100
正直、今、私は悩んでいます。
ええ、何を悩むのか。
そりゃぁねー。明日王城内の一室に例の英雄父娘が来るって言うんですよ。時間は大体お昼過ぎに。
王城内っつっても外宮の、一般的な応接室なんですけどね。来賓室じゃない辺り扱いが微妙ですね。まああくまで功績が認められた民間人なのでごく当然の対応と思いますが。
彼らが呼び出された理由は、単純明快に褒賞の件です。
恐らく事前に褒賞内容は伝えられていますが、生誕祭のパーティで必要な礼服の採寸やおそらく教育係との面通し、それらが済んだら実際に与えられる家屋の内見とかですね。
基本的には英雄に対する褒賞なので、恐らく父親が存命中は費用のほとんどを国が持ってくれると思いますが必要以上に改装や家具の発注などをするようであれば自己負担になりますからねー。
そしてその様子を見に来たかったら見に来ていいよ! って統括侍女さまが私たち筆頭侍女たちに言っていたので見に行こうか悩んでいるんです。どうせいずれ紹介するからってスタンスでしたが、まあ彼女が王城を訪れる際に関係がありそうな外宮と内宮はともかく、私を含む王宮組はそんなに関わり合いがないからわざわざこっちから挨拶に行くのもどうなのかしら、という空気なんですよね。
いくら英雄とその娘とはいえ、易々と王城内を闊歩して王宮まで入れるわけじゃありませんからね……ゲーム上だと内宮で執務の為の移動をする王太子殿下との接触が図れますけどそれだって現実ではレアケースですよ。
「……アルダールさまはどう思いますか?」
「気になるなら見に行ったらいいんじゃないかと思うけどね。エーレン殿から聞いていることが心配なんだろう?」
「ええ……」
いや、まあその点はね。プレイヤーだったんだろうなあという予想が合っているなら心配っていうか……いやヒロインの狙いがなんなのかっていうのがわからないっていう点ではやっぱり心配だよね。
アルダールに相談したのは自分自身どうしたいのかっていうのとそういった不安からなんだけど……。
最近は空いた時間にちょっとこうやっておしゃべりしたりするのが日課なんですよ。え、リア充? いつ聞いても良い言葉ですね!
ふざけたところで現状が変わるわけじゃあないんだよなぁ……。
見に行くべきか否か。
向こうの意見次第では会うこともないかもしれないのに、下手に見に行って藪蛇だったら困っちゃうでしょ。
「うーん……」
「心配なら私も一緒に行こうか?」
「でも職務があるでしょう」
「まあね。でも儀式の間は警護があるからその打ち合わせとかくらいだし、時間は取れると思うよ。パーティは不参加だから気楽なものさ」
「そう……」
詳しくは内容を話さないし、聞かない。
勿論それは関心がないわけじゃなくて、聞いちゃいけないことって言うのは暗黙のルールだよね。
でもパーティとか、アルダールの参加を望むレディがいっぱいいるんじゃないのかなあ。いや、行って欲しいわけじゃないんだ。でも跡取りじゃないにしてもバウム伯爵家の長男だしさ、こう、色々……と思っちゃうわけですよ。
そんな私の考えなんかきっとお見通しなんだろう、彼は優しく笑ってくれた。
「パーティの方は親父殿とディーンに任せるからいいんだ。ユリアは?」
「私は儀式の後、プリメラさまのドレスアップを手伝ったらその後はお役御免の予定です。パーティには随伴としてセバスチャンさんが選ばれたから」
「おや、王女殿下のお傍を離れるなんて珍しいね」
「儀式の時はいつも私が忙しいからってプリメラさまが気を遣ってくださるんです。とてもお優しい方だから、パーティの間くらいのんびりしていてねって仰ってくださって!」
ああーあの時のプリメラさまったら本当に可愛かったのよ!
私ったら大事にされてるよねえ。母親代わり姉代わり、そんな立場でもあるんだろうけど侍女としても大事にされているって自負がありますからね、もう私幸せ者だと胸を張って言えますよ……!!
「そうか……それじゃ、パーティの時間帯は空いているんだ?」
「その予定です」
「それじゃあその日は一緒に食事でもしようか。町に出ても大丈夫かな」
「えっ!? は、はい、喜んで!」
会話が固いって? まだ緊張するんだよね!
プリメラさまの優しさに思わず顔も綻ぶってものですが、アルダールのお誘いも嬉しくて思わず無言で何度も首を縦に振ってしまいましたよ。ああ、うん……所作が子供っぽいとその直後に反省いたしましたが、慣れてないってのが顕著すぎて自分でも笑えるわぁ……。
アルダールも笑っちゃってるしさあ。
「ユリアももう少し砕けた喋り方をしてくれたらいいんだけれどね」
「……努力します」
いやうん。努力はしてるんだよこれでも。
寝る前に鏡を睨むようにして明日には名前を呼び捨てで呼んでみようとか、もっとこうしてプライベートの時間で会う時は砕けた物言いをしてみようとか自分に言い聞かせてみてるんだよ。
結果はまあ、見ての通り惨敗ですけど何か!?
「それで、どうするんだい?」
「……やはり、遠巻きにでも良いから一度お姿を見ておこうかなと思います。どのような方々か興味はありますから」
「付き添おうか?」
「そうですね、……お願いしてもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
一緒に歩く方が危険かなと思ったけれど、例の父親の方の腕前とかアルダールならわかるかなと思って。ついでにもしヒロインがものすごく強く成長してるならそれもきっとわかるんじゃないかな?
またどこぞの令嬢の嫉妬を買いそうな気もしないでもないけど、やっぱり知りたいものは知りたい。
本当に、ヒロインはステータスをどうにかして上げて本人が強くなって乗り込んできたのかってこと。
そして彼女の『目的』はなんなのか。王子さまに会いたいとかわかりやすいアピールとかしてくれないかなあ……いや、いきなりそんなこと言い出すような子だったらエーレンさんとかに布石めいたことをしたりなんかしないか。
「……そういえば、ハンス・エドワルドさまは英雄父娘に助けられたんですよね?」
「そうだよ」
「それじゃあ、彼らの容姿なども知ってらっしゃるんですよね」
「ああ、うん……私も聞いたよ」
どこかうんざりした様子でアルダールが教えてくれた。
曰く、父親の方は中肉中背のがっしりした体格で、人懐っこい笑顔の酒が好きな普通の壮年男性。妻に先立たれて娘と二人、力を合わせて冒険者稼業であっちこっちを行き来していたらしい。
辺境伯とは依頼を通じて知り合った経緯があって、それで腰を落ち着けていたんだとか。エーレンさんと辺境で出会ったというのはこの頃かな。
娘の方は色も鮮やかな薄紅色の艶やかな髪に、まるで大粒のエメラルドがそのままはまったかのようにキラキラした目をしているんですって。……どういう表現だ。
背丈はさほど高くなく、華奢で色白、スタイル良し、性格良し、声は鈴のように愛らしい。
なんて話をアルダールは聞かされて辟易してるんだそうです。
なんでもハンス・エドワルド渾身の愛の歌という詩の朗読まで聞かされているというのを耳にしてちょっぴり同情いたします。
「ハンスのやつ、どうやらそのお嬢さんに一目惚れしたようでね。まあアイツは惚れっぽいクチだからその内熱も下がるかもしれないし、逆にお嬢さんを射止めるかもしれないけど」
「……ああ、ええ。スカーレットからもそのような事を聞きました」
「そうか……ピジョット嬢は落ち込んでいた?」
「いいえ、すごく怒ってました」
「ああ、なんだかわかる気がする」
「もう……笑うところじゃないでしょう」
くすくす笑うアルダールはおかしそうだけど、私は心配ですよ!
スカーレットがまた暴走して何かしでかすんじゃないかと思うとハラハラするってもんです。どうしましょう、ミュリエッタに突撃なんかしてったら。外宮とかでキャットファイトを繰り広げられるとか想像したら胃が痛くなりますよ。
いえ! スカーレットだって成長してるんです。そんな真似はしないでしょう。きっと。多分。いえ、おそらく。
「それじゃあ明日、昼頃に迎えに来るよ」
「あっ、ハイ、宜しくお願いします!」
「うーん、……いや、慌てないようにしないとね」
「え?」
「なんでもないよ。それじゃあ、また明日」
「はい、……また明日」
ああー、このやり取り……良いですよね~。明日があるんですよ、明日も会えちゃうんですよ。
とか言ってられませんよ。
お気づきでしょうか。
いえ、もうお気づきでしょうね!
……今日もまた、名前を呼び捨てにできなかったどころか口調も砕けることができませんでした……!!
「うう……ヒロインに会う前までにと思っていたのに……」
自分で思っていた以上に己のチキンハートは恋愛に対してスーパーチキンであると知った、今日この頃です……。