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前回ヒロインの姿を確認しに行ってからはや数日経ちましたが、まあ予想通りなんですけど王女宮ではなんの変化もありません。
そりゃそうか!
変わった事といえばエーレンさんの方から挨拶に来てくれたのでもう一度会いに行く手間が省けたくらいでしょうか。
その際に彼女からはヒロインと挨拶を交わしたという事を聞きました。
とはいえあちらは近いうちに『男爵令嬢』になる事が約束されている身分ですので、いち侍女に過ぎないエーレンさんとは今後身分差により線引きが必要になるわけですね。
ヒロインは親し気に話しかけてきたそうですが、エーレンさんはその点を外宮筆頭に厳しく言われていたらしく侍女らしい対応をしたところ不満そうにされたんだとか……。
うーん、天真爛漫ヒロインを演じているのか、はたまた“身分差”というものを素で理解していないのか。
前世の記憶持ち、ということなら漠然とそういう事は理解しているんでしょうが、冒険者の娘として生活をしていたのならばそれをリアルに体感するのはこれが初めてに近いでしょうね。
貴族とそうでない者との隔たりは、考えているよりも大きいと思うんですよ。私がそう体感したから彼女もそうじゃないかという予想に過ぎませんけど。
ファンディッド子爵家は領地持ちとは言え正直弱小の田舎貴族ですけど、領地ではやはり領主さまと呼ばれる父とその家族という括りです。当然、領民の規範たる存在であれと幼い頃は言われたものですよ。
王城ほど厳しくはありませんでしたが、私が小さい頃から勤めていた侍女たちは私がいくら願おうとも決して対等の言葉遣いなどしなかったしそれらは領主の娘として相応しくないと窘められたほどです。
昔読んだ転生物の小説とかによくある“幼馴染の庭師が”とか、“姉妹みたいな存在の庶民上がりの侍女”とかあそこまで親しげなのはなかなか現実では難しいようです。
(とはいえ、私とプリメラさまはその限りではないけどね!)
誰にともなく自慢しつつ、まあそのくらいしか特筆することも無いんですよね!
園遊会と違って生誕祭はやるべきことと言うのが決まっているし、その後のパーティに関してもある程度決まっている伝統的なものですから私とかがするのは要請によって給仕に参加するか否かです。
でも今回私含め王女宮のメンバーは園遊会で活躍したという扱いで免除ですよ、免除! いやあなんだかいい気分になりますよね、免除って言葉は。
「ユリアさん、そろそろ休憩時間でしょう。私が後はやっておきますが、他に必要なことはありますかな?」
「ああ、セバスチャンさん。もうそんな時間でしたか……ではこちらの書類をスカーレットに、プリメラさまの給仕はメイナを中心に作法を見てあげてくださいますか」
「承知いたしました、筆頭侍女殿」
「よろしくお願いいたします、執事長殿」
お互いまるで舞台挨拶のようにわざとらしいほど大袈裟に礼を取って、顔を見合わせて笑う。
最近のセバスチャンさんはちょいちょい笑いを取ってくるけど負けないよ!
そして私は急いで休憩時間に庭園に向かうのだ。
何故かと問われれば……ええ、まあ。要するにデートですかね!
職場恋愛? の良い所は休憩時間が合う時とかにちょっとだけ一緒に過ごせる事でしょうか。
前世ではよく職場恋愛をしていた先輩が惚気を聞かせてくれたものですよ! あの時ほど『リア充爆ぜろ……』と思ったことはありませんでしたね。
……まあ、その先輩はその後彼氏と別れてしばらくの間、「職場恋愛で失恋すると色々居づらい……」なんて鬱々としてらっしゃいましたねえ……あら怖い!
「アルダールさま、お待たせいたしましたか?」
今日は昼過ぎに休憩時間が取れましたからね!
その日によって違いますが、私たち侍女というのは主の都合によって食事休憩以外の休憩時間がずれこむものなのですよ。食事休憩も結構まちまちですけどね……。
その点、有事がなければ騎士団は時間がきっちりしているらしいですけども。
あくまでアルダールによれば、ということなので全員がそうかはわかりかねます。
「大分寒くなってきたからこうして庭園で過ごすのは辛くない?」
「大丈夫ですよ、アルダールさまこそ寒くないですか?」
私は勿論コートにマフラーにもっこもこですが何か。外的美観? ……いやだって、寒いですし。
城内があったかいとかないですからね、冬ですもの。秋が過ぎたら冬が来るんですよ、自然の流れってのは変えられないんですよ! 冬は寒いんですよ!!
アルダールだって外套着てますけどね、室内の任務に戻れば脱ぐんでしょうけどなんでこの人この寒さで涼しい顔してんのかなぁっていつも思いますね……。
私だってそりゃまあお仕事中は寒くたって顔には出したりしませんけど、内心超寒いと思ってますよ。
前世の死因は寒さからの肺炎ですからね! トラウマとまでは言いませんが、今世では気をつけようと毎冬対策は欠かしておりませんとも。
まあこうして恋人と寄り添って手入れされてある庭園で語らっちゃうとか気持ちはあったかですけどね!
ってちょっとだけ内心どやぁってしましたすみません。
「生誕祭が近づいて、神官勢が慌ただしくなってきたね」
「大切な行事ですものね、王女殿下も入念に式典の内容を確認しておいでです」
「ディーンはパーティで王女殿下にお会いできることが嬉しくてたまらないみたいだよ」
「それを聞いたらお喜びになります」
ディーンさまに会いたいって言ってたからね! お茶会の準備もしているけど、園遊会の後と言いつつあの騒ぎだったからついつい伸びて結局生誕祭の後にってなっちゃったからね。
生誕祭と新年祭は、王家にとっては国民に対しての大切な行事だから当然他のことは後回しになっちゃうんだよね。まあそこのところはディーン・デインさまも貴族の子息としてご承知でしょうし、生誕祭のパーティだったらプリメラさまとダンスも踊れるだろうし、って、ああー!!
私随伴じゃないからその愛らしいカップルのダンス姿をリアルタイムで見ることができないのか!
なんということでしょう……なんということでしょう……!!
いえ、私もデートなので文句は言えませんが。くっ、可愛らしいカップルの姿をこの目に焼き付けたかったが次のお茶会までそこは我慢いたしましょう。私だって大人ですもの。
こうして私のことを好きだと仰ってくださる恋人との時間だって大事ですからね!
「ユリア」
「はい、なんでしょう?」
ふと呼ばれて顔を上げた私ですが、なんとなく察しました。
あっこれ映画とかで見たことある雰囲気だと。
つまるところどういうことかと言いますと、あれです。甘い空気になってキスされるなってやつですよ。
「……!!」
周囲に人もいなくて、つまり二人っきりで、今はプライベートの時間で。
私たちは恋人同士だからそういうことだってそりゃね、まあ、起こり得ることだと知っていますよ!
い、今までなかっただけで……というわけだったので慌てて空気を読んで目を瞑ってみました。
思わずぎゅっと目を瞑ってしまいましたので、アルダールが笑った気がします。
くっ、恋愛経験値の無さがここで出てしまうなんて……!!
幸いにもこの小さな庭園の出入口は一か所で、アルダールの背で私たちが何をしているかは隠されているでしょうから。ほんの、少しだけ……もうちょっとで、休憩時間が終わっちゃうから。
そうしたら、また真面目に仕事に戻るから。
ドキドキする私に、アルダールの気配が近づいた気がして、とうとう……と思ったところで私は大きく後ずさりました。
「おーいアルダール!!」
そりゃもうでっかい声でアルダールさまを呼ぶ声が聞こえましたからね!
やだもう!! 顔あっつい……見られてなかったでしょうか!
思わず頬を両手で覆ってちらりとアルダールを見ましたが、あっ、見なければ良かったかもしれない……。
「ハンス……」
「休憩時間に悪い! どうしても紹介したくてさあ!! って……あれなんかこれデジャブなんだけどお前なんでそんな怖い顔してんの、あ、ちょっと待っていやほんとデート中だったとか知らなかったんだよマジで悪かったってオレ! ほら! 怪我人だから!!」
……ハンス・エドワルドさまって、本当にタイミングの悪い方ですよね。
ある意味お笑い的には美味しいのかもしれませんけど本人にはたまったものじゃないんでしょうね、勿論私を含めた周囲もですが……。
ちょっとだけ残念な気持ちがあったんですが、それも向こうにいる人を見て吹き飛びました。
ハンス・エドワルドさまの更に後方、可愛らしいワンピースを着た女の子の姿……あれは間違いなく、ヒロインのミュリエッタじゃないですか。
腰から上がシャツみたいなデザインですが袖はふわりとフリルになっていて、スカートは彼女の髪色を引き立てるかのような桔梗色です。首元にも同系色のリボンがあるので学生服のようにも見えますね、なんて可愛いんでしょうか。
「彼女! 英雄の! ミュリエッタを紹介しようと思って連れて来たんだよ……!!」
……本当に。本当に。
ハンス・エドワルドさまって、どうしてこう色々アレなんでしょうか……!
私が語彙力を無くして複雑な感情を彼に対して持ったって、仕方ないと思うの!!
ロマンスクラッシャー、その名はハンス・エドワルド!