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「――そこを行かれるのはミュリエッタさんではありませんか?」
声を掛けてからが勝負ですよ。
「えっ……あ、あれっ!? あの、あたし、今貴女に会いたいって申し出たところで……」
「まあそうだったんですか? 約束を入れていただかないとすれ違ってしまうことも多いものですから、それは申し訳ございません」
「いえ……あたしも、昨日の今日で、約束とか……してませんでしたから。それで、あの、……おふたり、ご一緒、だったんですか」
ちらっと上目遣いでアルダールの方へ視線を向けるその姿、うん、守ってあげたい雰囲気ばっちりです。
くっ……そういうのは私にはちょっとできない!!
「ええ。同じ城内にいるとはいえ、一緒に居られる時間は貴重ですから。恋人同士なのでこういう時間を大切にしたいと思ってるんです」
そして私が照れて上手く答えられないと思ったのかアルダールが私の肩を抱くようにして笑顔でミュリエッタさんに応じる。
あの、あれ、ちょっと過剰アピールじゃないですかね! 思わず顔が熱く赤くなりましたがここで恥ずかしがってはいけないってことも理解してます。正直逃げたいけどね!?
だってここ外で、入り口周辺ですからね……朝だから少ないとはいえ、人通りありますからね?
でもアルダールの甘ったるい雰囲気に、ミュリエッタさんの目が若干厳しさを増したのを感じ取ります。
女って女の敵意に敏感と申しますかなんて言いますか、野生の勘? 本能? ちょっとぞくっとしたと言いますか。
いやいや、ここで怯んじゃダメだって……頑張れ私!
「私に会いに来られたという事は何かありましたか?」
「あ、はい……あの! あたし、お手紙にも書きましたけど、みんなと仲良くなれたらなって思って!」
「でしたらまずはしっかりと作法を学び、これから通う学園で同じ年頃の貴族令嬢や子息と交友を深めるのが一番です。私とでは年齢も離れてますから」
これは嫌味とかじゃなくて、本当に。
いくらなんでも年上とばっかり知り合いっていうのはどうかなって思うんだよ。
「え、なんでですか? 学園でも勿論友達は作ります! でも先に社交界のお友達ができたらいいなあって思ったんですけど……変ですか?」
「変、というよりは本来踏むべきステップを何段も飛ばしているようなものですから、周囲も困るかもしれませんよ」
「……だから、あの、ハンス・エドワルド、さまが信頼なさってるっていうアルダール・サウルさまと……ユリアさま? と仲良くなれたらなぁって!」
おいおい……昨日の今日なのにもう私の名前はうろ覚えかな!?
ハンス・エドワルドさまの事も今呼び捨てにしかけたよね。寸でのところで修正できたのは良かったです。教育係さんの努力が窺えますね。
でも名前を気安く呼ぶなってアルダールに釘を刺されてたのに懲りない子だ……!!
潤んだ目で可愛く小首を傾げて物事を知らないから悪気はないの! ってこの雰囲気が……。
あざとかわいい、ってこういう事か~……って思う。
でもねえ、残念ながら社交界ってそういうのいっぱいあるから!
私は詳しくないけど、アルダールがそれにコロッといったりなんか……コロッってしないよね?
そう思って隣の彼を見上げると、ちょっと後悔しました。
笑顔なんだけど、これ……イラッとしてますね……!!
「名前を気安く呼ばないでいただきたいと以前も申し上げたはずです。三度目は、ありません」
「えっ……」
さすがのミュリエッタさんも、冷たく切って捨てるようなアルダールの言葉にちょっと顔面を引きつらせたのを私は見ました。見ておりましたよ!
でも私もちょっとだけびっくりです。アルダールは確かに距離感のない相手を好まない性格だと思いますが、ディーン・デインさまと同じ年齢の女の子に対してここまでビシッと言うと思いませんでした。
いえ、私たちは年長者としてダメなことはダメだって教えてあげなきゃいけない立場でもありますからね。年齢もですし、貴族としても。
「じゃ、じゃあ、あの、なんて呼んだらいいですか?」
「ミュリエッタさん、そこはバウムさまで良いと思います。私のことはユリアで構いませんが、公式の場ではお気を付け下さいね」
「……はい」
一気に現実を突きつけられた気分なんだろう、彼女は視線を落としてぎゅぅっと両手を重ねて握りしめるようにしていた。それが苛立ちなのか、落ち着こうとしているのか、そこまではちょっとわからない。
でも彼女にもわかったはずだ。
ゲームの“ヒロイン”だからって、現実は厳しいことだらけだってこと。
勿論、彼女にとっていろんなことが優遇されている世界だとは思うの。
美貌。魔法。前世の知識。
それらを上手く使えるなら、それこそちょっとしたアクシデントくらいちょちょいのちょいだと思うんですよね。
でも経験則から導き出す答えもあるから、失敗だってあるでしょう。
今までは辺境という地で冒険者の家族として旅をし、根付いた生活をしていなかったから知らなかったこともあるはずです。当然旅で知ったこともたくさんあると思いますけど。
四則演算ができることで神童のように思われたでしょうし、ステータスを上げる方法を知っていたからそんじょそこらの大人よりも強かったでしょうし、治癒魔法だって使えるはずですからね。
おそらくですが。今まで彼女は『挫折』したことがないんじゃないでしょうか。
だから、ゲームそのものが始まる時期になって“ストーリー通りにいく”とは思っていなくてもヒロイン補正で今までと同じようになんとかなると思っていた部分はやっぱりあるんじゃないでしょうか。
私みたいに最初からモブとして登場することすらなかった立場だから、第三者的にそう思うのかもしれませんけどね。決して僻みとかではなく、逆に変な意識を持たないで済んだというか、なんだか難しいなあ。
「そういえば。ユリアにパーティへの参加を促したそうですね? ですがその日は私との先約があるのでね、当日はご挨拶に二人で伺わせていただくつもりですよ」
「えっ?」
「貴女の父上が私にも謝罪したいと言っていたそうですからね、バウム家として水に流すという事でご挨拶だけはしておくべきだと当主が仰せでしたので」
事前にパーティに誘われた話はしておきましたが、やっぱりアルダールも良い顔はしませんでした。ちょっと安心してしまったのは内緒です。
けど、アルダールが暗にお前の所為で揉めたけど、父親が頭を下げてくれたし水に流してあげることになったから顔出しだけするよって告げているその内容は彼女に伝わるのかなあ。しかもあくまで当主である父親が言ったから行くんだよって言ってるようなものだしね……。
正直そういうのってもっとストレートに言わないと彼女には伝わらないような……あああダメだ、ここ外だった。そんなストレートな物言いしたら周囲から変な目で見られるわ! なんでこの場を選んだ! 私が選んだんだった!!
いや、まあ私が目論んだ通りに今のところ物事は進んでる……んじゃないかな?
自信はないけど。自信はないけど、ミュリエッタさんに偶然を装って声を掛けてアルダールとの仲を見せつけて、予定してなかったけど世間話的にパーティの前に挨拶だけするよって宣言もできたし、このまま後はまた当日ねって言って別れれば任務完了じゃないかな?
相当良いように終わるでしょうコレ!
「アルダールさま、そろそろ城内に戻りませんとお時間が」
「うん? ああ、そうだね。それではウィナー嬢、我々は失礼するよ」
「えっ、あの、まだあたし! お話したくて……っ!」
「君もまだまだ勉強中の身のはずだ。王城へ軽々しく足を運ぶのではなく、学ぶことをお勧めします」
はっきりと拒絶の態度を見せたアルダールに、私は内心拍手を贈りました。
ちゃちな嫉妬からとかじゃないです、決然とした態度というのが素晴らしいと思ったのです。私だったらメレクと同じような、年下の子だと思ってついつい甘くなってしまいがちですから……いえ、筆頭侍女として接するのであればきちんとした態度は取れると思ってます。そこは自信があります!
でも、今は私……ユリア・フォン・ファンディッドという個人で、となると……ちょっと自信がないかなあ。そういうのは良くないんでしょうね、もし彼女が悪意あってとかそういう事が起きたらと思うとしっかりしなきゃとは思うんですけど。
でもさ、ちょっと落ち込んだ美少女が目の前にいるんですよ。しかも弟と同じ年頃。ついつい甘やかしたくなる私の気持ちも、わかって欲しい。
いや、誰にわかってもらえばいいのかなコレ。
……違うな、しっかりしろよ私!!
「それじゃあミュリエッタさん、当日の装いを楽しみにしておりますね」
「ゆ、ユリア、さま」
「それまでは勉強も厳しいかとは思いますが、これも慣れですから。流石にパーティ当日でダンスを披露しろとは言われないと思いますし、初めての場で緊張もなさるかもしれませんけれど……生誕祭の日のパーティはとてもフランクなものですから大丈夫ですよ!」
「ユリア、ほら戻ろう」
「は、はい」
ついつい助言してしまいました。
うん、いや、心からそう思ってるんです。
アルダールを誘惑するっていうのはいただけませんが、ミュリエッタさんが悪人だと決めつけたりはしません。彼女が彼女なりに、この国の“貴族”となるのかどうかはまだわかりませんがどうか嫌な気持ちにならずパーティを楽しんでくれたらいいな、ってやっぱり思うんです。
だって彼女はまだ十五歳なんですから。
この世界ではある程度大人と認められる年齢ですけどね!
アルダールと一緒に城内に戻って、食堂へ向かう途中で私は気が付きました。
「いけない……!!」
「え? どうかしたかい?」
「ハンス・エドワルドさまの御紹介の件、それとなく聞き出すのを忘れてました……!!」
「え? ああ……」
なんという失態!!
ミュリエッタさんから面会を申し出たって発言を聞き出しておきながら、そこんとこ突っ込む前に動揺しすぎて失敗したわぁぁ。
「気にしなくていいと思うよ。そこは後で私も聞いておくからね」
アルダールは爽やかに笑って言ってくれたけど……はあ、私もまだまだです……。
主人公、女同士の争いとかそういうのはぐだぐだ。