第17章 魂の行方(2)
記者「そうか、魂を吸い取られるみたい、というのはその二晩のことだった?」
ヒロ「そうです。目なんか落ち窪んで、頬はげっそり。幽霊そのもの顔になっちゃった」
記者「で、とにかく書き上げた。それで?」
ヒロ「李芝河さんは、三日間、プロモーションのために来日していたんです。で、三日間ぜんぶお店に来るようなことを言っていたのですけど、そうもいかなかったようで……」
記者「あらわれなかった?」
ヒロ「いいえ、二日後の、あした帰国するっていう夜に、律義にちゃんと来たんです。どこかでパーティかなにかあったらしく、そこでもらったプレゼントをいっぱい抱えていました」
記者「で、そのときも星野さんが席に着いた?」
ヒロ「もちろん」
記者「お、力が入りましたね」
ヒロ「でも、取りたてて、これといった話はしなかったわ。映画のことはいくつか話したけど」
記者「星野さんの処女作については?」
ヒロ「そんなの言うはずないじゃない! 恥ずかしくて」
記者「だって、魂の作品でしょ?」
ヒロ「自分にとってはそうだけど……。人に読ませることなんか考えていなかった」
記者「それはまた意外だなあ。映画にしたいから書いた脚本でしょ?」
ヒロ「そう。はじめはそう思ってスタートしたの。でも、なんていうかなあ、途中から、これはだれに読ませるものでもなく、自分の魂にだけ読ませるものだって……」
記者「ますます、鬼気せまりますね」
ヒロ「ま、あんまりオーバーな記事にしないでくださいね」
記者「おまかせください」
ヒロ「とはいえ、わたしは書きあがったその脚本の原稿用紙の束を紙袋に入れてその夜、お店にまで持っていったんです」
記者「やっぱり、だれかに読ませようと思って?」
ヒロ「というよりも、肌身離したくない、という感覚。自分のアパートに空き巣でも入って持っていかれたらいやだな、なんてこともちらっと思ったり……」
記者「うーむ、わかるような気もする」
ヒロ「でね、それだけ後生大事に持ち歩いていたくせに、なくしちゃったの」
記者「えっ!」
ヒロ「そうなの。ないとわかったときのわたしの気持ちを想像してみて。さーっと血の気が引いて、倒れるかと思った。いいえ、ほんとにふらふらっとなって、しばらくうずくまっていたわ」
記者「どこでなくしたんですか」
ヒロ「お店に入るとき、ほかの手荷物といっしょに預けたの。それが、わたしが帰るときに、その紙袋だけがないの」
記者「だれかに盗まれた?」
ヒロ「てっきりそう思いました。ずっしり重い紙の束だから、とんまなやつが札束とまちがえたかって」
記者「で、出てこなかった?」
ヒロ「ええ。だって、名前も書いていなかったし、警察に届けるようなものでもなし……」
記者「落ち込んだでしょう?」
ヒロ「まっさかさま」
記者「コピーを取っていなかったんですか」
ヒロ「そういう習慣がないもの」
記者「そうかあ」
ヒロ「幾日か、夢遊病者のように過ごしました。だって、魂を吸い込んだその容器がなくなっちゃったんだもの」
記者「うーん、聞いているこっちも気が滅入ってくるくらいです。あ、星野さん、時間はまだいいですか」
ヒロ「ええ。まだすこしだいじょうぶです」
記者「では、コーヒーのおかわりをして、すみません、そのあと、星野ヒロの魂よいずこ、の話をきかせてください」
ヒロ「はい」