七話
重たい買い物袋を持って自宅に戻った俺は、傷ついた玄関の扉を労わりながらキッチンに荷物を運ぶ。
買い物袋をテーブルの上に置いた俺は、必要のない食材を冷蔵庫の中に入れていく。そして必要な材料などは、邪魔にならないようにキッチンの隅の方に置いておいた。
「さて、雫たちが戻ってくるまでに作っとくか」
ハンバーグを手順通りに作っていくが、食事のバランスも考えて野菜サラダなども作っていく。
あとは皿に盛り付けるだけというときに、ちょうど良いタイミングで玄関の扉が開く音が聞こえ、雫とフィアの喋り声が近づいてきた。
扉を開けて入ってきた二人の表情は、かなり疲れ切っていた。
「二人ともおかえり。けっこう遅かったな」
「後片付けが結構大変だったもので……」
雫の冷めた視線が、フィアに遠慮なく注がれる。
「アハハ……あんなに怒られたのは久しぶりでした。しかも勇者に怒られたのなんて初めてでしたし」
よほど怒られたのだろうか、フィアのテンションが若干低かった。
俺だって雫に怒られたら怖い……。
「あんな非常識なことする人なんて、地球上でフィアぐらいだろうな」
「非常識ですいません……。次からはお金を払ってお菓子を買います!」
「なら大丈夫だな。よし! ご飯も出来たし、飯にするか!」
作りたてのハンバーグとサラダをテーブルの上に並べ、あとは席に座って食べるだけなのだが……。
長方形のテーブルは、横に並んで座るとしたら二人が限界だった。
だがこの二人は、無理やり俺の座る席の横を必死に争っていた。
このままだと日付が変わりそうになので、そろそろバトルをやめてほしい。
「そろそろご飯が冷めるよ二人とも」
俺の言葉など聞こえていないのだろうか、無言の雫とフィアからは殺気が恐ろしいほど溢れ出ていた。
二人が争っているせいで、俺もご飯を食べることができない。
目の前に温かいご飯があるのに食べられないなんて、これではご褒美をお預けにされるより残酷だ。
「もうソファーの前に置いてあるテーブルに移動するぞ。あそこなら三人並んで座れるだろ。「まぁ兄さまがそうおっしゃるんなら……」
せっかく作ったご飯を食べられないほど悲しいことはないし、冷たくなったご飯を殺伐とした空気で食べたくもない。
まぁ殺伐とした場所でご飯なんか、なにが何でも食べたくないのだが……。
とりあえずソファーの前のテーブルに食器を運ぶことに成功した俺は、冷めないうちに食事ができることに感謝する。
けど狭いな、さすがに三人が座るのは無理があったか。雫とフィアの二人に挟まれて食事など、男子高校生、男として嬉しくない人はいない。
だけど殺伐とした二人に挟まれての食事は、それを差し引いても少しばかり割に合わない。
俺の額からは滝のように汗が流れだし、着ているシャツを濡らしていく。
いつ横の二人が戦争を始めても不思議ではない状況なのだ。解除できない時限爆弾と一緒の部屋に閉じ込められたのと一緒だ。
だがそんな緊迫した状況でも、逆に良かったと思える状況でもあった。
「はーい翔梧さん!」
俺の口元にハンバーグを運んで食べさせようとするフィアと、無言で重圧をかけてくる雫。
だけど雫もフィアの見えないところで密かに動いていた。
「兄さま……」
フィアから見えないのを良いことに、雫は微かな膨らみを俺の腕に押しつけてくる。
もう声が出ないように抑えるのが馬鹿らしく思えてきた。
窓を開けて喜びを伝えたい! 自慢したい!
「それにしても美味しいですね。普通にプロ顔負けの味ですよ」
「だって兄さまが作ったんですから」
自分の事のように誇っている雫。なるほど~と納得するフィア。
「まぁ自慢できる数少ない特技だからな」
俺の料理の腕が上達した理由は、生きていくうえで必要なことだった。詳しいことはまた今度話すとして、誰かと喋りながら食事をしたのって久しぶりだな……。
楽しく喋りながら食べる食事がやっぱり一番だと、雫もフィアも思っているんじゃないだろうか? 少なくとも俺はそう思う。
楽しかった食事を終え、食べ終えた食器類をキッチンの流しに運んでいく。
リビングに掛けられている時計の時間は、あと少しで九時を示そうとしていた。
フィアもそろそろ帰らないと、あの魔王に怒られるんじゃないのか? 過保護だろうし、いつここに乗り込んでくるか分かったもんじゃない。
「そろそろ帰らないと怒られるんじゃないのかフィア?」
「大丈夫です! ちゃんと泊まるっていってきましたので」
「誰の家に泊まるの?」
「もちろん翔梧さんの家にです!」
一瞬にして場の空気が凍りつき、雫の持っていた皿が綺麗に割れる。
「な、なに言ってんだ! 常識的に考えてみろ! 知り合ったばかりの男の家に泊まるか普通! 泊まらんだろ!」
「べつに翔梧さんになら襲われても問題ありません!」
「ドヤ顔でなに宣言してるんだ!」
どうすれば良いのか分からなくなった俺は、チラッと雫の表情を確認する。
そして雫と目が一瞬だけ合った。
「べつに私は構いませんよ? 兄さまが嫌でなければですけど」
やばい、素直に喜べない俺がいる……。
雫は笑顔で俺を見ているし、フィアはフィアでなんか期待の眼差しを向けてるしなぁ……。
「べつに俺は良いんだけど、部屋を整理するのに時間がねぇ。雫の部屋で一緒に寝てもらえると助かるんだが、雫はそれでも大丈夫?」
「もちろん、そちらの方が私も助かります。兄さまの部屋に夜這いしに行こうとするでしょうから」
「なんで分かったんですか!」
「夜這いするつもりだったのかよ!」
ついついツッコミを入れてしまった。
そういえば昔は雫が夜這いをしに俺の部屋に来てたな。あのときは色々と大変だった。
主に俺の理性を保たせるのと、寝不足が続いたな。
「ならフィアさん、今から私の部屋に行きましょう。フィアさんが勝手に放置している荷物を、さっさと片付けてもらわないといけませんしね」
「あら、気づかれてたんだ。てっきりバレてないのかと思ったんですけど、さすが勇者ですね」
「当たり前です。さぁ早く私の部屋に行きますよフィアさん」
とりあえず泊まることになったフィアを、雫はフィアの背中を押しながら部屋まで連れていった。
「……さて、片付けるか」
料理と片付けは基本的には俺がやって、雫は部屋の掃除や洗濯などを担当している。
やっぱり掃除などは、女子である雫がやった方が綺麗だし、洗濯は下着を干すという作業をしたくないからだった。