第16章 あららがま(3)
シナリオ教室に通って、なによりの収穫はシナリオの書き方、その様式を教えてもらったことだった。中身のまえに形式、である。
原稿用紙は200字詰めを使う。
これをペラと呼ぶ。
教室のまわりの生徒たちはほとんどパソコンを使っているが、ヒロは手書きだ。エンピツと消しゴムをフル活用。
脚本に入る前に、全体のプロットを書く。あらすじだ。
それに沿って、ハコ(構成表)を作る。骨格だ。
プロットとハコで全体のようすが見渡せてから、いよいよ脚本づくりとなる。
まず、タイトルを書く。
そして、登場人物。
シーンひとつを、一単位として書いていく。場所を設定し、登場人物の動き(ト書き)とセリフ。
シーンとシーンの間は一行開ける。
……という、基本的な様式を教わったのはヒロにとっておおいに参考になった。
シナリオを書こう、と決めたはいいけれど、どこからはじめていいかわからず、ずっと立ち往生していたのだ。
書きたいことが見つからない、という迷いではない。書いていくためのスタイルがわからないための停滞だった。
――そうか、ハコをいくつも積み重ねていけばいいんだ。
それが納得できたら、まるで栓を抜いた瓶から液体があふれてくるように、ヒロのエンピツはすらすら進んだ。
まず、プロットを書いた。
夢中で書いた。
銀座の店から帰って、シャワーを浴び、ミネラルウォーターを飲み、それから原稿用紙を広げ、ずっと書きつづけた。
夜が明け、新聞配達が道を通り、やがて通勤や通学の人々がせわしなく歩く音を響かせる時間になっても、ヒロは一心不乱に書きつづけた。途中で、感極まり、声をあげて泣いたりしながら。
プロットはかなりの枚数になった。
ハコもおおまかに作った。書き進めていくうちに、細部を足していくつもりだ。
なじみの客に、
「どうした? 具合悪いのかい?」
と言われるほど、目に見えてヒロはげっそりした顔になった。それほど、魂をこめて書いたプロットなのだ。
書き始めてから2ヵ月が過ぎていた。
タイトルは、あれこれと候補を考えたが、最終的に、
『君とつながっていた』
に決めた。
ひとつのハコの仮題として『風波を静める鳥』とした。
ヒロが睡眠薬ハルシオンを大量に飲んだある夜のことを、静かにていねいに書いてみた。
もうひとつのハコの仮題は、こうだった。
『光をかかえた少年』
そのプロットを書いている最中、ヒロは、
――そうか、あたしは、このことが書きたいために、ずっと回り道をしてきたのかもしれない。
そう思った。
これまでの自分のすべての出発点であり、ひょっとすると帰結点でもあるかもしれない、このハコ。
仮題の『光を抱えた少年』、それは加茂原瞬のことであるのはいうまでもない。カモである。
ヒロの十代に濃く影を落とした少年。落とした影を、一瞬の風で吹き消してしまったように、ヒロからも、この世からも、あっけなく姿を消してしまった少年。
いっしょにいたのは、ひとしずくの水のように短い時間だったけれど、カモはヒロのそれからの人生の、まるで錨になっているかのようだ。船が流されないよう、鎖につけて海底に沈める、あの錨。
海底深く、目にはもう見えないけれど、その重みはいつも身体に伝わっている。
ヒロは、そのプロットに熱中した。
書く、という行為はふしぎなもので、続けていくほどに、何かを引き寄せてくる。ヒロが引き寄せてくるのは、もちろん高校生のカモの姿だった。
月夜の水辺を走らせた二人乗りのバイク。
息苦しくなるほどの予感で胸を高鳴らせながら歩いた坂道。
きれいな横顔。
ときおり見せる、底知れない哀しさ。
はじけるような笑顔。
見つめる目。
ヒロは、それらを必死に書きとめた。
いつのまにか、一枚の静止画像だったカモが、次第に動画になり、やがて立体の映像になり、体温や香りまで感じるほどになった。ヒロは脚本の中に没頭した。