一話
つい一週間前に東京の公立高校に入学した俺――浅島翔梧は、現在、普通の男子高校生と変わらない生活を送っていた。アパート近くの電線に止まっている小鳥の可愛らしい鳴き声が、まるで今の俺を祝福しているかのようだった。
「いやー良い天気だなぁ……」
中学生時代の黒歴史を振り払うことができそうなだけに、俺は毎日がハイテンションだった。
いやーあの頃は酷かった。だがこれからは違う。
今にも崩れそうなボロアパートの階段を壊さないように、俺は足音を立てないよう静かに上がっていく。
そして上機嫌な俺に、さらなる奇跡が舞い降りることとなる。
部屋の扉を開けると、知らぬ美少女が無防備に自分のベットで気持ちよさそうに寝息を立てて寝ていたのだ。
こんな馬鹿な話があるわけないだろと思った君は、急いで自分のベットを確認してくるといい。もしか
したら美少女が眠っているかも知れないぞ。
冷静になって考えてみるとまずいよなこの状況……。
俺はここ一週間の記憶を思い返すが、前触れなんぞこれといってまったく身に覚えがない。
それと気持ちよさそうに寝ている美少女が、いったいどこの誰かは知らない。
神様からのサプライズか?
それならそうと神様も前もって知らせてくれれば、俺も気持ちの整理が出来ていたのに。よほど神様はサプライズが好きなのだろうか。
え、彼女じゃないかって?
残念ながら俺には彼女と呼べる女性なんかいないし、付き合ったこともねぇよ! 自分がモテてるからって、自慢するんじゃねぇ!
だからこの状況で何をすれば良いか、実際のところ分からない。
だから彼女が出来たことがなければ、女子ともあまり喋ったことがない俺がはっきりと言えるセリフはこれしかない。
「よし、バイトに行こう」
行きたくない学校に嫌々通っているせいで、欲望の塊らしきものが具現化したに違いない。
案外バイトから戻ってきたら何も無かったで、綺麗に解決しているかもしれない。
少し残念だがバイトに行くか……。
ベットに寝ている美少女を幽霊か幻覚で無理やり解決した俺は、これからバイトの予定が入っているため準備をする。あとは制服を着替えずに部屋に鍵を――忘れるところだった。
俺が今住んでいる崩壊寸前のボロ――じゃなくて古き良き建築を大切に保存している、このアパートは、家賃が一万円と破格の安さだ。
だが入居時から鍵がぶっ壊れていて、安全面での不安があったが、入居してすぐに俺は悟った。
こんなボロアパートに侵入しようと思う泥棒なんか、この世界には絶対に居ない。隙間から風が入ってくるわ、なんか変な物音が聞こえだすわ、誰もいないのに人の気配がする事なんてほぼ毎日だ。
そもそも盗むものがあるんなら、こんなボロくて危険な所なんかに住まない。もう少し立派なアパートで生活してやる。
とりあえずバイトだ。学費と生活は自分で稼がないと、俺は三日と生きていけない。俺が生活していける唯一の稼ぎ場所をクビにされたら、俺の人生はバッドエンドへ直行してしまう。
それだけは何としても避けたい。
「バイトは急げ! そして稼げ!」
握りこぶしに力を入れながら勝手に作った名言を口にすると、俺はバイトの時間に遅れないよう玄関で靴を履いていた。
「あ……腹減った」
俺のお腹からは空腹を知らせる音が鳴り響き、腹の虫が飯を食わせろと抗議デモを起こし始めていた。
腹が減って一番つらいのは俺なんだぞ! くそ、ただでさえ無駄遣いしたくないのに、腹の虫がストライキを起こし始めてやがる。
まあバイト先で弁当を買えば良いか。
そんなことを思いながら、準備を終えた俺は玄関の扉を開けてバイト先に向かうのだった。