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 なんってことでしょう……!!


 可愛い部下で後輩たちにまで心配をかけてしまう程気にしていたヒロインが、私の目の前にいる。

 結局のところ「向こうから接触があるまで放置でいいか!」という風に割り切ったというのになんという運命のいたずらっていうかすべては間の悪いハンス・エドワルドさまのせいっていうか。


 ゲームヒロイン、『ミュリエッタ』。なんと家名もゲームでは出ていて、それもウィナーって言うんだよね。勝者ってもうどんだけ……。

 名前からして勝者っていうだけあって美人で可愛い雰囲気を持ち、スタイルも勿論よくてプレイヤーの育成次第では父親を超える稀代の英雄になったり男爵令嬢でありながら王太子妃になるという多彩なエンディングを迎えられる、言うなれば可能性のデパート。流石主人公。

 ゲーム上では性格も良くて誰にでも隔てなく接し、優しく、愛情に満ち溢れている設定の要するに良い子だ。常に弱者の味方というその姿に攻略者たちは心を開いていくっていう設定だったと思う。


 今、ハンス・エドワルドさまの呼びかけでこちらに近づいてきた彼女は、困ったように笑っている。それだけで絵になる美少女っぷり。

 腰まである長い薄紅色の髪は特に結われているわけではなく、服に合わせた桔梗色のリボンカチューシャだけだ。化粧なんてしてないのに睫毛長い。


 なんだろう、わかってたけどこの敗北感よ……!!


「巨大モンスター討伐の際にオレが怪我をしたのを彼女が助けてくれたんだ。その怪我のことを気にして態々オレに会いに来てくれたってワケ!」


 ドヤ顔しながら言ってくるハンス・エドワルドさまのことをアルダールはまだ睨んでいる感じです。

 ま、まあ……私もいい雰囲気をぶち壊されたことはとても納得できてませんけどね! タイミングって逃すと次あるのかって不安になるじゃないですか……。

 いえ、誰かが来るかもしれない場所っていうことはこういうこともあるっていう良い勉強になりましたね。そう思っておきましょう。


「あたし、ミュリエッタ・フォン・ウィナーと言います。はじめまして!」


「……ハンス、何も教えていないのか?」


「いや、教育係が教えてるもんだとばっかり。……えぇと、ミュリエッタちゃん、その挨拶はちょっと……」


「はい、なんですか? ハンスさん」


「うっ、笑顔が眩しい!」


 天真爛漫に笑顔で元気良く自己紹介してきた彼女に私たちは思わず絶句した。


 ああー。そうか、彼女は貴族の『常識』がわかっていない。そうだろうなって思ってたけどね!

 流石に顔合わせの直後からまだ教育係の教育が行き届くわけじゃないもんね。

 ゲームの内容と現実の細やかな作法の大なり小なりというのはあまりにもかけ離れ過ぎてるから……。

 ハンスさんに会うまで一悶着なくて良かった、本当に良かった。


 ここは筆頭侍女として私が教えてあげるべきでしょうね。

 何故私たちが絶句したのか、知らなければ理解もできないし、反省したり次に直したりする機会を無くしてしまうというのは勿体ないものね。


「ミュリエッタさん、とお呼びしてもよろしいですか?」


「はい! えぇと、貴女は?」


「ユリア・フォン・ファンディッドと申します。王女宮で筆頭侍女を務めております。統括侍女さまより貴女の事は伺っておりますが、その挨拶は少々問題があるかと思います」


「え? なんでですか?」


 きょとんとした表情の彼女が、一瞬嫌そうな顔をしたのを私は見逃しませんでしたよ……!!

 でもまあ、知らなくて余計な問題になるんだったらこの場で収められるうちに何とかした方が面倒にならないでしょう。


「まず貴女の身分ですが、貴族になるのは陛下より貴族位を与えられてからのこと。いずれ与えられることであっても、今現在で名乗ることは相応しくありません」


「えっ……で、でも貴族になるんだからそのつもりで行動しなさいと言われていて」


「それは貴族としての矜持を抱き、それに相応しい行動をするようにという意味合いだと思います」


 多分そう言ったの統括侍女さまだろうね。

 こういう子にはもっとわかりやすい言葉で伝えてあげればいいんだろうけど、あの方多分だけど私たち王城で勤めている侍女に話すみたいに言ったんじゃないかなあ。

 ぶっちゃけるとそういう物言いは一般庶民に貴族のなんたるかを尺度として話しても伝わらないと思うよ!


「貴族というものは上下関係が厳しく、特に親しくもないのに身分が下位の者から上の方へいきなり声を掛けるなどは失礼であるといった暗黙の了解があるのです。貴女のお父上が授与する予定の爵位は男爵位、貴族位としては下位にあたります」


「……」


「まだよくわからないことが多いかと思いますけれど、教育係の方に師事して学べば大丈夫ですから」


 確かに挨拶一つで無礼と言われれば貴族の作法としては無礼なんだろうけど、ミュリエッタはまだ何も知らないしね。それを咎めるのも大人げないかなと思うわけですよ。

 無知は罪というけど、いきなり断罪するほどの事をしでかしたわけじゃないからね。

 これが流石に高位貴族の前でやらかした、だったら許されざる出来事だけどね。そうなる前に防ぐという意味でもこれはラッキーだったと思うべきじゃないかな。

 教育係とかだってまさか王城にもう出入りしてるなんて想定してなかったと思うんだ。


 私だって驚いたくらいだしね!


「ミュリエッタちゃんは王城で知り合いの侍女とかも、身分差がーって避けられたもんだから悲しくなっちゃったみたいでさ。そこでオレの見舞いついでに相談されたから、オレの知り合いから紹介してこうかなって」


「そうか、それじゃあ挨拶も済んだろうからもういいだろう。私たちも休憩時間が終わるから行かないと」


「えっ、あの、あたし、貴方のお名前を聞いてません!」


「……アルダール・サウル・フォン・バウム。あまり気安く呼ばないようにお気をつけてくださいウィナー嬢」


 あーそうだよね、アルダールって基本的に人当たり良いと思うけど、結構他人との距離感難しい人だって最近わかるようになったんだよなあ……ミュリエッタさんみたいにぐいぐい来るタイプは結構苦手なのかも。というか、『ヒロインじゃない生身のミュリエッタ』の、この距離感ぎりぎりを狙おうみたいな空気が……というのが正しいのかな。

 多分頭は悪くないんだろうと思う。私に注意されたことに対して、はっとしていたもの。

 これが空気読めないタイプなら「でもぉーアタシ、そういうのって変だと思うんです!」とか言い出しちゃうだろうし。


「そうでした、もう一つ。ミュリエッタさんはハンス・エドワルドさまとお付き合いしているわけでは……?」


「ええっ、違いますよ! ハンスさんは討伐隊で辺境に来ていた際によく話しかけてくれて仲良くなっただけです。とても親しみがあったから、つい……」


「そうですか。でしたらもう一つ。男女の仲でない方のお名前を呼ぶ事は気をつけた方がよろしいかと思います。ハンス・エドワルドさまも貴族位の方ですのであまり親し気に名を呼ぶようですと、そのように受け取られてしまいますよ」


 まあそれは注意しないハンス・エドワルドさまが悪いんだろうけどね!

 狙ってる女の子だから外堀を埋めてとかそんなあくどい事を考えてるかもしれないじゃない。


「あ、あー……うん、ほら、可愛い女の子に名前で呼ばれるって気分良かったからさ!」


 あっ、思ったよりもピュアでした!

 どうしましょう、この場合私の脳内が黒かっただけですかね!


「ミュリエッタさんもこれから大変かと思いますが、こういった事柄の一つ一つで人柄まで判断される事態になりかねませんから……ご注意ください」


 私の言葉にミュリエッタ嬢が眉を(ひそ)めた。難しかったんだろうか? いや、あれは「面倒だ」って思ったに違いない。それでも不平不満を即座に口にしなかっただけマシか。


「……やっていけるでしょうか。あたしの友人だと思っていた人が、侍女と貴族じゃ立場が違うって……」


「侍女として仕事をしている時には働き人としての立場があります。貴族の令嬢として立つ場合とそうでない場合があるように、侍女として立っている場合は貴女の友人という立場は取れません。ましてや、身分差というものは公式の場では絶対とも言えますから」


「そうなんですね、ありがとうございます! ……王女宮の方ってことは、当然王女さまのこともご存知ですよね」


「……それは、ええ、勿論」


 ミュリエッタの緑色の瞳が、きらりと光った気がした。

 ぞわ、となんだか得体の知れないものが背中を撫でたような気持ち悪い感じがしたけれど……それは私が彼女の事を良く思っていないからかもしれない。


 いいえ、あまり変な考えを持ってはいけない。

 公平に判断しなければ、ひとつ間違えればプリメラさまにご迷惑をおかけする。それが私の立場なのだから。


「生誕祭のパーティでお姿を見ることができると思うんですけど、お姫さまって現実にはどんな人なのかなって思って……」


「王女殿下は聡明な方です。まだ十一歳ですが、大変愛らしく、またお優しい方ですから貴女にもお声をかけてくださるかもしれません。その時の対応はきっと教育係が教えてくれると思います」


 当たり障りなく、そして真実を答えればミュリエッタの表情は不思議そうになるばかり。

 そうだろうね、ゲーム知識があるなら私の言葉はおかしな点ばかりなのだから。


 でも私は嘘を一つも言っていない。

 プリメラさまは聡明で、優しく愛らしい方。私の自慢の娘なのですから!

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