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「……ということがあったんですよ」
「へえ、それはそれは。うーん、それじゃあ……」
アルダールとの逢瀬の時間。すっかり日も落ちた夕暮れが今日の休憩時間でした。寒さも増してきましたので、その内雪も降るのかなあ。私としてはあまり寒いのは得意でないというのも手伝って実家に戻るのも億劫という現実。だって移動中寒いし帰っても館は王城ほど暖かくないし。もうちょっと実家が近かったらなあ。
今日は彼が図書室の本を返すというのでご一緒させていただいてます。
普段は私の身分も手伝って、召使にどのような本を何冊、みたいに指示して部屋に持ってきてもらうものですが時には私個人で蔵書を探しに王城内の図書室にも行きますよ。
メイナとかスカーレットの教育にも先人の知恵を拝借したりとですね、今でも勉強の毎日ですから!
「まず、私と君の関係は家族には伝えてあるよ。余計な見合いだの紹介だのされるのを防ぎたかったし、隠す必要もないから」
「ええ……えぇ!?」
納得しかけて思わず大きな声をあげちゃいましたよ!
家族に伝えて……ってそれは勿論アルダールの家族ですから、ディーン・デインさまとご両親ですよね。宮廷伯のバウム伯爵さまとその奥さまですよね。えっ、いや確かに隠して欲しいわけじゃないですけど、上の人にいきなり知られていたという驚愕の事実。
落ち着いて考えれば普通の事なんですけど! 彼女ができたよ~くらいの軽いノリが家族の会話で出たってだけですからね!!
「うるさく騒ぎ立てないように釘は刺しておいたけど、親父殿が何か言ってきたら黙殺してくれるかい?」
「いや伯爵さまを黙殺とか無理です」
「まあ……そうだよね」
苦笑するアルダールが悪いわけじゃないです。うーん、家族に報告、という考えのなかった私が悪いんですけど……しかしバウム伯が何を言ってこられるというのでしょうか。あれですか、まさか……。
「交際を反対されている、とか……?」
「違う違う! 逆だよ、とても喜ばれた。私はこの年齢までお付き合いした女性はいても、自分からどうこうというのが少なくてね、どうやら家族を大分心配させていたらしい」
「アルダールさまが?」
「そんな意外そうな顔をされると困るなあ」
笑ったアルダールはやっぱり困ったような顔をしていて、あまり話したいことではないのでしょう。少し視線を泳がせましたから。
うんうん、誰だって人に聞かれたくない黒歴史の一つや二つ抱えてますよね。こういうのは詮索しないというのが大人の礼儀ってものでしょう。
「それにしても寒くなりましたね、生誕祭の頃には雪が降るでしょうか」
「……そうだね、雪がちらつくかもしれない」
今代の王太子殿下が冬生まれだから生誕祭は冬。現国王陛下の時は春だったって言うから過ごしやすかったろうなア。でも冬の凛とした空気の中で行われる生誕祭の儀式はなんだか荘厳な空気と言いますか、こう身が引き締まる思いでこちらもよりしっかりとせねばと思えるから私は好きですよ。
生誕祭で厳かな空気を味わい、セバスチャンさんと反省しつつ来年もいい年にしましょうねなんて会話をして年の瀬を過ごし、そしてプリメラさまと笑顔で新年をお迎えする……ついでに私も誕生日を祝っていただく。
それが王女宮での私の冬でしたからね。
新年祭は王族の方にとっては儀式のひとつともいえる大切な行事なので王城内は静かなものですが、町は賑わってますからね、私も護衛騎士の方にお時間をいただいてちょろっと街中に行って自分へのプレゼントを買ったりとかしましたよ、はいそこ寂しいとか言わない!!
「でも誕生日の件は教えてくれてても良かったのに」
「え?」
「今の話でプレゼントを貰ったというのを聞いたから私もユリアの誕生日が近いと知れたけど、もしかしたら言わないつもりだったんじゃないか?」
「ええと……まあ、そうですね」
私誕生日なの! 祝って祝って!!
そんなことを言う程幼くありませんからね。……いえ、まあ。それも正直な気持ちですが、本音を言えば祝って欲しいなんて告げてドン引きされたらいやだなあって逃げの気持ちもあるんですよ。
良い歳をした女が碌に恋の経験もなく、奥手で初心で名前一つ呼べなくて、見た目も地味で褒められたものじゃなくて仕事が取り柄とか……そんな女に甘えられて嬉しいでしょうか? 男性心理なんてものはわかりません。でも私は私を客観的に見た時に、穏便な方を選んでしまうわけで……。
思わずそんな考えを見透かされたのかなと思ってバツが悪く視線を落とすと、ため息が聞こえました。
肩が跳ねそうになりましたが、そこは気合で抑え込んで。でもがっかりさせたでしょうか、大人のオンナとしての振る舞いはやはり私には難しいようです。怖くてそっちが見れないので、庭の方へと視線を向けることにしました。
あ、野鳥だ……可愛いなあ。あー複数いて仲良しだなあ。寄り添っちゃってまあ、和むわあ!
「……ユリア、へえ……そういう態度を取るんだ?」
「えっ」
廊下と庭園は当然、手すりで区切られている。
そこにアルダールが手をつくことで、私が身動きを取れなくなるから思わず彼を見上げれば、少しだけ唇の端を持ち上げるようにして意地悪く笑った姿があった。なにを、と声を上げる前に彼がもう片方の手に持っていた本を押し付けられて、慌ててそれを両手で受け取った私に自由になったアルダールの手が腰を抱くようにして……っておおおおおぃ!?
これどういうシチュエーション!! 抱き寄せられちゃったんですねわかります。そうじゃない!
「私だって大切な人のお祝いくらいしたいのだけれどね?」
「え、ええと……あの、わかってます、あの、わかってますから。ありがとう、本当にお気持ちだけで。一緒に過ごせるだけで嬉しいんです」
「本当にわかってる? 傷ついたんだけどな」
「あ、アルダールさま、ちょっと近いかなーなんて思うんですけど」
「そうかな」
にっこり笑っているアルダールはわかっててやってるよね、私を困らせて楽しんでるよね。
いや原因が私自身にあるってわかってるだけに文句も言えないっていうか言いたいけど言えないチキンとも言うけど。
「まあ、今回はこれで許してあげるよ。休憩時間は互いに貴重だしね」
(た、助かった……)
「何か言った?」
「いいえなにも!!」
この後図書室に行って戻るだけ……とはいえ、最近は大分お互い距離感も縮まった気がします。物理的な意味じゃなくてね。
だけどなんだろうなあ、アルダールの甘さに今でも私は動揺すると言いますか、どう対処したらこれに慣れるんでしょうかね。慣れる気がまったくしないんですけども。
「おっ、そこの二人丁度いい所に」
「……王弟殿下?」
「お忙しいと聞いておりましたけど」
「ちょっと聞きたいことが出て探してたんだよ、アルダールの方」
「私ですか?」
きょとんとしたアルダールが持っていた本を王弟殿下は奪い去って、後ろに控えていた書記官に渡す。そして受け取った書記官さんはぺこりとお辞儀をしてささっと図書室のある方向へと行ってしまった。何あの以心伝心。
アルダールもよくわからないらしくて、書記官さんが去って行った方を視線で追ったけれど王弟殿下の方へと直ぐに視線を戻した。
「で、なんでしょうか」
「ちょっと聞きたいんだが、お前あの『英雄の娘』と関係あったか?」
「いえ、同室の近衛騎士が友人関係にあるくらいですかね」
小首を傾げたアルダールに、王弟殿下は「なるほど」と何とも言えない顔をしてから私の方をちらりと見た。え、なにそれ?
「いやなに、あのお嬢ちゃんが生誕祭のパーティで、自分をエスコートする相手にお前を指名してきたってんでちょっとした話題になってるんだが……その分じゃ知らないみたいだな」
にやりとも笑わずに呆れ果てた表情の王弟殿下に、私たちの方が絶句する。
え、なんですって? エスコート? 意味が解らない。
普通エスコートをお願いするにも互いの関係とか色々あるし、この間挨拶しただけだよね?
当人に相談なく「あの人にエスコートされたい」とか宣言もあり得ない。
色々あり得な過ぎてびっくりだ!