118 白く、白く、
久々に、曖昧なシリアス回。
王城内は、人が多くて嫌いだ。
特に、英雄なんて持ち上げられた冒険者が現れたくらいから、ものすごく皆噂ばかりしていて、うるさい。
人が少ない廊下は、ほっとできる場所。
……今日は、招かざる客がやってくる気配に、ちょっとだけ残念、だけど。
でもこれは、良い機会だから。我慢しよう。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
「あなた、クリストファでしょ? クリストファくんって呼んでいいかな! あたしはミュリエッタ・ウィナーです! ミュリエッタって気軽に呼んでね」
「……」
話しかけられた。まあ、わざと……避けなかったんだけど。
公爵さまが、なんでもいいから英雄父娘の判断材料を少しでも増やしたいって言ってたから。
でも、正直ちょっと、驚いた。かも。
「なんで名前知ってるのかって顔ね! あたしこれでも冒険者してたから、名高き『公爵家の白い影』の話くらい聞いたことあるのよ」
「ふぅん」
その変な二つ名、好きじゃないんだけどな。
まあ、その辺りもどうでもいいや。
英雄の片割れ、娘の方。公爵さまは、こっちの方が中心人物だろうって見てた。
見た目は、まぁ……平均以上、ってところなのかな。
でも、ちょこちょこ、色んなことしてて、ちょっと、鬱陶しいかも。
あの人も、コイツが出てきてから、なんだか、元気ないから。
「ああ、別に何か意味があって声かけたわけじゃないの。ただ、あたしは別に国に対して思うところは無いし、貴族としてのし上がってやろうとかそういうのもないの」
「そう」
「どうせ、宰相さまはあたしたち親子のこと、色々勘繰って見てるんでしょう?」
なんだ、そのくらいはわかってたんだ。
うん、まあ。別にどうでもいいけどね。
周りに誰もいないから、コイツからの接触を受け入れてみたけど。周囲に気遣って『公爵家の白い影』なんて二つ名、声に出したのかが微妙なトコロ。
影、つまり暗殺とか諜報とか、そういう役割。
白いこの姿は逆に目立つけど、腕も立つから、色んな意味で表に出して抑止力になるんだって公爵さまは仰った。多分、冒険者ギルドか何かで耳にしたんだろうけど。
これが周囲に気を配ってなおかつ口にしたなら、大した胆力だと思うし。
何も考えずに、知ってるってことを知らしめたくてやったんなら馬鹿だと思う。
どっちにしても、どうでもいいんだけど。
でも国に対して思う事がない、のし上がる野心もない。
そう明言してきたその意図は、調べる必要がある、かな?
「あたしはただ、みんなが幸せになれるようにしてるの。あたしも含めて」
「……なに?」
「王宮に来た侍女の友達も、辺境出身でも侍女になれて婚約者ができて幸せでしょ? 他にも、みんなが幸せになれるようにあたしはただ努力してるだけなんだ! 勿論、クリストファくんのことも含めてね?」
「……なに言ってるの?」
意味が解らない。
ちょっと、不気味だ。
まるでなにもかもわかってるかのように、にこやかに笑う目の前の女は本気で“みんなが幸せになれる”と信じ切っているようで。
そのみんなって誰のことを指しているんだろう。
この女と関わりが今のところ明確なのは、友達と言われたのは内宮の侍女エーレンだと思う。
そして近衛隊のハンス・エドワルド・フォン・レムレッド。最近だとアルダール・サウル・フォン・バウムに妙なことを仕掛けてバウム家から睨まれているし、それに伴ってユリアさまにも波及しているのは、知ってる。
「……この間、近衛騎士に迷惑かけたって話、聞いたけど」
「ああ、うん。あれは、ちょっと焦っちゃったんだよね! でも大丈夫、ちゃんと謝るんだから。誠意をもって謝れば、きっとわかってくれるから大丈夫だよ」
にっこり笑ったその顔が、不気味。
なんで、そんな風に思えるんだろう?
善意の中でだけ生きてきたのか?
そんなはずはない。冒険者の父親について、あちこち回ってたっていうならそこらの人間よりは世間知らずじゃないはずだ。
じゃあ、どうして「大丈夫」なんてそんな簡単に言えるんだろう?
ましてや、どうしてわざわざ自分に接触してきたのか?
本気でみんなを幸せに、なんて思っているんだろうか。だとしたら狂人じゃないのか。
「ユリアさまに、会うんだってね」
「ユリアさま?」
こてん、と首を傾げる仕草は、きっと見る人が見たら、可愛いに違いないけど。
なんだろう。
さっきから、違和感が、すごい。
「ああ、王女宮の筆頭侍女さまよね! あたし、これからお会いして謝るの。ちゃんと謝りたいって伝えたら、お会いしてくださるって。前にもあたしが言葉とか振る舞いを間違えた時、教えてくれた良い人よね。アルダール・サウルさまがお付き合いしてるとは思ってもみなかったけど……優しい人で良かった」
「……」
「あたしね、強い人が好きだから仲良くなりたいなーって思ってパーティとかでご一緒できたらいいなあって軽い気持ちだったんだよね、それがこんな大事になるなんてホント貴族って大変なんだね!」
それは、どういう、意味だろう?
爽やかな笑顔で、あの騎士があの人と付き合っていると思ってもみなかったって。親し気にしている雰囲気から、人は何かを察するとかじゃないのか。
ハンス・エドワルドとかいう騎士がなにも教えなかったのか。或いは、この女が酷く他人というものの関係に対して盲目なのか。
仲良くなりたい、だなんて公言するのは、これから貴族令嬢になる人間としては、あまりにも軽率じゃないのか。まるで自分の振る舞いはどこに行っても己であるべきことが正義といわんばかりの傲慢さじゃないのか。
「クリストファくんは、ユリアさま? と、仲が良いの?」
「……別に、あなたが、知る必要、ないでしょ?」
「うーん。まあ、そうよねえ! それにあたしもただ謝りに行くだけだよ。ちゃぁんと、オハナシして、謝って、今日はそれで帰るの。あっ、その前にちゃんと礼儀作法のチェック受けるんだけどね~、まだまだだって叱られちゃうんだろうなあ、厳しいんだから!」
「……そう」
「ほんと、クリストファくんって喋らないね! 相槌ばっかり。それに、自分の事“私”とか“ぼく”とか言わないの?」
「……」
「ふふ、意地悪しちゃった? 大丈夫だよ、影は影だものね。自分を持たない、影──」
「ぼく、でもわたし、でもなんでもいい。ただ、踏み込むつもりなら覚悟はいい?」
「わ、やだなあ! さっきも言ったけど、あたしは敵対したいわけじゃなくて。ああもう、やだなあ、嫌われちゃった? 間違えちゃった?」
「……なにを」
「おかしいなー。うん、でも、ほら。クリストファくん、あたしそろそろ行かなくちゃ。また会ってくれる?」
「……」
「沈黙は肯定と取るよ! それじゃああたし、待たせちゃったら申し訳ないから急ぐね!」
ふわふわ笑う、あの女。
……好きに、なれそうにない。
あの態度、アルダール・サウルを気に入ったと言っているようなものだ。
もし、もしも。
それによって、ユリアさまが、傷ついたら?
あの近衛騎士が、あの女を選んだら?
その時は、そっと自分が片付けてしまってもいいだろうか。
きっとビアンカ奥さまはお喜びくださる。ユリアさまを友人と言っていたから、傷つけるような人を許したりしないから。
ああ、でも公爵さまは良い顔をしないかも。
ちゃんと、許可をとらなくちゃ。
ううん、それよりもなによりも。
それがバレたら、ユリアさまは、もうホットミルクを作ってくれなくなるだろうか。優しい笑顔で、迎え入れてくれなくなるかもしれない。
……あの女だけ、消しちゃえば、静かなのになあ。
それができたら楽だけど。しちゃいけないことくらい、わかってる。
「……面倒、だなあ」
確かに、影は、影。
だけど、公爵さまは影が自我を持つことを、咎めない。
そしてビアンカ奥さまは仰った。
白は、なにものにも染まれるし、どのような色の中にも混じれるのだと。
あの女は、影は影、だなんて。その意味を、きっと、わかっていないんだ。
この容姿はとても目立つ。この容姿と実力は、とても似合わない。
だからこそ、公爵さまは隠さない。
隠すよりも、どうやったら有効利用できるのかを考えているから。
さて、あの女は──みんなを幸せにするんだっけ。自分も含めて。
その幸せって、誰のためのもの、だろう。
考えるのは、公爵さまにお任せしよう。
ユリアさまは……どうだろう。あとで、少しだけ、会いに行こうかな。
もし、あの人が悲しんでいたら。
その時は、どうしたらいいかな。