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本当にありがとうございます!!
丁寧な謝罪の言葉と淑女のお辞儀。
それから仲直りの握手。ハイおしまい。
なんてイージーミッション、そう思っていた時期が私にもありました。
約束の時間に訪れた部屋で、統括侍女さま立ち合いの下ミュリエッタさんから謝罪をいただきました。
でもなんでしょうね、『よくわからないままにパーティのエスコート役とかを彼氏さんに勝手に頼んじゃって嫌な思いしちゃったってことですよね、ごめんなさい!』を丁寧な言葉で告げられただけでした。
それって反省していないっていうか……いや、まあ、うん。『とりあえずアルダールに勝手なことしてごめんね? やだったんだよね?』ってどこの中高生のやり取りだ。
私の名前を呼ぶ時も「えっと……ユリアさん、でしたよね?」って疑問形だったしね。
脱力するでしょ、これ。
あ、勿論その発言の直後に統括侍女さまが私の方が身分が上であること等含めトータル的なお説教開始となったので、あれ? 私への謝罪で集まったんじゃないっけ……と疑問が浮かぶくらい統括侍女さまのターンでした。なんででしょうか、私まで叱られている気がして背筋が伸びましたね。こう、ピーンとね……。
あっ、思い出したらまた背筋伸びそうなんで止めときましょう。
それでまあ、時間はそんなに取れないからってんでミュリエッタさんが手紙をね、渡して来たんですよ。
なにせ彼女の立場上、王城内に長時間留めておくわけにはいかないと言われていますので。
それで謝罪っぽくない謝罪を受け取って、なんとも言えない気持ちのまま見送ったんですね。
何か嫌な予感しかしないんだけど……見ないでしまっておこうかなって思うじゃありませんか。
そう思った私の気持ちを統括侍女さまも察してくれたんでしょうね、あの方は仰いました。
「ここで読んでいきなさい」
ってね。……助けにならない!!
瞬間的に絶望しつつ、手紙を開けて私はへたりこむかと思いましたよ!
『王女宮筆頭侍女さまへ
先日は、ご挨拶等で失礼なことをしたと知りこうしてお詫びの手紙を書かせていただきました。
まだ手紙の作法なども拙く、こちらでも失礼があるかもしれませんがお許しください。
本当は直接ゆっくりお話しして謝罪するつもりでしたが、王城内にあたしは長くいてはいけないと教育係の人にも言われているので、こうしてお手紙を書くことにしました。
貴族社会って色々と面倒なものですね!
ところで、生誕祭のパーティにはご参加なさらないんですか?
良かったら是非アルダール・サウルさまと筆頭侍女さまも参加してパーティを一緒に楽しみませんか。まだ友達もいないので、よかったら色んな人に紹介してもらえたらなと思って。
この間はアルダール・サウルさまとはほとんどお話もできなかったので良い考えだと思いませんか?
父もバウム伯爵さまに憧れているとのことで、繋がりができたらいいなと娘の私も思っています。
勿論、あたし自身もアルダール・サウルさまや筆頭侍女さま、そのほかの人とも仲良くなれたらいいなと思ってます。
お返事はお手紙でも直接でもかまいません。待ってます。
ミュリエッタ・ウィナー』
うん、謝罪はどこ行った。
まるで子供のような手紙を意識して書いた、みたいな……なんでしょう、違和感、でしょうか。
天真爛漫さを装っている、というか……考えすぎでしょうか?
それにしてもこれではっきりしました、彼女の狙いはアルダールです!
そう思って間違いないはずです。女の勘とかよりももうここまではっきり私の名前を覚えずに手紙にやたら彼の名前を書いてパーティに連れて来いと言わんばかりのこれで察せなかったら私どんだけだよ! って話ですよね!!
手紙は統括侍女さまにも渡して、読んでいただきました。ものっすごく眉を顰めてらっしゃいましたが知りません。彼女の教育係には、厳しく教育を行うよう伝えておいてくれるらしいのでそれを信じてます。まあ統括侍女さまがミュリエッタさんのことを好ましく思っていなかったのはそういう部分がもしかして見えていたのかもしれませんね。わかんないけど。
というような謝罪の場があったなんて誰が信じるんでしょうね。どこがどう謝罪だったんでしょうか。まさに『てへぺろ☆』ってリアルでされた感しかありません。
あの後仕事に戻って鏡を見たら、めっちゃ苛立った自分の顔がありましたよ。
はあ……私もまだまだですね。
でもあれはちょっと、というか……かーなりイラッとするでしょ……、謝罪の手紙ですと銘打っておきながら要求でしたからね……。
結局書類仕事で鬱憤を晴らしてみたものの、夜中になっても苛立ちが収まりません。
(あんまり良い行動ではないけど)
夜の庭園は、静かで考え事をするのに部屋よりも落ち着く気がします。
勿論、城内ですからね、防犯はしっかりしていると思います。でも私の立場を考えたら夜中に一人でこうやって外に無防備に出歩いてるってのは良からぬ行動でしょう。
でも、ちょっと冷静になりたいんだよね。
こうやってイライラする理由は実はちょっとわかってるんだ。
アルダールに、ミュリエッタさんがアプローチする気満々だって事に対して苛立ってる。
それをどうやって自分の中で消化していいか、経験が少なすぎる私はわからなくて苛立ってるんだと思う。
だってさあ、考えれば考えるほど不利じゃない?
片や、十五歳とこの世界の適齢期の花盛り、英雄の娘でナイスバディな上に魔法力も高めの主人公補正付きという美少女。
片や、二十一歳とこの世界で行き遅れの地味女。王太后さまと王女殿下のお気に入りのそれなりに仕事ができる侍女。
第三者から聞いたらどっちがオススメとか、もう……くっ、まだ二十一歳は全然若いんだったら!!
いや、うん。アルダールに選ぶ権利があるってわかってますよ。それでもって今恋人の座にいるのは私だっていう現実もちゃぁんと理解してますって。
それとこれとは話が別だってだけの話。
「ユリア?」
「……アルダール、さま?」
「こんな夜中に何をしてるんだ」
「あ、いえ……」
あっ、眉間に皺。
そういえば今夜は夜勤だって言ってたから今向かう所だったのかな。
これは……叱られる予感だな。ああもう、昼間統括侍女さまに叱られたから今日ばっかりは……ってあれは私叱られてないわ。つられて叱られた気分になっただけだった!
だめっぷりが最近顕著だわあ……こんなんじゃプリメラさまがしっかり者に成長したってしょうがない、反面教師って言葉が身に沁みる……とほほ。
苛立ちと一緒になんだかすごく、ネガティブだわあ……。
「ユリア?」
「いえ……ごめんなさい、少し夜風に当たりたかったんです」
「何かあったのかい。……そういえば、例の子と今日会ったんだっけ」
何で知ってるんだろう。
あっ、そうか……バウム伯爵さまに父親の方も謝罪を申し出てたんだっけ?
それとも誰かに何かを言われた?
あっちに乗り換えた方がいいよとかなんとか……。
いやいや、何を考えてるんだろう。何も言われてないのにそんなことばっかり考える自分が嫌だなあ。
「ユリア」
「え? あ、ごめんなさい、今部屋に戻りますね」
「……生誕祭のパーティ前に、英雄父娘に挨拶だけしに行くことになったんだ」
「え?」
「ユリアにも、一緒に来て欲しい。私の恋人だときちんと紹介させてくれる?」
「……」
あれ、なんで、このタイミングで。
この人は、困ったように笑いながら、あれ……なんで。
なんで、私の不安を消し飛ばすみたいに。
「……アルダール、さま」
「うん?」
「私、……いえ、わかりました」
「ありがとう。父がね、これで貸し一つにするらしい。まあそのダシにされる代わりに人気の観劇のチケットをもぎ取ったから楽しみにして欲しいな」
「……」
「ユリア? 劇は嫌いだったかい?」
「いいえ! 楽しみにしてます」
「……送ろうか。私もまだ余裕があるから」
アルダールは、優しい。
私みたいに、自信がなくて、色々ダメな女にもこんなにも心砕いてくれている。
彼の心を疑ったわけじゃないけど、そんな風になってしまう自分はやっぱり嫌だけど。
ミュリエッタさんのことも、アルダールが絡んだ途端敵対視してしまいそうで大人げないってわかってるけど。
うん。イライラは、収まった。
「一人で、戻れます」
「でも」
「大丈夫。お仕事、頑張ってくださいね」
少しだけ不満そうにするアルダールに手を振って、彼とは反対方向に歩き始めて。
ふと振り返ったら、まだ彼はこっちを見ていた。
その顔が、心配そうに見ているものだから。
なんだか私もちょっとだけ、夜できっと──そう、きっと夜のこの雰囲気がそうさせたんだろうと思う。
「それじゃあ、おやすみなさい。……アルダール」
「うん、おやすみ……ってユリア!?」
初めて、名前を呼ぶなんて。
恥ずかしくて、呼び止めるアルダールの声を聞かなかったことにして部屋に戻った。
英雄父娘に、生誕祭のパーティ前に挨拶に行くのは厄介だけど!
ものすごく! 厄介! だけど!!
でもアルダールは、今のところ私を選んでくれてるんだから。
若いからって、ヒロインだからって。負けてたまるかってんですよ!!
やってやらぁ!
主人公、吹っ切れた。
でも爆弾を落とされて可哀想なのはアルダールなのも忘れてはならない。