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第3章 光をかかえた少年(3)

 中学生になった。

 ヒロとカモは、ずっと同じクラスだった。

 いつのころからか、ヒロは自分でも思い出せないのだが、自分のこころの中にカモが特別の場を占めていることに気づいていた。けれども、

――カモは、どうなんだろう。

 と、考えることはなかった。そんなことは、どちらでもいいことだった。自分の、生まれて初めてのこの気持ちのことが、何よりもいちばん大切だった。

 ヒロに変化が起きた。

 学校の勉強がきらいになったのだ。どうしてだろう、自分でもよくわからなかった。会津でのスパルタ教育の反動かもしれない。小学校のときは、あんなに好きだったのに。算数が解けるときの、あのさわやかさ。身の回りのふしぎなことの、その理屈がわかったときの、あの心地よさ。

 それが、なくなってしまったのだ。

「これは、テストに出る」

 とか、

「これは、いい高校へ行くために必要だ」

 などという「〜〜のために」ということへの反発だったかもしれない。そんなのケチくさいじゃないか、という気持ち。そういうことのために勉強するなんて、セコい。それは、生き方そのもののセコさじゃないか……中学生の少女にはうまく説明できなかったけれども、そんな反発だ。

 カモのことを気に入っていたのは、そういう気持ちがカモにはしっくり通じたからだった。たぶん、カモもおなじような反発をもっていたのだろう。 

 カモは成績はつねにトップクラス。そしてサッカー部に入った。サッカーの練習をしているカモを見るのが好きだったヒロは、部室が隣というだけの理由でテニス部に入った。

 カモは、一年生からレギュラーになった。ミッドフィルダーだ。

 相手の攻撃の芽をつんで、すぐに攻めに転じる。一年生なのに、すでにチームの支柱という存在になっていた。

 そんな少年でありながら、カモは小学生時代と同様、およそ優等生タイプにはならなかった。

 無免許でバイクを走らせる。

 仲間たちと立ち入り禁止の場所で遊ぶ。

 そういう男の仲間たちの中に、ヒロも加わっていた。

 夜中に体育館へ忍び込み、ネットを勝手に張ってバレーボールもやった。喉がかわいたといっては、無人の教官室の冷蔵庫から缶ビールをかすめて、回し飲みする。その空き缶を体育館に隣接するプールに投げ込んだため、次の日、緊急の全校集会が開かれるというオマケもついた。カモは生徒会の一員で、審議をする側だった。主犯が審議者でもあったのである。

 プールといえば、真夜中に学校のプールでみんなで泳いだりもした。体育館の屋上で夜空の星を見上げて語り合った。

 夜中の工場も遊び場だった。

 仲間の一人が工場長の息子で、鍵の壊れている入口を知っていた。そこからすんなり入り、広々した空間で缶蹴りをした。

……といったワルガキぶりだが、反逆とか、ドロップアウトといった、どこか暗い湿ったものとはちがっていた。カモにあるのは、徹底した明るさであり、透明感であったから。

 カモのそうした「やんちゃ」に、ヒロは毎回かならず参加した。自転車やバイクで仲間がこっそり迎えにきて、家を抜け出した。

 カモとは感性がぴったり合って居心地がいい。そして、できるかぎりいっしょにいたい。となれば、いつも行動をともにするのはとても自然なことだった。

 ヒロを後部座席に乗せて、カモはバイクを走らせた。

 数人の気の合った仲間もいっしょだったが、それはいわゆる暴走族志向とは無縁だった。

「風が耳を切っていくときの音、あれがたまらねえ。バイクとおれは一心同体だ」

 カモはよくそう言った。

 走ることが好きなのだ。おおぜいで群れをなし、それをスタイルとするということにはまったく関心がなかった。だから、バイクに乗るときの服装も、安っぽく子どもっぽいトレーナーだった。

 まっすぐ浜へ向かうことが多かった。

 夜の海はふしぎな魅力にあふれている。

 昼間のように青い海原ではない。無彩色のうねりが高まり、浜に打ち寄せる。海そのものが巨大な生物でもあるかのような威厳に満ちていた。プランクトンなのだろうか、蛍光色が光り、幻想的でもあった。

 遠く沖合を漁船の灯りが見える。

 それは、海という生物のつぶやきのようにも見えた。

 いつだったか、浜にすわったカモがしばらく黙って沖合の漁船の灯りをぼんやり眺めていると、

「あ、カニ」

 波打ち際に、一匹の小さいカニをヒロが見つける。

 カモも気づいた。いっしょにいた三人の仲間も寄ってきた。

 名前はわからないが、かわいらしいカニだ。

「なんかよう、カニの歩いてるところ、犬に似てねえ?」

 仲間のひとりが言う。

「おれには、猫に見える」

 カモが言う。

「あっ」

 もうひとりの仲間がちいさく叫んだ。

「見ろよ!」

 そいつは、みんなの周囲をぐるりと指差した。

「わおぅ」

 叫び声がハモッた。

 なんと、五十匹を超える小さなカニの一群がぞろぞろと這い出てきている。そして、ヒロとカモのところに寄ってきているのだ。

 確かに小さな犬のようでもあり、猫のようでもあるが、それらがほんとうに親しげに寄ってくる。

 まるで、ヒロとカモを祝福しているみたいで、ヒロもカモもたくさんのカニたち一匹一匹に、

「こんばんは、こんばんは、こんばんはーッ」

 とあいさつを返す。

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