三話
自転車を路上の限界速度ギリギリで飛ばして自宅まで急いで戻る。いつもの半分の時間で自宅まで戻ったがアパートの周りに誰もいない。
てっきり野次馬騒ぎになっていると思ったがまぁいい。さっさと誤解を解いて、平穏な生活を取り戻そうじゃないか!
アパートの階段の横に自転車を止めてから、階段を上って一番が俺の部屋だ。
扉を開けようとしたとき、部屋の扉が勝手に開く。
あれ、いつから自動ドアになったんだ?
そんなはずもなく、扉が勝手に開いたのは内側から誰から開けたからだ。
俺の部屋から現れたのは、スカート黄色いクマのキャラクターが描かれたエプロン姿の少女。誘拐犯という濡れ衣の原因を作った張本人が笑顔で迎えてくれる。
すらっと腰まで伸びた金髪に目を奪われたかと思えば、抜群のスタイルだけでは物足りなかったのだろうか、豊かに育った胸がエプロンを着ていても形がくっきりしているせいで、妙にエロくて存在感が増していた。
やばいやばい、色々な場所に目移りしてしまう。
てか品定めしているんじゃねぇよ、変態か俺は!
「おかえりなさい、翔梧さん! お風呂にします? 一緒に入ります? 一緒に寝ます?」
「…………」
あぁ神様、彼女をくれるならもう少し普通の女の子にしてください。
こんな女の子と付き合ったら、明日の太陽が拝めるか分かったもんじゃない。
「翔梧さんどうかされましたか? なんか顔色が悪いようですけど……」
「ごめん早く帰って」
今年一番の笑みを浮かべながら、魔王の娘に帰宅を促す。
「嫌です」
はっきりと笑顔で断わられてしまった。悪いこととは思っていないような顔だ。
それにしても、さっきの笑顔はやばかった。まるで自分が間違ったことを言っているんじゃないかと思えてしまうぐらい可愛かった。
「うん、分かった。とりあえず警察署に行こう」
「まぁ嬉しいです!」
「なにが……」
「知り合ってまだ少ししか経っていませんけど、翔梧さんが望むなら私は……」
「話が通じていない!?」
一人で勝手に照れている姿を見つめている冷めた視線に、なんで気づかないのか?
いったいどんな育て方をしたんだ、親の顔が見てみたい。
あぁ魔王か。
それにしてもどうしたものか。この若さで刑務所に入るのは、死んでも避けたい。
そもそも魔王の娘が俺の部屋にいるんだ?
「えーと……」
「フィアって呼んでください」
「じゃあフィアさん、なんで俺の部屋に居るのか理由を教えてくれない?」
「理由ですか? そんなの決まっているじゃないですか。翔梧さんか好きだからです」
ごめん、やっぱ普通じゃない。
魔界に住んでいる人も俺たちと生態は変わらないはずなんだけど、やっぱり魔王の娘ともなると違うのか?
人間に変人いるように、魔界にもいるんだろうか?
やばい、こうしている間にも誘拐犯という嘘の罪が広がってしまう。はやく帰ってもらわないと……。
「待たんかっフィア!」
「うおっ!」
俺の部屋の窓から勝手に開くと、遠慮なしに侵入してくるおっさん。黒のズボンに赤い服。動くだけで邪魔になりそうなマントを広げながら、入るのもやっとな大きさの窓から不法侵入してきたおっさんは、フィアを睨みつけている。
あぁ……もう好きにしてくれ。
「また勝手に城から外出しおって!」
「私の自由です。この変態クソ親父」
さきほどの笑顔はどこえいったのか、怪訝で生理的に受け付けないといわんばかりに顔を歪める。
「え? いや、その! パパはフィアのことを思って言ってるんだよ? ほら帰ってパパと楽しく食事でもしようじゃないか!」
あぁお父様でしたか……このまま連れて帰って、二度と戻ってくるな。
おっさんはフィアに近づいていくが、近づくたびにフィアの表情が強張っていく。
だが狭い部屋では、後ろに下がれる距離もそう多くない。すぐに壁まで到達してしまう。逃げ場を失ったフィアは、本当に嫌そうな顔で叫んだ。
「来ないでっ!」
変質者にでも襲われたの如く叫び、この人が本当に父親か疑ってしまった。
自分が拒絶されたことにショックを受けたのだろうか、おっさんはひざをついてその場に倒れこむ。
娘にここまで言われる父親も相当だな。いったいどうしたらそこまで嫌われるんだ?
「貴様…………」
「えぇ……おれなの?」
なんか変なオーラだしながら俺を睨んでるよ、このおっさん。アニメとか漫画だったら、絶対に「ゴゴゴッ!」って表示されているだろうな。
「私の娘に何をした!」
「知るかっ! こっちが聞きたいわ!」
「ねぇ、パ~パ~?」
会話を遮るようにフィアが話に加わるが、今度は先ほどと違って優しい口調だった。でも笑顔なのに笑ってないのは何でだろ? しかも今度はフィアから変なオーラが見えるし。
「パ~パ~?」
「え……は、はい!」
「ここはどこかな? ん、言ってみ?」
「ここにいる変な男の家だろ? しかし狭いなぁ~。よくこんな場所で生活ができる」
魔王は俺にバシッと指をさした。
人の住みかを馬鹿にするな。あと変なのはあなた達だから。
「あのねパパ、私この人と付き合うことにしたから」
「……何言ってるんだいフィア? パパは絶対に認めないぞ!」
今度は親子でケンカを始めやがった。
しかも付き合うなんて初耳だし、俺は承諾した覚えはないよ。
放送できないような暴言が飛び交う中、自分の部屋なのに居場所を無くした俺はキッチンでお湯を沸かしに向かった。そして俺を含めた三人分の湯飲みにお茶の葉とお湯を入れ、戦場と化している部屋に運ぶ。
「二人ともお茶でも飲みながら、もう少し静かにケンカしてください。ご近所さんに迷惑です。誰もいませんけど」
「ありがとうございます翔梧さん!」
「ふんっ!」
フィアはお礼を言いながら笑顔で湯飲みを手にしたのだが、一方のおっさんはまったく湯飲みに手を付けようとしない。
まぁ当然と言えば当然だよな。
「……さて小僧、私の愛する娘に手を出した罰を償ってもらうぞ」
「パ~パ~?」
「そんなに怒らないでよフィアたん」
「………………ほんときもい。無理」
父親のセリフに、フィアはわざわざ立ち上がって距離をとるほど引いていた。
これではまずいと思ったのか、フィアの父親は真面目な顔で話を続けようとする。
「ゴホン! えーと君は?」
「浅島翔梧です。ちなみに娘さんとは面識はありません」
「え? そうだったのか?」
「そうです。だから連れて帰ってください。今すぐに」
「そうかそうか! なんだか君とは分かり合えそうな気がしだした! さっそく手配をしよう!」
おっさんは笑顔で俺の手を握ってから、机に出していた湯飲みのお茶を一気に飲み干した。そして指でパチっと音を鳴らすと、部屋の窓から複数の護衛と思える人物が続々と侵入してくる。
「回収!」
魔王の掛け声とともに、窓と玄関から雪崩のように入り込んでくた黒服の男たちは、フィアを一瞬のうちに白い袋の中に押し込んだ。
「ちょっと待って翔梧さん! あ、ちょっ――」
一応魔王の娘だろうに、扱いが雑すぎるんじゃないか?
逃げられないようにフィアを確保する速さを追及したのだろうが、俺の目の前で実行されたのはフィアを覆いかぶせるほど大きな袋で捕獲作業を行った。
「では、お疲れ様でした!」
わざわざ俺に礼儀よくあいさつをしてから、フィアの入った袋を持って今度は玄関から外に出て行った。それにしても慣れた作業だったな。フィアという少女も常習犯なんだろうか?
「では、私もそろそろ帰るとするか」
「もう連れてこないで下さいよ……」
「もちろんだとも。それとさっきの放送は嘘だから安心せい」
「……うん?」
このおっさんはいったい何が言いたいんだ?
「ちょっとした理由があってな。それより欲しいものを言ってみろ。今回のお詫びだ」
今度はえらく気前が良くなったな。まあ欲しいものを上げていったらキリがないし、ここはパッと浮かんだものを……。
「なら調理道具一式でも良いですか?」
趣味で――生きるために料理してたら、いつの間にか結構な腕前になっていたし、お金って言ったらくれそうだが、それだと気が引けるからこれぐらいが妥当だろ。
「なんだ。てっきり石油の採掘権だの、金山だの欲しいとか言い出すと思っていたが」
「いや……普通の高校生なんで」
「私が君と同じぐらいの年には『世界が欲しい!』とか叫んでいたものだが……」
「あなたぐらいじゃないですかねぇ……」
そんなこんなで、二度と体験することのない非日常を体験したのだった……。
そして本当に謝罪と、欲しいもので頼んでおいた調理道具一式が、後日渡されたのだった。だが道具の値段が、本当に破格のものばかりだったのはさすがに驚いた。
さすが魔王だなーと思いつつ、いつもと変わらぬ生活を送るのだった。
と、言えると思っているのか俺?
考えてみろ、こんなに派手に賑やかドンパチやらかしたのに〝あいつ〟が現れないぞ。普段なら数分で飛んでくるくせに、今日はどうしたんだ。
全身から滝のように汗が流れ始める。
さきほどの寒気なんかの比ではないぐらいの悪寒と、恐怖が俺を同時に襲ってくる。なにが何でも魔王とフィアを探さなければ、大戦争が始まってしまう気がした!
俺は大急ぎで魔王の後を追うのだった。