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結局アルダールとは大人しく会話して別れた翌朝。
……考えたけどさ、やっぱりあれ理不尽じゃない?
ほら、私にしては頑張ったじゃない。恋人らしい甘い雰囲気とやら頑張ったじゃない!?
それをさぁ、自制心を試すようなことをしてくれるなって……いや、まあ、うん。色々一足飛びに関係が深まるというのはちょっとゲームの中だけとかそういう方向でお願いしますとなるけれども。
主に私の心臓の為に。
まあ、そういう私を慮ってのことだっていうのはわかっちゃいるんだけど……その、イチャイチャしたいなーっていう欲求くらいはありますよ私だってね!!
じゃあどっからどこまでオッケーなんだい? って聞かれたらまあ答えられないですけどね。あ、これ結局答えが出ないパターンだ。
うん、まあじゃあこれで良いのでしょう。……良いって事にしとくのがきっと平和の道です!
さて、そんなこんなで朝の支度も済んだし朝礼もしたし、特別執務に滞りもないし!
お仕事に抜かりはございません。
今日のプリメラさまは午前中自由にお過ごしいただく予定だからのんびりしていただきたいなあ。午後からは生誕祭の式典関係で色々とありますからね。
こういう事を考える時間が癒しよね。プリメラさまとのお茶、今日は少し寒いから甘めのミルクティーを用意しようかなぁ。
「ユリアさま! 聞いてくださいまし、ワタクシ決めましたわ!」
そんな風に穏やかに過ごすと決めた途端に、ドアをものすごい勢いで開けてずんずん入ってくるスカーレット……ええ、うん。最近大人しくなったと思って感心していたんですけどやっぱりまだまだでしたね……。超びっくりしたわぁ。バァンって扉が開くとか思わないよ、朝だし。
いやそんな緊急事態かよってくらいの勢いで扉を開かれたことそうないと思うよ、大体の筆頭侍女が。
「スカーレット、ドアはノックしてから開けるものです! 大きな音を立て過ぎです。それから大きな声を出して……レディとして恥ずかしい振る舞いですよ」
「……あら、ワタクシとしたことが。失礼しましたわ」
ちょっとムッとしつつきちんと謝罪のお辞儀をして、改めてドアをきちんと閉める辺りは好感が持てるんですけどね。最近じゃメイナにすら元気がないって心配されてましたからね、こうしていつも通りのスカーレットの姿があるというのは安心します。
まあ、だからって無作法な振る舞いはだめだけどね!!
「で、聞いてくださいます?」
「……ええ、なにかしら? とりあえず、話を聞きましょう。そこに座って」
「では失礼いたします」
うん、まあ優雅な所作は流石侯爵家の貴族令嬢よね。
そうやってお淑やかにしてたら良いのにと思うけど、快活で向上心溢れるその行動力も魅力ではあるのよねえ……暴走さえしなければ。暴走さえしなければ。
大事なことなので二回言いました。そこんとこが大事です。
「それで、どうしたの。何を決めたんです?」
「そうですわ、ワタクシ、ハンスのことを見返してやりたい……そう、ユリアさまに申し上げたことがあったと思います。それを止めようと思いまして宣言しに参りましたの」
「え?」
そりゃまたすごい決断だ! だってスカーレット本人は認めないけど、相当ハンス・エドワルドさまのこと好いてたよね。まさかミュリエッタさんのことを好きだと言う彼を見て途端に冷めたとかそんななのかな? うーん、まあ恋の熱というのは一瞬とも言いますからね。そこの所は本人にしかわからないんでしょう。
「……ワタクシ、こんなことを申し上げるのも変ですけれど、ハンスのことは確かに見返してやりたい気持ちがまだあります。だけれど、あのミュリエッタとかいう鄙つ女を追いかけまわしているような男にいつまでもそのように拘る己に疑問を抱いたのです」
「ミュリエッタさんのことをそのように見下した物言いをしてはなりませんよ。あの方も男爵令嬢になられるのですから」
「……そうですわね、そこはワタクシが反省すべきところですわ! ワタクシは侯爵令嬢、手本となるべき立場のワタクシがこのような態度ではいけませんわね!!」
(おお、素直に聞き入れた……!?)
ちょっと言い方悪いですけど、この子反省できるようになったんですね……! 感動です。
今まで色々言い聞かせたり叱ったりを繰り返しましたが、ちゃんと実になっていたんですね。良かった良かった。
「ではあのミュリエッタという女とでも呼ぶようにいたしましょう。勿論王女殿下の御前ではその名を呼ぶ事もいたしませんし、どうぞお気になさいませんよう!」
「い、いえそうじゃなくて……いやもういいです。それで?」
反省したかと思ったけどそれじゃあんまり変わってないよスカーレット……!!
しかしここでそこにばかり注意を払っていては話も進まないのに時間だけが進んでいくという事態を招くでしょう。それはいただけません!
後でなんとか反省を促すとしましょう、どうやったらいいかしらね。
「そうでしたわ、あのような目下の女を相手にしているなどこの侯爵令嬢たるワタクシの品位に傷がつくと思い至ったのです!!」
「……ああ、うん、成程……? いや、え?」
「そしてあのような女を追いかけまわしている男に固執する意味がどこにあったのでしょう! いえありませんわ。ならばワタクシが取るべき行動はひとつだけ、そうじゃございませんこと!?」
何故に反語。
要するに貴族令嬢としてのプライドが恋に勝ったってことでいいのかな。
それにしてもものすごくこう……この答えにたどり着いた私を褒めてってオーラ出してますけどこれ褒めるべきなんですかね。褒めて良いものなのか? ちょっと考えあぐねているとスカーレットはふんぞり返るようにして私の方を見て勝気な笑みを浮かべました。
「ワタクシ、ユリアさまに感謝しているんですのよ」
「まあ、そうなの?」
「仕事に対する姿勢を知ることができたのは大変重要なことだと思いますの。勿論、侯爵令嬢たるワタクシのすべきようなことではないとは思いますが、下々の苦労というのを知るのは大切ですものね!」
「そ、そう……」
「それに、アルダール・サウルさまのような殿方と結ばれたこと、ワタクシ励みにさせていただこうと思って!」
「え?」
なんだなんだ!?
ちょっとスカーレットのテンションが朝から高すぎてついていけないというか、吹っ切った女って強い、ってことなのかなんなのか……。
いつもの“高慢ちきな侯爵令嬢”の一面を出しつつ成長したなあともちょっと感心します。色々一応考えてはいるのね。
そう思ったら途端にこれですよ。なんだって? 私とアルダールが?
「ユリアさまのような方でも素敵な殿方と出会えたんですもの、ワタクシだったらもっと良い出会いがきっとあるに違いありません! そう思い至りましたら、ハンスごときにいつまでも心を砕いている時間が勿体ないと思いましたの」
「……」
開いた口が塞がらないよ。
「ですから今日も色々教えてくださいませね、筆頭侍女さま! ワタクシ、今まで以上に頑張る所存でございますわ! それでは失礼いたします。本日の書類、お任せくださいませね」
「え、ええ……」
開いた口が、塞がらないよ……。
ちょっと失礼じゃないかね? 褒めてるつもりっぽいけどそれ貶してるからね!?
なんなのあの下げたり上げたり、忙しいなあ……。なんだろう、私がアルダールと付き合ったのを見て自信を持ったっていう……なんだろう、ね。なんだろうねえ!!
色々釈然としないけど!! 仕事に火がついたようでなによりですよ……朝からどっと疲れた!!
それと心の中でだけ言っておく。
私だって捨てたモンじゃないんだからね!? ……多分!!
スカーレットは相変わらずスカーレットだった!
(でも成長の兆しは見えてる)