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お昼過ぎ、アルダールは約束通り迎えに来てくれた。
私もそれまでに仕事をいち段落させておいて、セバスチャンさんにもちゃんと事前に連絡しておいたから問題は無いはず。メイナとスカーレットの方も仕事をちゃんとこなしているし……今のところ気にしなきゃいけないところはないかな。
プリメラさまにも勿論、「勇者父娘が来ているから統括侍女さまの勧めでご挨拶だけしておこうと思います」って正直にお伝えしたよ!
後々プリメラさまも生誕祭のパーティで会うだろうからどんな人だったか教えてねと言われたけどそこまで近づくかは未定なんだよなあ。
「ユリア、それで場所は?」
「ええ、こちらです」
流石に王城内の応接室って案外部屋数あるんですよねー。でも大丈夫! ちゃんと聞いてるからね!!
内宮寄りの応接室、広めの一室で迎えられているはずです。
私が聞いている限り、前日には父娘は迎えの一団によって城下入りしているので遅刻とかはあり得ない。
しかしゲーム設定ではよくわからなかった、いくら英雄だからってなんで王城に迎えられて厚遇されるんだろうとかそういう疑問がリアルで解消されるってなんだか不思議な気分ですね……。いえ、現実だからゲームと呼ぶのも変なんですけど。
でもゲームの世界とリンクしているからゲームの世界って呼んでいるわけで、だからここがゲームに類似した現実だとわかっているんですけど他に説明のしようがないからゲームって呼ぶっていうか、あれ? 訳がわからなくなってきた!!
まあ要するに、『これはゲームだから』という呪文はこの現実世界において役に立たないってことですよね。だって国王陛下が強者を他国に流さないように言い方が悪いですが、『飼う』ために王城に招いて厚遇し飼いならせなくても首輪くらいつけてやろうっていう腹積もりだって聞いてしまったらもうね……夢見る乙女よサヨウナラってなもんですよ!
まあ、政治云々絡んで来たら夢も見てばっかりいられないのが現実ですもんね。私には直接的に関わりがなくて本当に良かった、実家が弱小貴族で良かった。
いやそれもどうなのってハナシか……うん、まあ小市民ですから。
「あ、ここですね」
「どうする、ノックして入るかい?」
「……いえ、隣の控室の方に入るよう統括侍女さまには言われております」
「え?」
「今日だけで色々な人間と会うのに、更に直接的に関わるかどうかわからない筆頭侍女たちまで来ては彼らの負担になるだろうという配慮ですね。覗き見をするようで少々気が咎めますが、どのような方々かやはり気になりますから……」
要するに、控室からそっと見る分には構いませんよってことなんだよね!!
まあ確かに王城の文官からあれやこれやと説明を受けて、教育係が云々、礼儀作法のテストが云々、礼服の採寸が云々と続く中にそれじゃあ今度はあの人とこの人と、なんて言われても困っちゃいますからね……。
アルダールも納得したらしく、私たちは応接室の控えの間に入りました。普段はメイドがお茶やお菓子を準備したり、秘書官たちが書類を整頓したりと色々な縁の下の力持ちが控える場所ですね。小さく続きの応接室へと続く扉がうっすらと開いているのでそこから見ろという事なんでしょう。
でもそれじゃバレバレじゃないのと思うんですが、覗いてみたらなんとも色とりどりな布があるじゃないですか!
(成程、トルソーとドレスで目隠ししてるんですね)
ちょっと見えづらいですが、当然向こうも見えづらいという事ですものね!
それにしても……見えづらい中にも向こうの部屋にはそこそこ人数がいる気がします。ああうん、こりゃ余計な人が挨拶したら混乱もするなってくらいには。
統括侍女さまと幾人かの年嵩な侍女がいて、針子が数人いて、文官らしい男性が数人背を向けていて……とまあそれだけでも緊張しそうですね。
そして彼らの視線の先に、豪奢な王城の一室にちょっと似つかわしくない超緊張した面持ちのちょっとだけ仕立ての良さそうな服を着たおっさんと美少女が座っています。
あれが英雄父娘ですね、間違いありません!!
確かゲーム開始時のヒロインの年齢は十五歳、何気に王太子殿下よりひとつ年上です。
年上だけど平民上がりということで学園ではディーンさまたちと同じ学年、という設定だったはずです。攻略対象によってお姉さんぶったりするヒロイン可愛い、というレビューがあったのを覚えてますよ!
ああ、ちなみに学園というのは基本的に貴族と富裕層が通うもので、平民が通うのは学校です。
この差は何かと言えば、教育の質、ですかねえ。
学園というのは高等学校だと思えばわかりやすいと思います。四則演算、礼儀作法、社交界でのマナー、領地運営その他諸々……領地持ち貴族の跡取り息子、もしくはそういった跡取りと縁組が決まるであろう娘たちは通うべきとさえ言われるところです。
まあ諸々費用がかさむ場所でもありますので、ファンディッド子爵家のような弱小貴族だと通わせるのは難しく……そういう貴族の方が多いので家庭教師という職業も人気なんですよね!
メレクの為に来ていた家庭教師はとってもとっても仙人のようなおじいさんでしたが、昔は学園で教鞭をとっていたという話でした。嘘か誠かは知りません。
おっと、話が逸れました。
兎に角、そういう場所へとヒロインは通うわけですね! でも彼女が前世の記憶ありということなら四則演算の辺りはクリアですので楽勝なのかもしれないかな? 身分的には扱いが難しいのは間違いありませんが……美少女ですし、大丈夫でしょう。美少女ですからね。
父親が貴族でも一代限り。でも国にとっての英雄。平民上がりだけど勉強はできる。美少女。平民上がりの優秀者よりも優遇されている、が、貴族たちからしたらやっかみ対象に違いありませんしねえ。
「あれが英雄とその娘か……とても巨大モンスターを倒した二人とは思えないね」
「ええ、本当に。お嬢さんの方はとても可愛らしいし、華奢だし色白だし……冒険者だと言われても直ぐには信じられないくらい。きっとドレスが良く似合うでしょうね」
プリメラさまとまではいきませんが、ヒロインはやっぱり美少女なんですよ! 何度も言いますが。
確かにハンス・エドワルドさまが仰っていた通り薄紅色の鮮やかなさらさらロングヘアに日焼けなんて知らないような白い肌。そこに遠目にもわかるほど綺麗なグリーンの瞳が、垂れ目気味だからすごく癒し系美少女って感じですよ。
座っている所為でスタイルは見えませんけど……ゲーム通りなら良いはず。
だから文句のつけようのない美少女っぷりに私は素直に賞賛しました。それに対してアルダールが何か言いたげでしたけど、結局彼は苦笑しただけでした。それってどういう意味かなあ!
いくらなんでもあんな年下の女の子に、直接何かされたわけでもないのに攻撃的になるわけないじゃない、プリメラさまに何かしてくるなら別だけど。
今の段階では悪口(という名の、『私と彼女にとっての事実』)だけですからね、そこまで悪くは思ってませんよ!!
「アルダールさまの目から見て、英雄父娘はどうですか?」
「父親の方はそれなりに強そうだと思うよ。恐らく剣を使うタイプじゃないかな。流石に王城内だからか、武器は持っていないようだけれどね……娘さんの方は、魔力を強く感じる程度かな」
「まあ、そんなことがわかるんですか」
いやまあそういう解説を期待して一緒に来てもらったんだけどね。まさか本当にわかるとは正直思っていなかったと申しますかなんと言いますかごめんなさい!!
「私は魔法使いではないからね、そこまで魔力判定はできないけど……その私が上手く隠しているな、くらいだから見る人が見ればもっと詳しくわかるんじゃないかな?」
アルダールの言葉に、どうやらスペックは高そうだけど隠そうとしてしきれてない残念感を感じました。
いえ、もしかしたらあまり隠す気がないという可能性もあることを忘れちゃいけませんね。
ううーん、しかし……見てくださいよ、若さってすごいよね!!
あの肌ったらもう! ぴっちぴちですよ、ぴっちぴち。そりゃそうか、十五歳と言えばまだ中学生とか高校生ですもの。いやでもこっちの世界で辺境生活というのは過酷極まりない雰囲気でしたので、その中でよくもまああんな美肌を保つものですよ!!
……何か秘訣があるんですかね!? わ、私だってBBクリームさえあれば……いや、それは自前の肌じゃないから勝負にすらならないっていうことか……すごいなヒロイン補正! 流石だヒロイン補正!!
美少女で魔力もちで英雄ってすごいよね、本人の努力もあるだろうけどさあ。
「……今回褒賞を得るのは父親の方なんですよね?」
「そうだね、爵位を賜るのは父親の方だね。でも娘の活躍も評価して今回破格の褒賞になってるんじゃないのかな?」
「そうか、そうですよね」
ひそひそと会話しつつ中を窺う私たちはちょっとした不審者でしょうか……いえ、気にしたら負けですね!!