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はぁー……みっともなく色々狼狽えてしまいました。
きっと王弟殿下とかバウム伯爵さまとかはアルダールがミュリエッタさんにちょっかいをかけたりとかそんなことは最初から思ってなかったんでしょう。
ただただ、貴族の矜持っていう見えざるそれが問題だっただけで……。はぁー、一人で何を動揺しまくったんでしょうね、情けない限りです……。
しかもアルダールが「もう少し話をしたい」とか言ってきたのをついつい受け入れてしまいましたが、深夜とかなんだかイケナイことをする人みたいな響きがありますよね!!
くっ……意識するなという方が無理でしょう。とはいえ、大胆な真似ができる性格じゃないのは自覚してますし? アルダールだってそれをどうこうとか言わないでしょうし? ……言わないよね?
「それにしても……まさかの統括侍女さまが足を運んでくるとか……」
プリメラさまの給仕を始め、他の諸々を片付けて執務室に戻って書類作業をしているとノックがするから、メイナとかスカーレットが来たのかと思うじゃないですか。セバスチャンさんが二人の素行についての報告とかもあり得ますけど。
とにかく、そう言った予想をはるかに超えてまさかの統括侍女さまがご自身おひとりで私の執務室に来たんですよ!!
ええ、まあ、あの方ですからね? 「えへ、来ちゃった☆」みたいなノリではないとわかってましたとも。でも正直ノックされて「どうぞ」なんて声を掛けたら入ってきたのが呼び出すばっかりでこっちに来た試しもない上司でしたとかビビるなって方が無理でしょ。思わず叫びそうになるのを堪えてちゃんとソファーを勧めてお茶とお茶菓子を即行用意しましたよ!
書類? 当然引き出しに片付けましたよ、未決済のやつまとめて投げ込んだだけだけどね。出しっぱなしだとそれはそれで怒られそうじゃないですか……ちゃんと統括侍女さまがお帰りになってから急いで片付けました。
ちなみに、ご用件は私を悩ませるには十分なものでしたよ。
バウム伯爵さまに、ウィナー家の当主……つまりミュリエッタさんのお父さまが謝罪を正式に申し込みたいと教育係を通じて宰相閣下にお話が行ったんだそうです。それをあちらがお受けになるかどうかはさておき、なんとミュリエッタさんが私とアルダールに謝罪をしたいと言い出したんだそうです。
でもアルダールに関してはバウム伯爵さまに謝罪が最初でなければならないので、私の方に……ということらしい。
(なんで私を指名してくるかなあ……!!)
いや、普通に考えたらハンスさん経由で私がアルダールと付き合っているのを聞いて、恋人がいる男性にエスコートを願い出てすみませんでした、なのかもしれないんだけど……デートしてるとこ見られてるから、あの時点でエスコートの申し出をしたらおかしいって気付いているはずで。
だとすれば、考えられるのはいくつかの可能性。
本当にミュリエッタさんが超がつくほどの天然である可能性。
あるいは、貴族教育がまったく理解できない、社交界に放ってはいけないタイプである可能性。
そして、あらゆる方向を理解した上で挑戦状を叩きつけてきている、という可能性……です。
どれもいやだわ!!
統括侍女さまは断って良いと仰ってくださいましたが、謝罪を申し出た右も左もわからない子供扱いのミュリエッタさんを邪険にしたと変な噂が立つのを覚悟しなければなりません。それはイヤです。
だからって会いたいかって問われると、そっちも勿論イヤだ……!!
なので、私は結局統括侍女さま立ち合いの下で謝罪を受けるという形を願い出ました。
若干統括侍女さまが迷惑そうな雰囲気を醸してらっしゃいましたが、そこは気が付かないふりです。なんとなく今までの統括侍女さまのミュリエッタさんへの態度から、いつかはこういう事態を招く人柄だと見ていたんじゃないかなーと思うんですよ。
だとしたら事前に何故防いでくださらなかった……とちょっと恨んでしまったわけです。死なば諸共……!!
いや、そんな大袈裟じゃないけど。勿論。
とまあ、そういう事があったのでものすごく疲れました。
(……アルダール、そろそろ来るかな)
昼間はみっともない所を見せちゃったしなあ……それにしても寒いし、温かい飲み物でも用意しておこうかなあ。
ティーロワイヤルなんてやったらちょっと洒落た感じだし色々挽回できるかなあ。
角砂糖もブランデーもあるし……クッキーそう言えばあったっけな。
「! はい!!」
ノックの音が聞こえたのでドアを開けてみるとそこにはアルダール……とクリストファがいました。
あら珍しい組み合わせ!
と、言うか。
「どうしたんですかクリストファ! こんな夜更けに……しかもそんな薄着で。風邪をひいてしまいますよ!?」
「ユリアさまに書簡。奥方さまから。お返事、欲しい」
「それはお役目ご苦労様です、承りました。さあさあ二人とも中に入って! ああもう、クリストファ、あなたこんなに冷えて……!!」
クリストファの手を取るとまるで氷のようです。
アルダールには申し訳ないけれど、ビアンカさまからのお手紙で返事を要するという事なので少し待っていてもらいましょう。その間はティーロワイヤルでも楽しんでてもらって……クリストファはホットミルクの方がいいかしら、こんなに冷えているんだもの。
「今飲み物を用意しますから、二人ともそこで寛いでいてください。直ぐに返事も書きますから」
「はい」
「うん、ありがとう」
良い子にちょこんと座ったクリストファは部屋の隅に置いてある椅子で、アルダールはソファです。
うーん。クリストファの立場からするとアルダールと同じソファに座るというのはちょっと難しかったですね。私の配慮不足でした。兎に角温かい飲み物であったまってもらいましょうね。
「はい、クリストファ……ホットミルクです、火傷しないようにね」
「ありがとうございます、ユリアさま。……ねえ、これ、蜂蜜入ってる……?」
「ええ、勿論です。甘さが足りなかったら言ってくださいね」
どうやら前回飲んだ蜂蜜入りのホットミルク、お気に召したようですね!
両手でマグカップをもってふぅふぅしながら飲む美少年は相変わらず眼福ですよ……!! はっ、変態じみた言い様でしたかね。
「アルダールさま、貴方はこちらの紅茶を……」
「……この角砂糖、随分と茶色くないかな」
「ああ、これはブランデーを染み込ませてあるの。これに火を点けると……」
私の指先から放たれた火花が、ブランデーの染み込んだ角砂糖を燃やすと青い炎が小さく揺らめきます。
この青い炎が綺麗だし、アルコールが飛んでから紅茶にこの砂糖を入れて香りを楽しむこのティーロワイヤル、冬場はなんだかよりあったまる気持ちになるので大好きなんですが……アルダールはどう思ったのかな!
ちょっと目を丸くしたみたいだけど。なんだかやられてばかりだから、ようやく勝てた気持ちになりました。いや、勝負しているわけじゃないんだけどね。
机に戻ってクリストファから受け取った手紙に目を通し、私はすぐさま便箋に筆を走らせました。
ビアンカさまからのお手紙は、ミュリエッタさんが私に謝罪を申し込んだことに驚いたこと、そして私を案じてくださる優しい友人としての手紙で……だから私も『大丈夫、でもなにかあったら相談に乗ってください』とだけ返すことにしたんです。
うん。
ミュリエッタさんと対峙するとか難しく考えるのは止めよう。
あれこれ考えすぎるよりも、こうして私を心配してくれる人がいてくれる幸せをまず大事に思わなくては。余計に思考を巡らせて、余計な行動をして、心配をかけたり失敗をする方がいけませんよね。
クリストファはいつの間にかホットミルクを飲み終わったのか、私の方をじっと見ていました。
「クリストファ、こちらをビアンカさまへ……お届けしたらあなたもちゃんと寝るんですよ。そんな薄着でいたらダメですからね」
「はい」
「……キャンディ、少し持って行きますか?」
「うん」
幾つかのキャンディをポケットに入れて去って行くクリストファを見送って、私は息を吐き出しました。
うーん、色んな人に心配かけてるのかもしれないんだなあ。
ドアをぱたんとしめたところで思い出しました。
(……深夜に、アルダールと、二人きり……だと……!?)