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正直なところ、私としては雰囲気を見てから挨拶くらいはしておきたいなあって思ってたんだけどなあ……あれだけ人がいて本格的に採寸だの褒賞についてだの説明しているところに「あ、スミマセン挨拶しにきましたー!」と入っていけるだけの勇気はないね!
下手にここで出て行くと統括侍女さまに何か仕事も言いつけられそうな予感がしないでもないし……。
いや、でもプリメラさまに挨拶しに行くって言ったんだった……。本当はするつもりだったんだよ、本当だよ。
でも向こうだって色々いっぱいいっぱいな所に知らない人が挨拶とか来ても、余裕ないでしょうからね。ご迷惑をおかけしてはいけません。そういうことにしておきましょう! うん。これはチキンだからではありません。相手に対する気遣いですとも。
これから一年間は少なくとも王城に何度も訪れるであろうヒロインと、王城にきっと何度も呼びつけられるであろう英雄さまには会おうと思えば会えるはず。ああでも本当にヒロイン美少女だなあ、眼福だ眼福。
あれですよ、プリメラさまを正統派のこれから美しく咲くと予感させる薔薇の蕾だとするならば、ヒロインはこれから大輪の花を咲かせる牡丹なのだと感じさせるものがあるのです。わかりづらいって? うーん、やはり詩的な言い回しは私には難しいですね……要するに、彼女はプリメラさまと違った方向性の美少女なのです。
プリメラさまはそりゃもう、美しい! 可愛い!! ですけどね。
ヒロイン……ミュリエッタは遠目に見ても可愛い! お人形みたい!! という感じですよ。
はあ、スカーレットがプリメラさまと初めて会った時の感想じゃないですけど、神さまって不公平だなあと思いますよ。どうして私にも彼女らのような美貌をほんのちょっとくらいで良いから恵んでくださらなかったんでしょうかね。
いえ、恋人もできましたし不細工ではないですからね、不細工ではないから問題ないんですけどね?
まあ美貌を得たところで中身が私ですからね、きっと持て余すこと間違いありません。情けないですがそこに自信がありますよ……。
「ユリア?」
「いえ、英雄さまにご挨拶をしておこうかと思ったのですが、この様子では逆にご迷惑ですね」
「……そうだね、あちらは来客の顔と名前を覚えるので精いっぱいだろうね」
「後日改めてご挨拶することといたしましょう」
まあしなきゃいけないこともないんだけどね。
どこかで会うこともあるだろうから一応侍女たちの中での役職持ちだから覚えておいてね、ってハナシなだけだし。外宮と内宮の筆頭侍女を覚えておけば後は何とでもなるとは思うけどねー。
個人的には王太子殿下狙いならまあ王子宮筆頭と後宮筆頭には気に入られた方が良いと思いますが。でも彼女たちに取り入るのは難しいでしょうね!
統括侍女さまの仰った『様子を見て大丈夫そうだったら入ってくるといい』というような言い回しだった理由がわかりましたね。これは遠慮しますわー。
「しかし教育者は誰がつくんだろう?」
「宰相閣下の部下の方が生誕祭当日まで教えに行くらしいですよ」
「うわあ」
アルダールは苦笑しながら私を先に控室から出してくれた。うーん、この紳士め……ときめいたじゃありませんか!!
宰相閣下が不機嫌とかになってないといいですけどねえ。口が堅くて信頼ができる部下をそっちに一人割くというのは文官として痛手なのかもしれないですし。
まあ、英雄父娘が粗忽者でした、じゃ笑い話にするにはちょっと……ねえ?
こう、折角華々しい話なのですから国を挙げてとやっているところにそんなオチがあってはならないのです。そこは用意周到に行きましょうね、って事だと思うんですよ、流石に素人である私の目から見ても。
「……それにしても本当に可愛かった」
思わずヒロインを思い出して呟いてしまう程に。
……なんで私、私なんでしょうか。普通転生して、その転生先がやってたゲームとかヒロインとかメインキャラじゃないのと思わずにはいられませんよね。もしヒロインに生まれていたら、きっとアルダールとのことだってうじうじせずに自らぐいぐい行けたに違いありません。
「どうかしたのかい?」
「……いえ」
でも、それはあくまで仮定の話。中身が変わらなかったら今ときっと同じ。見た目が綺麗になったからって積極的な自分なんて想像できないし、もしヒロインに生まれていたなら私はご側室さまに――プリメラさまと出会うことはなかった。
そっちの方が、やっぱり嫌だなあ。
でもでも! 美人にはなりたかったよね。胸がでっかいのとかさあ、小玉スイカ程とは言わないから!
いやまあ……思っただけです。現状に不満? ないです。
姉のように慕った女性の死は悲しかったですが、その人の娘を健やかに育て、幸せに笑ってくれるのを見守れる日々。
実家に戻れば可愛い弟もいるし、愛してくれる両親もいる。
なんだかんだ怖いけど相談すればきっと応えてくださる統括侍女さまみたいな上司もいるし、畏れ多くもいつでも相談においでなんて仰ってくださる王太后さまもいらっしゃる。
それに、恋人もできた。
そう考えたら、すごく恵まれた環境ですよね。ただ自分に自信が持てないのを美貌が、スタイルがと言い訳しているだけで。
でもあえて言っておく。私は平均的だからな!?
「どことなく落ち込んでる?」
「そんなことないですよ、……あのお嬢さん、とても愛らしくて……少し羨ましいくらいと思っただけです」
「そうだった?」
きょとんとした顔のアルダールが、足を止めて私を見下ろす。
あれ、これなんだか良くない予感がしますよ。
「私はユリアを可愛いと思うけどなあ」
あ、やばい呼吸の仕方忘れる。
すごく真顔で言いおったこの人。
だからね、私ね、そういうの耐性ないって何回か言っておいたと思うんだけどどうしてアルダールはいつもいつもこう……!!
「結構可愛い系の小物とか好きなところとか、小さな子供のことを微笑ましそうに見ているとか、デザートを作っているのが楽しそうだとか……そうだなあ、後は」
「あっ、アルダールさま……!」
「色々可愛いよ、大丈夫」
周囲に歩いている侍女とかがいなくて良かった!
まあもしかしたらアルダールのことだから、そういう空気を読んでくれたのかもしれないけど。
それにしたって心臓に悪いわあ……!!
「あ、そうだ」
「なんですか!」
「生誕祭の時だけど、私が迎えに行くから部屋で待っていてくれる?」
「え? ええ……」
「その時には是非その装飾眼鏡はナシでお願いするよ」
「えっ」
えっ、これ私にとってなけなしの防具なんです。美形から心を守るための!
決して本体ではありません……ってそんなネタを言えるわけもないから即答できずにいると答えは聞いていないとばかりにアルダールはさっと身を翻してしまいました。
「それじゃあお互い職務に戻るとしようか。火傷に気をつけるんだよ」
「そ、そんなへまはいたしません!」
……くぅ、イケメンめ!
それにしても伊達メガネの存在を許さないとか……余計直視できないじゃない!
デートですでに直視云々言ってる段階でアレだとちらっと脳裏を掠めたけど気にしない。
「あれ、ユリアさまお戻りですか? 早かったですね!」
「ああ、メイナ……スカーレットも」
「どうでした? 英雄父娘とやらは」
「ええ、やはりご挨拶は別の日にした方がいいと思えるくらい人がたくさんいたわ。娘さんの方はなかなかの美少女でした」
「姫さまとどっちが?」
「そりゃぁプリメラさまですよ」
おっと、思わず食い気味に即答してしまいました。
でもそんな私の反応に、メイナは安心したように笑ったしスカーレットは当然とばかりに鼻を鳴らしただけでした。お行儀悪いですよ!
「あー、いつも通りのユリアさまだー」
「英雄父娘の登場から随分気にしておいでですが、ワタクシたちの王女殿下にあのような鄙つ女が何かできるとお思いですか? 杞憂も大概になさいませ!」
……そんなに私、態度に出てたでしょうか。
気をつけないと……ってこの子たち、もしかして私を心配して……?
ああああああああ。
今日も後輩二人が尊い……!!
思わず二人を抱きしめてしまいました! メイナは「どうしたんですかーユリアさまったら!」って笑っていたし、スカーレットは「な、なにするんですの!」って顔を真っ赤にしてました。
プリメラさまも含め、うちの子たち、なんでこんなに天使なんだろう……!!
やっぱり私、私で良かったです。この職場、超天国!