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アルベルト・アガレスさまのお言葉を借りれば、こうだ。
要するに国王その人に嫁がせることができないなら別段王家の血を引いてる娘でなくてもよくね? と……。
彼女は一般人の出自でまあ身辺調査で問題が出るような女ではなかったものの、その美貌と色気で貴族間の揉め事の種になりつつあったのでシャグラン王家の縁戚養女にし、教育、そして当時の身体が弱く王位継承権を与えるには不安のあった第二王子に嫁いだのだ。
一応言っておくが、シャグラン王家とクーラウム王家では国力の違いはそこまでなく、軍事力も同様だ。
要するにお互い変わらず仲良くしましょうねというただの体面上の問題だったんだそうだ。
まあシャグラン王家の養女とはいえ娘を妻にした第二王子には大公という地位を与え、第一王子である現国王の補佐をしてもらう予定だったんだそうだ。
結局流行り病でそれも叶わなかったけど。
「兄上が亡くなられてから最初のうちは大人しくしてたが、義姉上のあの美貌に男たちがほっとかなくてなー。まあ彼女もうら若き未亡人として俺に再婚相手になってくれとか言ってくるようなタマだったけど」
ぽろりと告げたその言葉に、なぜかお父様はショックを受けたようだった。
あ、あれか。
女神(笑)が如く美しく優しい女性が、まさか義理の弟にモーションかけるような女性だったなんて……っていう勝手な幻滅なのか。
男ってやーねー!!!
その後お父様とアルベルト・アガレスさまがおふたりで話がしたいというのでショックで呆然としたお義母さまを寝かせるために私たちは退出。
お義母さまは弟に任せて、私は大きくため息を吐き出したのだった。
なんだろう、意気込んできたのにこの倦怠感……お父様、情けなさ過ぎでしょう……?
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とはいえ、シャグラン王家の出自じゃないということは公然の秘密というか、まあ知っておく必要はない情報、というものだったらしく口外無用と一応注意されたことは言っておく。
それとお父様の借金は、やはり大公妃殿下への愛の贈り物(笑)だったそうだ。
最初のうちは領内の運営失敗の補填とかだったらしいけどね! それもアウトだけど!!!
それとお義母さまが浪費しているというのは真っ赤な嘘。
まあ、慣れない社交界を子爵夫人としてやりくりしなきゃいけないからぼったくられた形跡が見られたのがちょっとアレだけど、さほど浪費ってほどのことはなかった。
寧ろ弟が領内の仕事をし始めていたってことに私は思わず涙を拭ったね……。
手紙の返事をくれなかった理由も、「ついつい姉上に甘えてしまいそうで、社交界デビューも果たして自分ももう立派な男にならねばならないのに……お恥ずかしい限りです」なんて真っ赤な顔して謝ってくるからもう天使!! 変わらない私の天使がここにもいた!!!!!
そんなどっと疲れた夜だけに、さすがに夜中に帰るのは危険だからとカイエンが私と殿下に部屋をそれぞれ用意してくれた。
最初はアルベルト・アガレスさまもお帰りになるつもりだったみたいだけれど、カイエンが必死にお願いしたら折れてくださった。ありがとうございます。
お父さまは何か心折れる出来事があったそうで、必ず手紙は書くから今は独りにして欲しいと書斎におこもりになりました。
なんか被害者面してますけど、我が家にとってはギルティですからね?
ええ、私忘れてません事よ?
「お、ユリアじゃねえか。この家見た目によらず立派なバルコニーあるんだな」
「ええ、なんでも祖母が月見をお好きだったそうで……祖父が誂えたんだそうです」
「嫁さん想いの爺さんだな」
「ええ、本当に」
「……髪、おろしてんだな」
「え? ああ……これはお見苦しいものを。つい実家だと思って気を抜いてしまいまして」
そうだ、お風呂に入ってひとしきりドア越しにお父様に文句を言ってさっきのセリフを貰って休憩しに来たんだった。
眼鏡も忘れてた。ちょっと殿下の方見れない。
だってほら、この国の人顔面偏差値高すぎなんだよね!
目を見てお話しできるほど私の顔面偏差値高くないんだよね!! 悲しい現実だわ。
ついでに前世もモテなんてなかったからイケメンを目の前にしちゃうと眼鏡という盾が無いとちょっと挙動不審になる自信がある。
「初めて会った時もそうだったな」
「……そうでしたね、あの時はお助けいただきありがとうございました」
懐かしそうに笑ってくれたアルベルト・アガレスさまの笑顔プライスレス。
あーたまにこんな無邪気な笑顔を見せるんだから、これで三十路とか詐欺じゃね?
こんなだから歳の離れた弟が可愛くて国王陛下が結婚を勧めまくるし周囲の貴族女性との噂は絶えないし城下からもラブレターが止まないっていう話が聞こえてくるんだよねー。
わかる気がするわー。
ワイルド系ハンサムなんだよね。脳筋だけど。
強くて地位も名誉もあってハンサムとか揃いすぎでしょ。脳筋だけど。
そんな私とこの方の出会いは城内の中庭だ。
言っておくがロマンチックな出会いとかじゃない。
まだ侍女になって数か月の時、たまたま中庭に鳥の巣を見つけてそこにヒナがいたからついつい観察しにいっていた。
その時、別の木の枝に髪が絡まってほどけなくて、泣きべそをかく羽目になったのだ。
そこに通りがかったのが執務から逃げ出したアルベルト・アガレスさまだった、というわけだ……。
あの時は腹を抱えて笑われたっけ……おのれ、忘れておりませんよその屈辱。
まあ結果として助かったし、その馬鹿笑いのおかげで彼を探していた秘書官たちも集まってきて回収されてったんだけどね!
「お前、髪はおろしてた方が似合うぞ」
「え?」
「……ついでに、目も隠すな」
「無理です。前にもお話ししたじゃありませんか、私は殿方と目を合わせて話すのは苦手なのだと」
きっぱりと私がうつむいたままそう言えば、また笑われた。
喉の奥で笑うようなそれは、楽しそうで、そんなに人の情けない姿が面白いのかなあとちょっと拗ねそうになったけれど彼が私の髪をひと房持った感覚に思わず視線だけそちらにむけた。
ごつごつした、男らしい手が私の黒髪を痛くない程度に引っ張っている。
そして持ち上げて、眺めているのがわかる。
なにしてるんだこの人。もしかして髪フェチなのか。
そんなくだらないことを考えているのに、そんな風な距離を男性ととったことのないチキンな心臓は急激に早鐘を打ち始めた。
落ち着け、この人は国中の美女を思いのままにできるアルベルト・アガレスさまだぞ。
私みたいなモテない不美人の象徴みたいな行き遅れにそんな空気を出すはずがないじゃないか!
「……お前は、もうちょっと警戒心を持った方がいいぜ」
「で、んか?」
「この国の美的に外れてるだとか何だっけか……まあ、そういうのはあるんだろうけどよ。お前自体は悪くないってこった」
色気をたっぷりと含んだ視線が、私を覗き込んでくる。
それだけで蛇に睨まれた蛙状態の私は、固まってしまった。
そんな様子が面白かったのか、殿下はさらにさっきから手にしている私の髪に――くちづけた。
「んなぁっ?!?」
「ふはっ、もうちょっと色気のある声出せねえのかよ!! そんなんじゃアルダール・サウルに逃げられちまうぞ?」
「あ、あああ、アルダール・サウルさまですって? いえ、何を仰っているのか、いえ、まず私の髪を離してくださいませ!」
「ああ、おやすみユリア。良い夢を!」
アルベルト・アガレスさま。
やっぱりこの人――あなどれない!!!
からかいすぎでしょう。
まったくもってあの人は!!
明日からは念入りに髪をセットいたしましょう。
それと、お父さまを締め上げないとね!
あーあと弟ともうちょっときゃっきゃしたいわー。
癒しが絶対的に足りないわー。プリメラさまにもご心配かけているだろうし、早く落ち着いたいつもの日々に戻りたいものです……。