第17章 魂の行方(3)
――薫り高いコーヒーをゆっくり飲んで、インタビューはなおもつづいた。
記者「で、ついに紛失のままだったわけ……ではないのですよね、その記念すべき処女作。だって、クランクインになるのだから」
ヒロ「ええ」
記者「どうなったんですか」
ヒロ「落ち込んでいてもしょうがないから、あらためて書きました」
記者「え? べつの作品を?」
ヒロ「いいえ、そんなものはもう書く力が残っていませんでした。逆さに振っても何も出てこない」
記者「なら、同じものを、ふたたび?」
ヒロ「そうなの」
記者「おぼえていたんですか、すっかり」
ヒロ「メモはたくさんありましたから、それを見ているうちに、ほとんど頭によみがえりました」
記者「すごい」
ヒロ「だけど、細かい部分は、やっぱりうまくおぼえていないの。ああ、なくしたあの原稿のほうは、ここでもっといい表現だったはずなのに、と思うと悔しくて悔しくて」
記者「そうだろうなあ」
ヒロ「でもね、あとからわかったら、ほとんどコピーしたぐらいに同じだったの」
記者「あとからわかったって? どういうこと?」
ヒロ「ふふふ、それは、もうすこしあとでのお楽しみ。ともかく、原本がどこかから出てきたんです」
記者「そうなんですか」
ヒロ「ま、ともかく、ぜんぶもういちど書きました。へとへとになりました」
記者「それでも、やはり、だれにも読ませるつもりはなかったわけですか」
ヒロ「いいえ、二回目を書いているうちに気持ちが変わりました。ちきしょー、これを世の中に出すぞってね」
記者「それでこそ、正常な野心だ。どういう売り込みを?」
ヒロ「お店のお客に頼むのはぜったいいやでした。そういう世界の実力者もいたけど、いやだった」
記者「潔くないと?」
ヒロ「まあ、そんなところ。キザに言わせてもらえば、銀座の女ではなく、星野ヒロで勝負したかったのね」
記者「いいことです」
ヒロ「業界のことはまるで知らないから、ともかく調べて映画会社や制作会社、それに広告代理店なんかも回ってみて」
記者「どのくらい?」
ヒロ「数ですか、そうねえ、十本の指では足りないわ」
記者「反応は」
ヒロ「だめ。けんもほろろ、ってやつ」
記者「鼻もひっかけない?」
ヒロ「あたりまえよね、どこの馬の骨かわからない銀座のおねえちゃんが……、あ、わたし、それはナイショにしていたわよ」
記者「わかります」
ヒロ「ま、ともかく、そういうおねえちゃんが、わたしの書いた脚本、買ってくれませんかって言ってもねえ」
記者「海産物の行商じゃあるまいし」
ヒロ「そう。ぜんぜんだめ。どっと疲れたわ。それで、ある制作会社の受付でね、わたし、タンカ切っちゃったの」
記者「ほう」
ヒロ「もう、やぶれかぶれみたいな気分。わたしが骨身を削ったものを、ぺらっとでもいいから読んでくれたってバチはあたらないでしょ、という気分だったのね」
記者「どんなタンカを?」
ヒロ「受付の女の子がね、お約束でしょうか? って聞くから、そんなものするほどヒマじゃないよ、だから、いま都合がわるいならば、ここで待たせてもらうって言ってよって」
記者「そりゃまた、大胆というか無茶苦茶というか」
ヒロ「ほんとに。でも受付の女の子はビビッちゃってね。おろおろしてたの。そしたら、ちょうど通りかかったおじさんがいて、わたしをしげしげ見てるの」
記者「もしかして、それが……」
ヒロ「あら、カンがいいこと。たぶんその、もしかして、だと思うのだけど、そのおじさんが、ヒロちゃんじゃない? と声をかけてくれたの」
記者「……」
ヒロ「あら、センちゃん! ってわたしが言うと、受付嬢がぶったまげた顔をしたわ」
記者「千堂卓也だったんですか、それが」
ヒロ「そういう名前は知らなかったんです。センちゃんっていつもみんなが呼んでいたから。焼鳥屋の飲み友達よ」
――ヒロが『華蘭』に入りたてのころ、まったく客に恵まれず、店がはねたあと、ほかのホステスたちが客と二次会として割烹などに向かう中、ひとり焼鳥屋でヤケ酒をのんでいたことがあった。
そんなころ、同じ焼鳥屋の常連であるおじさんグループがいた。
聞けば、草野球チームを作っているという。
なりゆきで、ヒロはそのマネージャーのようなことに引っ張り出された。といっても、ただ応援に行くだけだったが。
試合が終わって、また盛大に酒。
なんとも、たのしい集まりだった。
が、ヒロはいつかメンバー表を見て驚いた。その、おじさんたちはみな、あきれるほど立派な肩書きの人だったのだ。
その中の一人、最初にヒロをマネージャーにと誘ってくれたおじさんが、センちゃんだったのだ。