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ヤンデレ勇者と恋する魔王  作者: MiTsuYa
第一章「プロローグ」
8/9

八話



 食器を洗い終えた俺は、一日の疲れを癒すために、風呂を沸かしに脱衣所に向かう。

 今は亡きアパートの時なら、いつでも好きな時に風呂に入ることができた。


 だが雫を第一に考え、優先して行動するのが兄としての役目。少しでも風呂に長く浸かり、疲れを癒してほしい俺は、雫がいつも風呂に入る九時過ぎに沸かすようにしているのだ。

 本音を言うと、雫が長風呂だと俺の自由な時間が増える。雫が居たら出来ないことは、この時間帯を利用するしかないからな。


「さっさと風呂を沸かすぅぅぅぅ!」


 風呂を沸かそうと脱衣所に向かった俺は、いつもの一人暮らしだった頃の感覚で扉を勢いよく開けた。

 すると二階にいるはずの雫が脱衣所にいた。しかも嬉しいことに下着姿。

 そりゃもうスタイルは完璧だし、勇者辞めてモデルやった方が良い。勇者の赤裸々写真集と売り出せば大儲け間違いなしだ!


 数秒ほど静かな時間が流れ、普通なら悲鳴とか怒声が飛び交うはずなんだけど……。


「……あれ?」

「どうしたんですか兄さま。一緒に入るんなら、フィアさんが居ないとき――」

「しずく~」


 後ろのガラスからフィアの声が聞こえ、風呂と脱衣所を遮っているガラスの扉が開かれようとした瞬間、もの凄い速さで俺に近づいてくる。

 そして雫は遠慮など一切せず、俺の目をピースサインで潰した!


「いってぇぇ――あれ、痛くない!? でも前が見えないから裸が見れねぇ!」

「兄さまには見せられない光景ですからね。それに見たそうな顔をしていたものでつい……」


 目が開かないせいで絶景が見えないが、風呂場の扉が開く音が聞こえる。


「あれ、どうしたんですか翔梧さん? 目なんか必死に抑えて。せっかく私の裸が見れるのに」

「兄さまには私の裸で満足してもらうんで大丈夫です。それよりお風呂に戻りますよフィアさん」


 残念そうに風呂場に戻っていったフィアとは別に、雫からは布のような物が擦れるような音が聞こえてくる。


 まさか目の前で下着脱いでるんじゃないだろうな!


「人が苦しんでるのに、なに黙々と脱いでんだ!」


 目の前の状況が想像でしかないが、絶対に下着を脱ぎ終わってる。そして俺の目の前で普通に隠すことなく立っているに違いない。


「私は兄さまに見られても構いませんし、見られたいと思っていますので」

「妹がそんな変態に育っているとは思わなかった!」

「失礼ですね。兄さま以外に見せる機会など、微塵もありませんから大丈夫です」

「余計に兄として心配だよ……」


 世間の常識を無視して逆らおうとする雫の将来が、世間一般の兄として本気で心配になってしまう。

 残念な妹の発言のせいで発生した頭痛を抑さえつつ、記憶と感覚だけで脱衣所から撤退する。

 それにしても雫に目潰しをされた目は、まったく痛くない。

 常人では目視できないほどの速さで目潰しをされたのに、目が痛くならずに視界を遮ることができるとか神業だろ。


 脱衣所から赤ちゃんのようにソファーまで這って行き、目が見えるようになるまでソファーでゆっくりとしていた。


「いつになったら目が見えるようになるんだ。せっかく雫が居ないうちに色々としようと思ってたのに……」


 風呂に入っている雫とフィアからは、当初の険悪な関係とは思えないほど楽しそうに会話している声が聞こえてくる。


「ひゃっ! ちょっとくすぐったいよ雫!」

「フィアさんの無駄に大きい胸を揉んだら、小学生と変わらない私でも大きくなるんじゃないかと思ったので」

「近頃の小学生の方が育ってるんじゃ――ってそんなに揉まないでよ雫!」

「なにやってんだか……」


 苦笑いを浮かべながら俺は、雫とフィアが楽しそうに喋っていてくれて安心した。

 雫は友達やクラスメイトのことはほとんど喋ったことがない。クラスで起こった出来事を少し教えてくれるか、一生懸命頑張ったことを教えてくれるかだった。

 今日だって迷いもせずに書類を記入していたが、今いる学校を転校するってことなんだぞ?

 友達とかに一言も知らせずに決めて良かったんだろうか。


「まぁ雫がなにも言ってこないなら大丈夫だろう。それにあの高校だったら、飛び級した奴が来るぐらいで驚きはしないし、変人も多いし大丈夫に決まってる」


 それから十分ほどで視界が回復するまでの間、俺は風呂場から聞こえてくるフィアのエロい声を、平常心を保ちながら聞き入っていた。

 三十分後にようやく脱衣所の扉が開く音が、フィアと雫の楽しそうな喋り声とともに聞こえ、俺のいるリビングまで近づいてくる。

 そしてリビングの扉が開く音が聞こえ、風呂上りの二人が飲み物を飲みに入ってくる。


「どうだ――」


 風呂の湯加減を聞こうと二人の方を振り向いた俺は、一瞬にして喋ろうとしていたことを忘れてしまった。

 なぜなら俺の視線の先には、バスタオルを巻いただけの二人の姿が、俺の視界に入りこんでいたからだった。

 風呂上りで濡れたままの髪の毛が妙にエロかったり、バスタオルが身体のラインをきっちりと余すことなく表していたり、見ているこっちが恥ずかしくなる光景だ。

 それに美少女二人がこんな格好で現れてみろ。理性が吹っ飛ばないようにするのに、俺がどれだけ苦しんでるか知らないだろ。

 俺が困ったときに現れる心の天使たちは、残念ながら俺に似て賢くないのだ。時間が経つにつれて悪魔に変わっていき、俺の決意をだんだん変えてしまう。

 そんな俺の心の中にいる天使たちだが、今日はいつもより黒く染まっていた。


『のんびりと眺めてる場合か! 美少女が二人もいるのに何もしないとは、本当に男なのか!』

『そうだそうだ! このヘタレ! 臆病が!』


 うーん、今日の天使たちは機嫌が悪いらしい。どちらかと言えば悪魔より口が悪い。


 最初から悪魔化してしまっている天使たちが出てくるほど、俺の理性は限界を迎えてしまったのか?


 いや、まだ大丈夫だ! これぐらい、今まで我慢してきた時に比べれば、まだ大丈夫!


「どうしたんですか翔梧さん!」


 冷蔵庫から取り出したお茶をコップに注ぎ終えたフィアが、葛藤と絶賛対決中の俺の元にやってくる。

 バスタオル姿だからだろうか、金髪巨乳のフィアが胸を揺らしながらこちらに近づいてくる。


「きゃっ!」


 俺のいるソファーまで近づいてくるフィアだったが、足元に伸びていたコードに気づかなかったのだろう。床に伸びていたコードに足を引っ掛けてしまい、そのまま勢いよく床に倒れそうになる。

 だが、変態でも魔王の娘。そこは抜群の運動神経で……。


「いたっ!」


 俺の目の前で、顔から勢いよく倒れたフィア。あまりの勢いのよさに、俺は不謹慎ながら感動を覚えてしまっていた。

 いっさい無駄のない倒れ方に、顔から倒れるという荒業を使うとは、さすが魔王の娘だ!


「いたた……」


 床に打ちつけた顔をさすりながら、フィアはゆっくりと立ち上がる。

 スルッ――

 フィアの身体を隠していたバスタオルが、立ち上がった瞬間、床に落ちようとしていた。


「見え――」


 あと少しでフィアの裸が見えそうだったのに、また雫が目を潰しやがった!

俺の視界はまたしても雫の目潰しにより、一生に一度と無いチャンスを潰されてしまう。


「またかよ!」

「あー残念でしたね翔梧さん。せっかくのサービスシーンだったのに」

「良いですかフィアさん。私は兄さまに危害は加えませんが、それ以外なら誰だろうと……」

「分かってますよ雫。私にだって予定はあるんですから……」


 なんか二人を取り巻く雰囲気が、一瞬だけ全く別の存在に変わったような気がした。

 雫とフィアは、俺なんかとは全く別の次元で生きているんだ。

 どちらも普通なら関わることのない、それこそ俺はこんな状況を平然と暮らしてきた。

 それは他人から見れば異常であり、俺から見れば日常だった。


 これから起こるであろう“非日常”は、俺にとって平穏であり日常なのだ。

 その非常識な考えを持ってしまったが故に、俺はこれから大変な日常を送るのだが、それはまた後の出来事だった――。




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