか。

 

 こんなんじゃ、プリメラさまにも、アルダールにも、私を信じてくれたり友人だと言ってくれた人たちにも、皆に顔向けできないじゃないか。

 キャットファイトができなくたって上等。自分の土俵で戦う形は、人それぞれなんだ。

 正攻法のなし崩し、うまくいったじゃないか。アルダールだってミュリエッタさんに惚れたそぶりはなかったじゃないか。


 不安は、誰にだってある。それは、私にだってあって良いということ。

 否定して、一人でなんとかできるなんて過信して、限界までため込んだのが今に違いない。

 私は不安だった。そう認めていいんじゃないかな。認めても、いいんだよね。


 本当は、誰かに甘えたかった。ただそれだけ。

 中身が大人なんだから、我慢しなくちゃ……なんて私の独り善がりもいいところ。こうやっておばあちゃんみたいに、きっとお父さまも、お義母さまも、甘えさせてくれたに違いない。そうしなくて、子供らしいところが少なくて、きっと私はさぞかし持て余された子供だったんじゃないかな。

 

 ああ、私は愛されているのに、愛し返すことがなんてへたっぴなんだろう!

 恋した人をきっかけに、“なくしたくない”って気持ちからこんなにも弱くなってしまうだなんて。


「……落ち着いた……?」


「ありがとう、ございます……」


「最近、恋人が、できたから……色々、考えるの、かしら?」


「そう、かもしれません。私……彼に見合う女性になりたくて。生誕祭の日に、一緒に観劇の予定を立てていて、それで、あの、お洒落の相談がしたくて、なのに……あの、」


「まかせんしゃい」


「え」


 そうだよ、お洒落の相談したかったんだよ!!

 なんか泣いたらすっきりした! ストレス溜まってたのかなあ私。


 とか思ったら、『お洒落相談』におばあちゃんが覚醒した! なんか目がカッと見開かれて……!!


 その後、手持ちの服やら装飾品やらでどうしたらいいのか、何を足したらいいのか、上品な色気とは、なんてことをおばあちゃんからじっくりしっかり聞かされたのでした……あれ?

泣き言は大人だって言って良いものです。

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[良い点] おばあちゃん……好き…… 孫同然の年頃の娘さんのおしゃれ相談で覚醒するところまで含めて大好きです。
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