九話
小鳥の鳴き声と、新聞を配達するバイクの音が聞こえ始めるこの時間帯に、俺はいつも目を覚ます。学校に通うために自宅を出発する時間は、だいたい登校時間の三〇分前の八時ぐらいで、それまでに俺はすることが山のようにあった。
まずは雫とフィアが起きてくる前に、朝食を作り終えておかなければならない。フィアは朝に強いのか分からないが、雫は恐ろしいほど朝に弱い。唯一の弱点だと言ってもいい。
着替えを終えた俺は、冷蔵庫から卵とハムを取り出す。熱したフライパンに油を入れ、卵とハムを焼いていく。
ジューッと卵が丁度良い感じで焼け始め、白身が固まりだしてから塩コショウで味付けをする。美味しそうな匂いが部屋中に充満し、料理を作りながら味見という名のつまみ食いを何度か繰り返す。
料理を続けること一時間、朝食にしては量こそ多いが豪華に仕上がっていた。塩コショウで味付けした目玉焼きに焼いたハムに、あさり汁に焼き鮭とは、俺もよく朝から奮発したもんだ。
若干作り過ぎた感もするテーブルの上を眺めつつ、フィアの弁当箱を食器棚から使っていないものを探し出す。
俺を含んだ三人分の弁当箱に、作り過ぎたおかずを綺麗に盛り付ける。盛り付けを終えた俺は、弁当箱を冷ますためにテーブルの隅に置く。
「さて、あとは二人を起こしに行くだけだが……」
あんまり雫の部屋に行く気はしない。どちらかと言えば行きたくない。
そりゃ美少女二人が寝ている部屋に特攻するのは、日本男児としての使命だ。でもあの部屋に入るのは少し気が引ける。
気が進まないが、時間内に雫が起きてくるなんてことは、まず世界が崩壊しても考えられない。
仕方がない、フィアもいるし起こしに行くか……。
朝食の準備を済ませた俺は、二人を起こしに雫の部屋に向かう。部屋の前に到着した俺は、少し間を開けて雫の部屋を軽くノックするが返事は帰ってこない。
「おーい、起きてるのか?」
ノックをしても声をかけても居留守のごとく返事が返ってこない俺は、「入るぞ」とちゃんと言ってから、二人が眠っている部屋に入る。
「!」
今年最大の驚きと、本気で自分の妹が心配になるような光景が俺の目の前に広がっていた。
見慣れた光景だからと諦めていたが、今日ばかりはさすがにめまいがした。
理由は恐ろしいことに、壁一面に俺の盗撮写真が貼られていたからだ。しかしいつもの光景ならこれだけで済んでいたのだが、今日は違った。
フィアと夜に何があったか知らないが、まだ寒さの残る四月なのに下着姿のまま寝てんだ!
それにどっから持ってきたその抱き枕! 俺の顔の抱き枕なんか普通売ってないだろ!
どこでそんな気色の悪い抱き枕を買ったんだ、今すぐに潰しに行ってやる!
「起きろ変態ども!」
下着姿に興奮する気力さえもどこかに吹っ飛んでしまうほど衝撃的な光景だったせいで、本来なら美少女に放ってはいけないセリフを迷うことなく変態二人に言ってしまう。
「――あれ、どうしたんですか翔梧さん? そんなゴミを見つめるような視線なんか向けて。人を見る目じゃありませんよ?」
「どっからそんな気色悪い物持ってきた!」
「どうですかこれ! 持ち運び出来るように、伸縮自在の特殊素材で作ってもらったんですよ! 世界に一つしかない幻の品です!」
ドヤ顔で抱き枕を掲げているフィアから、気色悪い抱き枕を俺が出せる最高の速さ奪い取り、そのまま勢いをつけて真っ二つに引き裂いた。
「にゃぁぁぁぁ! 世界に一つだけなのに!」
猫のような悲鳴を上げたフィアは、無残に引き裂かれた抱き枕を俺から取り戻すと、涙目で俺を睨んできた。
「これじゃもう使い物にならないじゃないですか! 代わりに今夜からは翔梧さんが抱き枕の代わりになってください!」
「嫌に決まってんだろ! 家から追い出すぞ! それと朝飯食べたいならそろそろ起きろ。特に雫」
「――はっ!」
うつ伏せの状態で枕に顔を伏せていた雫は、俺の声に反応してベットから無意識に起き上がる。眠っている状態で立ち上がった雫は、そのままフラフラしながらベットにまた倒れた。
「はぁ……二人ともフリーダム過ぎる」
このままだと二人とも転校初日から遅刻してしまう。さっさと朝食食べさせて、学校に行く準備をさせないと。
「とりあえず二人とも服を着る!」
床に投げ散らかしてあったパジャマをかき集め、フィアに手渡しする。そして雫にも手渡しするが、完全に熟睡している雫は受け取らない。
「しっかりしろ雫! 早くしないと一緒に登校なんて夢だぞ!」
「――――ぅ」
睡魔に勝とうと必死に目を擦りながら起きようと頑張っていた雫だが、すぐに目が閉じてしまう。そしてゆっくりとベットの上から俺の方に手を伸ばし、小さな声でなにかを伝えてきた。
「……て」
「?」
「……着させてください、兄さま」
ベットに敷いてあるシーツで下着姿を隠しながら、涙を浮かべて俺に頼む姿は、世の男共を瞬殺してしまうほどの破壊力があった。
普段とのギャップ萌えに悶え苦しみつつも、部屋の壁に掛けてあった制服を――って、そういえば制服ってどうなってんだ?
「なぁフィア、新しい制服ってどうなってるんだ?」
「えーと……たしか学校にすべて用意してあるそうなので、とりあえず古い制服を着ていけば問題ないんじゃないんですか?」
雫とは違い、フィアは朝に強いらしい。雫のように駄々っ子のごとく暴れられては、俺の体力と精神力が持たない。
普段なら駄々っ子のように暴れるだけなのに、いったい今日はどうしたんだか……。
とりあえず無心になって雫に制服を着せていくが、とりあえず一言。
「なんで素直に着させてやってんだ俺は! 変態か!」
次々に湧き上がる邪念を抑え込みつつ、なんとか無事に制服を着せ終えた俺は、雫とフィアを朝食が置いてあるテーブルに連れてくる。
なんとかテーブルに座る工程までたどりついた俺たちは、残念ながら少し冷めてしまった朝食を食べ始めて、ようやく雫は目を覚ました。
全員が食事を終えた後、俺は食べ終えた食器を洗いつつ今日の時間割を思い出す。雫とフィアは髪型を整えたりするために、食事を終えてから脱衣所に向かった。
俺が食器を洗い終え、学校の準備をし終えた頃になってようやく二人が姿を現す。
「ったく、もう学校に行く――」
俺は二人のいる方を振り向いた瞬間、次に言おうとしたセリフを忘れてしまった。
朝が苦手な雫は、普段なら髪型を整える時間など無い。だが今日は時間があったのと、身だしなみに気を使うフィアが一緒だった。その結果、しなくても美少女だった雫はとうとう女神レベルまで到達してしまっていた。
だがフィアも全然負けてはいない。むしろ個人的には凄く好きだ。主に胸が!
「……どうですか兄さま?」
不安そうに俺を見つめている雫だが、もう少し自分に自信を持った方が良い。やっぱり我が妹は総合的にスペック高すぎる。どうやったらこんな完璧な人間が生まれるんだか……。
「これからは毎日早起きして、フィアと一緒に準備したら良いんじゃないか? こんなに可愛いなんて、兄としては嬉しい限りだよ」
「そうですか、なら努力はしてみます。」
よほど嬉しかったのか、雫は頬を赤く染めながら嬉しそうに笑顔で笑っていた。
そしてフィアは雫とは逆に頬をムスッと膨らませ、怒っているように思えた。
「そんな妹ばかり褒めてて良いんですか?」
「もちろんフィアも恐ろしいほど可愛いから、大丈夫だよ」
「そ、そうですか! ウヘ……ウヘヘ!」
フィアも褒められた嬉しさを抑えられずに、雫と同様に身体をクネクネさせていた。
なんか二人して同じ動作を繰りていたら変人に見えてきた。せっかくの可愛さが半減した。
「芋虫みたいにクネクネするな、すげぇ気色悪いぞ二人とも」
「「ガーン!」」
「ガーン! じゃねぇから、変なのは事実だから! ほら、ふざけてないでさっさと行くぞ。初日から遅刻なんて嫌だろ二人とも」
「「はーい」」