表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/77

第17章 魂の行方(3)

――薫り高いコーヒーをゆっくり飲んで、インタビューはなおもつづいた。

記者「で、ついに紛失のままだったわけ……ではないのですよね、その記念すべき処女作。だって、クランクインになるのだから」

ヒロ「ええ」

記者「どうなったんですか」

ヒロ「落ち込んでいてもしょうがないから、あらためて書きました」

記者「え? べつの作品を?」

ヒロ「いいえ、そんなものはもう書く力が残っていませんでした。逆さに振っても何も出てこない」

記者「なら、同じものを、ふたたび?」

ヒロ「そうなの」

記者「おぼえていたんですか、すっかり」

ヒロ「メモはたくさんありましたから、それを見ているうちに、ほとんど頭によみがえりました」

記者「すごい」

ヒロ「だけど、細かい部分は、やっぱりうまくおぼえていないの。ああ、なくしたあの原稿のほうは、ここでもっといい表現だったはずなのに、と思うと悔しくて悔しくて」

記者「そうだろうなあ」

ヒロ「でもね、あとからわかったら、ほとんどコピーしたぐらいに同じだったの」

記者「あとからわかったって? どういうこと?」

ヒロ「ふふふ、それは、もうすこしあとでのお楽しみ。ともかく、原本がどこかから出てきたんです」

記者「そうなんですか」

ヒロ「ま、ともかく、ぜんぶもういちど書きました。へとへとになりました」

記者「それでも、やはり、だれにも読ませるつもりはなかったわけですか」

ヒロ「いいえ、二回目を書いているうちに気持ちが変わりました。ちきしょー、これを世の中に出すぞってね」

記者「それでこそ、正常な野心だ。どういう売り込みを?」

ヒロ「お店のお客に頼むのはぜったいいやでした。そういう世界の実力者もいたけど、いやだった」

記者「潔くないと?」

ヒロ「まあ、そんなところ。キザに言わせてもらえば、銀座の女ではなく、星野ヒロで勝負したかったのね」

記者「いいことです」

ヒロ「業界のことはまるで知らないから、ともかく調べて映画会社や制作会社、それに広告代理店なんかも回ってみて」

記者「どのくらい?」

ヒロ「数ですか、そうねえ、十本の指では足りないわ」

記者「反応は」

ヒロ「だめ。けんもほろろ、ってやつ」

記者「鼻もひっかけない?」

ヒロ「あたりまえよね、どこの馬の骨かわからない銀座のおねえちゃんが……、あ、わたし、それはナイショにしていたわよ」

記者「わかります」

ヒロ「ま、ともかく、そういうおねえちゃんが、わたしの書いた脚本、買ってくれませんかって言ってもねえ」

記者「海産物の行商じゃあるまいし」

ヒロ「そう。ぜんぜんだめ。どっと疲れたわ。それで、ある制作会社の受付でね、わたし、タンカ切っちゃったの」

記者「ほう」

ヒロ「もう、やぶれかぶれみたいな気分。わたしが骨身を削ったものを、ぺらっとでもいいから読んでくれたってバチはあたらないでしょ、という気分だったのね」

記者「どんなタンカを?」

ヒロ「受付の女の子がね、お約束でしょうか? って聞くから、そんなものするほどヒマじゃないよ、だから、いま都合がわるいならば、ここで待たせてもらうって言ってよって」

記者「そりゃまた、大胆というか無茶苦茶というか」

ヒロ「ほんとに。でも受付の女の子はビビッちゃってね。おろおろしてたの。そしたら、ちょうど通りかかったおじさんがいて、わたしをしげしげ見てるの」

記者「もしかして、それが……」

ヒロ「あら、カンがいいこと。たぶんその、もしかして、だと思うのだけど、そのおじさんが、ヒロちゃんじゃない? と声をかけてくれたの」

記者「……」

ヒロ「あら、センちゃん! ってわたしが言うと、受付嬢がぶったまげた顔をしたわ」

記者「千堂卓也だったんですか、それが」

ヒロ「そういう名前は知らなかったんです。センちゃんっていつもみんなが呼んでいたから。焼鳥屋の飲み友達よ」

――ヒロが『華蘭』に入りたてのころ、まったく客に恵まれず、店がはねたあと、ほかのホステスたちが客と二次会として割烹などに向かう中、ひとり焼鳥屋でヤケ酒をのんでいたことがあった。

 そんなころ、同じ焼鳥屋の常連であるおじさんグループがいた。

 聞けば、草野球チームを作っているという。

 なりゆきで、ヒロはそのマネージャーのようなことに引っ張り出された。といっても、ただ応援に行くだけだったが。

 試合が終わって、また盛大に酒。

 なんとも、たのしい集まりだった。

 が、ヒロはいつかメンバー表を見て驚いた。その、おじさんたちはみな、あきれるほど立派な肩書きの人だったのだ。

 その中の一人、最初にヒロをマネージャーにと誘ってくれたおじさんが、センちゃんだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ