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スカーレットは宣言通り、ものすごい勢いで色々なことを学び取ろうという姿勢を見せた。それはもう、それはもう……ええ、まあはっきり申し上げましょう。ちょっぴり鬱陶しい勢いです。
一つの事を始めると「それはなにをしますの? 教えていただけますか? なんならワタクシがやりますわ!!」とまあこの調子。
流石に筆頭侍女がやらなくちゃならない仕事とかに手を出そうとはしないけど……うん、まあやる気があるのはいいことだけど。メイナも元気になってほっとしているよりも引き気味に彼女のこと見てますよ……。
ま、まあ! これが持続するならきっとその内落ち着くでしょう。
「ねえユリア、スカーレットはどうしたの……?」
「いえ、なんと申したら宜しいのか……色々悩み事が吹っ切れたようで、今は仕事に力を入れたいようです」
「そうなの。まあ、悩みがなくなったのなら良かった!」
にっこり笑ったプリメラさま、今日も笑顔プライスレス。
まあたしかにそうだよね、ぐじぐじ悩むスカーレットよりは若干迷惑だけどちょっと暴走気味のスカーレットの方が見ていて安心できます。暴走も、想定の範囲内ですし。セバスチャンさんが上手いこと手綱を取ってくれてますから大丈夫だと思いますしね。
私の方は私の方で、アルダールとは上手くいっている……と思えたし。ああそうさ! 成功はしなかったけど“甘える”ができた私はひとつまた成長したのですから!!
名前を呼ぶのはまた更にもう少し先のステップだったのだと悟りました。そういうことでしょう。うんうん。
現在の所、ミュリエッタさんの謝罪を受けること、生誕祭の準備、生誕祭の後のデート。
気にすべきなのはこの三つでしょう。新年祭に向けてはまあまた直前に考える。
ひとつめ。
ミュリエッタさんの謝罪ですが、これは統括侍女さまがご同席くださるのですから大したことは起きないでしょう。どんな意図があったにせよ、私の立場が揺らぐことはないと思います。
ふたつめ。
生誕祭の準備。これはもう粗方終わったと思っていいです。やっぱりプリメラさまが成長期だけあって、去年とは寸法がだいぶ変わってましたからね……縫製し直しものでしたが、お針子衆が頑張ってくれましたから。王太后さまからいただいたアクセサリーも調整し終えて毎日きちんと手入れをして出番待ちです。
みっつめ。
これに関してはまだ悩んでますが、……そう、私は成長しているのです。
当日は眼鏡を外し、髪形も変えようじゃありませんか……いつまでも、ただの恋愛ダメ女なんて言わせません。言われてませんけど。スカーレットにあんな風に言われたからとかじゃないですよ、ええ。
まあアルダールと私という組み合わせに色んな人が色んな意見を言っているということは理解しています。知りたくなくても聞こえてくるってものですからね。スカーレットが言うような意見も、“王太后さまの後ろ盾”とか“プリメラさまのお気に入り”という立場を使ってアルダールが断れない状況を作ったんじゃないかという勘繰りも、彼が実は不美人専門だったとか……色んな人が好きなように言ってますからね。
まったく、まあ人の噂も七十五日と言いますから! こっちの世界じゃ言わないけど似たような言い回しはないんだよねー。
(そうだ、おばあちゃんに相談してみようかしら)
服飾と言えばお針子のおばあちゃんですよ!!
デートの時に、なんて……言うのはちょっと気恥ずかしいですけどね。
とはいえ、プリメラさまを送り出してからの深夜までの時間となるとそこまで余裕があるわけじゃないから結局のところ、どっかのレストランとか街中歩いて終わりとかそんな感じでしょうね。一緒に過ごせる事が大事な訳ですから良いのですけど。
でも折角ですからね、プリメラさまたちから貰った口紅を使いたいなと思って!
あのファーストールと手袋は流石に夜会とかに使いそうな上等のものだったので、今回は出番がないかな。いずれファンディッド家の令嬢としてメレクの結婚式とか行われる時にでも使いたいなあ。
冬じゃなかったらやっぱり出番ないけど。
そうそう、メレクと言えば正式に婚約者が決まったのよね。
なんとセレッセ伯爵さまの、歳の離れた妹君という……つまり、ファンディッド子爵家とセレッセ伯爵家が縁繋がりになった訳で……これ、なにか色々と実は裏がありますとかじゃないといいんだけどね。セレッセ伯爵さまがメレクの事を気に入ってくれたってハナシなだけであって欲しいわあ。
顔合わせ会の日程が決まり次第連絡がもらえる予定だけど、セレッセ伯爵さまがお忙しい方だからなかなか調わないのよねー。
ああ、そうか。その日の為のドレスも用意しないとまずいか……流石に王城勤めで領地に殆どいないとはいえ婚約者の姉が地味すぎたらメレクも恰好つかないよね。
派手過ぎず地味過ぎず、歓迎的な態度で……あれ、ちょっとよくわかんなくなった!!
(それにしてもどんなコかなあ。スカーレットみたいな子だったらどうしよう)
いえ、スカーレットが嫌いなわけじゃないですよ。正直ばかわいいと思って微笑ましく思っておりますとも。でもそれが義理の妹になるのかと思うと話は別だってことですよ。
「あらどうしたの、ユリア。随分と考え込んでいる様子だけど」
「ビアンカさま。……本日はお越しのご予定ではなかったと記憶しておりますが」
「ビアンカ先生!」
「うふふ、ええ、そうよ。ちょっと王城に用事があったから、プリメラさまにご挨拶に来たの。ごきげんようプリメラさま、お時間をいただけますでしょうか」
「勿論です! ユリア、すぐにお茶の用意をお願いね!」
「かしこまりました」
ビアンカさまが唐突に訪ねてくるというのもまあしょっちゅうじゃないにしろあることだから慣れたものですよ。とはいえ、もう少しでお昼だからお茶請けはビスケットだけです。ちょっとだけ残念そうな顔を見せましたけど……仕方ありません! チョコレート付きのビスケットも追加で添えさせていただきましょう!!
もう。ぱっと華やいだ笑顔見せちゃうとかビアンカさまも可愛いんだから。このドルチェ好きったら!!
「それで、どうしたの?」
「あ、いえ……。そうですね、あの、ビアンカさま、セレッセ伯爵さまの妹君をご存知でしょうか?」
「セレッセ伯爵の? どの妹かしら……ってああそうだったわね、ユリアの弟さんと婚約が調ったんだったかしら?」
「はい」
「だったら末姫のオルタンスね。可愛らしい子よ、ただ物事はハッキリ言うタイプね」
「それは、どういった……」
「好き嫌いがはっきりしているわ。けれど大丈夫、淑女としては申し分ないから」
にっこり笑ったビアンカさま曰く、セレッセ伯爵家の末姫オルタンスさまはメレクと同い年。明るい性格で人懐っこい反面、他人に対しての好みがはっきりしていて嫌なことは嫌と言い切れるタイプらしい。といって嫌いな相手に喧嘩を吹っ掛けるとかそういうのではなく、近づかないとかそういう配慮ができるから大丈夫、ってことらしい。
うわあ、私、義理の姉として認めてもらえるかしらね……今から心配になってきたわあ!
そういえばミュリエッタさんとも同い年かあ。それじゃあもう少し彼女の教育が済んだら、お茶会とかで顔を合わせることもあるのかもしれないね。
正直、周囲が色々と変化しすぎてついてけないわあ。
プリメラさまと王女宮に移ったばっかりの頃を思い出す忙しさですよ、今年は!