第16章 あららがま(2)
渋谷道玄坂のビルの一室にある「シナリオ教室」をのぞいてみたのは、たまたま本屋で映画雑誌をめくっていたときに広告が載っていたからだ。
講師は白髪の紳士、受講生は若いおにいちゃん・おねえちゃんもいれば、主婦らしき人、定年間近のおじさんなど、まったく百様。
――へえ、シナリオを書いてみようと思っている人って、こんなにいるんだなあ。
感心すると同時に、なんとなくシラケた気分をヒロは味わった。お茶やお花を習うのと、なんだか似ている空気を感じたからだ。
――シナリオを書くっていうのは、そういうのとはぜんぜんちがうと思うのだけれど……
深い根拠はないのだが、ヒロはそんなふうに思っている。
――趣味でちょろちょろっとやるようなものではなく、自分の何かを削ってやるような、もっと激しいものじゃないのかなあ。
漠然とそう思って、教室の空気に違和感をおぼえたのだが、それでもヒロはその教室に参加することに決めた。迷ったら、前へ進むこと。いつのまにか育っていた、自分の中のそういう生活信条に従ったのだ。
白髪の講師は、小津安二郎の信奉者だった。『早春』『麦秋』『東京物語』など、静かで端正な映画を高く評価した。ヒロにはあまりなじみのない映画だったが、
「シナリオは間合いです」
という、その講師の口癖はあんがい新鮮だった。
「派手な場面転換ばかり求めると、映画は支離滅裂になる」
――ふうん、そうかあ。
ヒロは思った。
激しい人生を、静かに描く。
なるほど、そういう方法もあるんだなあ。講師の推薦する、小津安二郎の『東京物語』のシナリオが図書館で借りられることを知って、さっそく手配した。
尾道に住む老夫婦が、東京見物に出かける。子どもたちと会うなど数日を過ごし、帰る。帰ると、妻の容態が悪くなり急逝する。葬儀に子どもたちが集まり、そして帰っていく。
それだけの話。大きな仕掛けなど何もなく、セリフも感情を抑えた静かなものばかり。けれども、そのていねいな描き方がヒロにはとても新鮮に映った。
――面白がらせようと工夫するより……
とヒロはそのシナリオから、たったひとつのことを学んだ。
――ていねいに描くことだ。
自分の歩んできた道を、気取らず、ていねいに描いてみよう。
記念すべき処女作のコンセプトはそう決まった。