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今回はシリアス回ですが、次回からは通常運転です。
「おいおいアリィ、あんまり脅してやるな。いきなり色々言われてユリアのやつ、顔色悪くしちまってるじゃねえか」
「王弟殿下……」
「そうだったろうか。すまない、ただ俺はきみにプリメラ付きの侍女を辞して欲しくなくて……」
「ああ、まあそうだろうな。まあいいさ、俺が後は詳しく説明してやる。アリィは大人しく素振りしてろ」
「叔父上、いつまでも子供扱いは……!!」
「へいへい、アラルバート・ダウム殿下」
茶化すように笑う王弟殿下とは裏腹に、私は確かにこの方が仰る通りとんでもない爆弾を急に目の前に置かれたような気分だ。
ただでさえ、“勘当”が茶番に過ぎないという現実に目を背けていたことを思えば、それも関与しているんだろうか。
そう、なにせこの勘当、正直継母が言った言葉を売り言葉に買い言葉。
私がこれ幸いと家を出ただけで、当主である父親がそんな事実はないと言っている。
だからこそ私は『フォン・ファンディッド』という家名を今でも名乗れる上に王城でも働けるのだ。
本当の勘当となったら絶縁状が書かれて近隣の貴族に知らされて、『フォン・ファンディッド子爵家とその人物は関わり合いがありません。雇うなら我が家との関係などご考慮願います』となるわけだ。
その現実を知ったのは継母の勘当宣言を受けて意気揚々と王城で暮らし始めて3か月ほど後だった。
あの頃私も若かった……物知らずだった……今思い出しても転げまわるほど恥ずかしい!!!
その頃のお父様は、血のつながらない娘との接し方に困った妻を窘めつつも守ることを優先していたんだろう、私にそれを教えてくれる人はいなかったのだ……。
更に言うと我がファンディッド家はそんなに裕福でもない。
私がとっとと家を出たかったのは、金のかかる社交界デビューをして尚且つ婚活せねばならないことよりもとっとと侍女として暮らすことだったわけで……。
わかってますよ、逃げたんです。
子爵家の令嬢として、弟の手本となるようになれと言われることも。
美人の条件を満たしていなくて父上に残念がられていることも。
長女と長男は社交界デビューをするが、裕福でもない家では次男や次女以下は兄弟のコネで貴族社会を渡っていくことになる。
継母はうちよりも爵位ある伯爵家の次女だったから、社交界デビューをせずにうちに嫁いできた人だったから美人でも何でもない、血のつながらない娘を可愛がることも難しい上に長女というだけでデビューができる私を憎んでいたことも知っている。
そして私が社交界デビューをしてしまうと、今度は弟の社交界デビューの為の資金が苦しいと父親がこぼしていたことも知っている。
だから、逃げ出した。
その結果が父親の借金なのか? 金の無心は借金の返済だったのだろうか。
無心と言われてもまあ、価値で言えば月給40万あるところで5~10万無心されたみたいな感じだけれど。
時々実家に仕送り以外にそうやってくる父親のそれを苛立ちながらも出していたのは、不器量に生まれて申し訳ないとどこかで思っていたから。認めたくなかったけど。
プリメラさまが私を必要としてくれているからとそれに甘えて……。
「おいおい、なんだか落ち込んでる様子だけどな。俺の話を聞いてから考えてくれやしないか」
「あ、はい……申し訳ございません!」
「いや、どっちにしろお前が落ち込む内容かもしれないけどな」
「……え?」
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アルベルト・アガレスさまのお話は、正直私を落ち込ませた。
なんとお父様は、継母を後妻に迎えて息子をもうけておきながら、さらに年上の女性と不倫関係にあるというのだ。
貴族の秘めたる恋、なんて言えば聞こえも良いかもしれないが、やっていることはよろしくないことである。
独身同士で身分差のある恋などを楽しむ分には傷つくのはお互いの名誉だけで済むが、既婚者となると話は別だ。
この国では一夫多妻が認められてはいるが、それも正妻が側室等を認めた場合、そうでない場合は普通に姦通罪が適用だ。
呆れた。
呆れたよ!!!!!
その為の借金かよ!!! 宝飾品って継母にも「金が無いから」って碌に買ってあげてないって弟から聞いて私が買って父名義で贈ったってのに! それに対する感謝の気持ちは嘘っぱちだったのか?!
「とまあ、ここまで話せば何となく察しはつくだろうが、問題は相手で、さらに言えばその相手が今妊娠したという噂がある。あくまで噂な上に、相手はお前の父親だけじゃねえってのが問題だが……」
「……お相手がどなたか、聞いても」
「おう、聞いて驚け。大公妃殿下だぜ!」
「な、なんですって……」
今度こそ、私は絶句した。
そんな絶句する私を見てぷっと笑ったアルベルト・アガレスさまによれば、大公妃殿下というのはニノン・シャグラン・フォン・クーラウム。
何故女性なのにふたつ名があるのかと言えば、この女性は隣国シャグランの“姫”としてクーラウム王家に嫁いできた所謂政略結婚だ。
そして嫁ぎ先は、現国王の弟、アルベルト・アガレスさまにとっての兄。
流行り病であっさりと亡くなってしまい、夫婦仲は不明だが――だからといって国元に送り返すわけにも誰かと再婚させるわけにもいかず、結局のところ毎月毎月お金を与え、贅沢に暮らすのを養っている現状だ。
社交界も、さほど親しい人間もおらず、また、変な事に担ぎ出されても困るので、王家が開催するダンスパーティかお茶会にしか誘われない。
当然御子は授からず、結果大公家は今代で終わり。
結婚当初若かったご婦人でも年月は流れていくわけで、今では確か私の記憶が正しければ50代だ。
それでもぬめぬめとした白い肌に、あの真っ赤な唇に、なんて官能的な女性だろうと強烈な印象を覚えた。
そりゃもう男なら骨抜きになっちまうだろうと思うほど、官能的なのだ。
この国の美的とはちょっと異なるが、細身なのに肉感的で、ドレスもシャグラン風のセクシーなもので、いつも流し目で気だるげにして、その視線だけで男はイチコロになるんじゃない? って感じの女性だ。
まさかうだつの上がらない辺境間近の小さな田舎領主の文官である父親が、そんな女性と関係を持ってるなんてありえないと叫びたいくらいだ。
「まあ、俺の勘だが十中八九、その噂のお相手はお前の親父さんじゃねえよ。大公妃殿下……義姉上は男の好みが激しいからな。残念だがいくら熱を上げても可能性は低い」
「……」
「だからと言って、かつて王位第二継承権を持っていた男の妻であった女の妊娠の噂、見過ごせる問題じゃあない。誰が父親かってのも問題だし、大公の未亡人ってのも問題だ。さらに言えば、お前の親父さんが出入りしてたっていうのを目撃されている。既婚者が、だ」
「まずいことしかないじゃありませんか!」
「まあそうだよなあ。だけどまあ、親父さんだけが目撃されてるわけでもない。大体辺境伯でもない田舎子爵を隠れ蓑にしたってなんのうまみもねえからな……この国にとってもさほど損失でもない。挿げ替える首くらいはいくつもあるし」
「そんな……」
「だが、俺もアリィもお前のことは気に入ってるからそうなる前に話をしに来たんだよ」
流石に謀反とかまで話はでかくなかった。
だからって眩暈がしそうだ。
「お前の親父さんに、大公妃宛ての別れの書状を書かせて信頼できる人間に届けさせろ。無論、それを目撃する人物も必要だ」
「……私が父に話をします」
「そう言うと思ったぜ!」
にっかと笑ったアルベルト・アガレスさまは私の肩を豪快に叩いて、ぐっと肩を抱いた。
ちょっ、近い近い……!!
「書いたという証人には俺がなってやる。それじゃ、お前ンとこの領地に今から行こうじゃねえか!」
「なんですと?!」
「地上用の騎竜には乗れるか? 馬車で行くよりもあれでいきゃぁ、そうだな、半日で行けるだろ。ちっと強行軍だが――」
「今から?! 私は明日のお勤めなどの引継ぎとお休みの申請を……」
「それならここに来る前に叔父上がプリメラに説明したはずだ。安心して行ってこい。叔父上に不埒な真似をされた場合は直ぐにでも俺に言うように」
「お前なあ!」
「私の知らないところでどれだけこの話がもう回ってるの?!」
お願い、もうちょっと心に余裕を持たせてくれないかなあ!
そう思ったところで――プリメラさまに会って、癒されたいと心底思うのだった
あと徹夜とか肌ボロボロになりそうなんだけど、明日の私のお肌どうだろうね……?