第17章 魂の行方(5)
新作映画『君とつながっていた』の製作発表は、ちょっと工夫があった。話題性のために、演出が施されていたのだ。
それは事前のニュースリリースなどにも出演者名をすべて伏せるというもの。どうやら、千堂卓也のアイデアらしい。
脚本がまったくの新人であるということもあって、出演者もフレッシュなメンバーをそろえた。無名新人が多い。無名ではないまでも意外性を重視する。
その演出は徹底していて、ニュースリリースとしてマスコミに伏せていただけでなく、脚本を書いた星野ヒロにもいっさい知らされていなかった。
その星野ヒロ自身も、はじめは記者席に座らせておき、
「脚本家を紹介します」
と司会者が言って、記者席からヒロが立ち上がるという段取りだった。その段取りすら、ヒロは事前に知らされていなかった。
千堂卓也から、
「ヒロくん、当日は他人事のように記者席からのんびり眺めているといいよ」
そう言われていたのだった。
すっかり信じたヒロは、なるべく地味な、目立たない、いかにもマスコミ人のような服装で記者席についていた。
事前の情報操作がうまくいったようで、会場は多くの取材陣でごったがえした。
監督のあいさつが、ユーモア混じりで終わる。
いよいよ、出演者の紹介だ。
たしかに、意外性にあふれていた。テレビによく出るタレントのたぐいはいっさいいない。
プロの将棋士がいたり、サーカス団員がいたり、本職の漁師がいたり……紹介されるたびに、
「ほほおう」
と会場から歓声が上がる。
演出はうまくいったようだ。
なかでも最も沸いたのは、数年前に引退して、まったく消息を絶ってしまっていた元プロレスラーが壇上にあらわれたときだ。
なんと、主人公の女性(明らかにヒロがモデル)の父親役だという。会場は沸きに沸いた。
ヒロも、その意表をついた配役に目をまるくした。
驚くだけでなく、笑いがとまらなくなった。その元プロレスラーが、ほんとうに父のイメージにぴったりだったからだ。
そのあと司会者が、
「では、脚本家を紹介します」
と言ったのは段取りどおりだった。
ヒロは戸惑ったが、もうしかたがない。フラッシュのたかれる中を壇上にあがる。
ひとこと挨拶を、と言われ、いったいなにをしゃべったのかわからないまま、ぺこりと頭を下げて終わりにした。
ひとりの記者から、
「星野さんは、新人と紹介がありましたが、いままでのご職業をお聞きしていいですか?」
と質問があった。ヒロは、
「飲食業です」
と答える。
「自営の食堂か何か?」
「ええ、そんなところです」
だれも、疑わなかったが、一人の記者が同僚に、
「何年か前の、ミスジャパンだったか、ちょっと話題になった女性に似てるな」
とささやいた。同僚は、
「記憶ちがいだろ」
と取り合わなかった。
監督とプロデューサー、そして出演者がずらりと並び、その端にヒロが並んで、最後の挨拶をする段取りとなった。
そこで、司会者が、
「本日はありがとうございました。ここで、お詫びを申し上げなければなりません」
と言った。
「じつは、もうひとり出演者を紹介するはずだったのです。それもきわめて重要な役どころの」
会場がざわめく。
「この作品の主人公は、十代のときにある少年に強くこころをひかれます。ところが、その少年は思いがけない事故で他界してしまいます。主人公のこころに深い影を落とす少年ですが、それから長い歳月がたって、ある日、ひとりの青年があらわれます。ここはファンタジー。じつは、彼は例の少年の化身……とまあ、そういう役なのですが、それを演じる俳優が、手違いでまだ到着していません」
会場がまた小さくざわめく。
「遠方からのことで、飛行機の都合と思われます。ぎりぎりまで待ちましたが、残念ながら、タイムリミット。不本意ではありますがその名前だけ、お知らせを……え? なに? 着いた?」
司会者はスタッフに確かめる。
「まさに、滑り込みセーフ! 到着したもようです。では、ご紹介
します!」
そう言って司会者が示したステージの上手から、ひとりの男性があらわれた。
記者席がいっそうざわめいた。ざわめきの波は、その男性がステージの中央に立ったときピークに達した。
ひとりの女性が棒立ちになった。
壇上に立つメンバーのいちばん端の女性、脚本家の星野ヒロだ。ヒロの顔面は、記者席からもはっきりわかるほど蒼白だ。いまにも卒倒するのではないかとだれもが思った。
そのようすに、いまあらわれたばかりの中央に立つ男性も気づいた。彼は事前に、端の女性が脚本家であることは聞かされていたから、その女性のようすが気になったのだ。
気遣うように、蒼白の女性を見る。
見た瞬間、こんどは男性の目が驚きで固まった。
男性は、大股で女性のほうへ寄っていった。
ふたりは、目を合わせる。言葉は出ない。驚きの頂点で、凍りついている。
関係者はここまでの演出はまったく想定外だった。
何のことだかわからない。
が、ともかく、異常なシーンがいまステージに起きているのは事実だ。
司会者が、間を取り持つように言った。
「ご紹介します。韓国男優、李芝河さんです」