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第15章 光の島へ(4)

 平良港に出た。

 沖合にぽっかり浮かぶのは伊良部島だ。その島から、ちょうど小さい舟が着いたばかりだった。高校生や、荷物をいっぱい積んだおばちゃんたちがあわただしく乗り降りしている。

 あわただしいのに、なぜか、のんびりしている。時間のスピードの軸がちがっているようだ、とヒロは思った。

 そこでしばらく風に吹かれながら、ヒロは、

「先生、あのう……」

 と吉野さんに話しかける。気になっていたことがあるのだ。

「大神島だろう?」

 吉野さんはヒロの考えていることが、みんなわかっているかのようだ。そのとおり、ヒロは大神島が気になってしかたなかった。けれども、神聖な島は、よそ者があまり口に出してもいけないのか、と遠慮していたのだ。

「島へ渡ることはやめておこう。次の機会もあるだろうから、そのときの楽しみに取っておくことにして。今回は眺めるだけにしておこう。いいかい?」

「はい、もちろん、眺めるだけでも」

「これから行こう。北の突端からよく見える」

 車を走らせた。

 吉野さんが言ったように、宮古島最北端の岬のほぼ一キロメートル海上に、島影が見える。

「あれですね」

 ヒロは指差す。

「そう、あれが神の島」

 吉野さんはスッと合掌の形をとる。ヒロもつられて合掌する。

 エメラルドの海に、平たい三角形が浮かぶ。気のせいか、雲がその上空でぐるぐる渦巻いているようにも見える。

 なにげない光景である。この世に天というものがあって、それが地と連絡する必要があるなら、やはりあんなふうにさりげなく、静かな場所なのだろうなあ、とヒロは思った。この島影の光景はずっと目に焼きつけておこうとも思った。



 夜は、郷土料理の店に行った。

 といっても、親しみやすい居酒屋である。空港までボックスカーで迎えに来てくれた吉野さんの仕事仲間のおじさんたちが案内してくれた。

 海亀の刺身、海亀のみそ炒め、海へび料理、ハリセンボン汁などなど、びっくりするようなメニューが楽しかった。

 酒はもちろん泡盛である。

 おじさんたちの飲みっぷりがすばらしい。豪快そのもの。仕事でちょっと遅れてきた吉野さんが店にあらわれたころには、場はお祭り騒ぎになっていた。

 おじさんたちの中のいちばんの長老が、店のサンシンを借りてくる。サンシンは、三線と書く楽器。三本の弦をもつ、別名、琉球三味線だ。蛇の皮が張られているところから蛇皮線じゃびせんと本土の人が呼ぶこともあるが、沖縄では言わない。あくまでもサンシンである。

「戦後の物資の乏しいときは……」

 長老おじさんは、サンシンを抱えながら言う。

「渋紙はまだいいほうで、セメント袋を張ったのやら、米軍払い下げの落下傘の生地を何枚も張り合わせたやつで弾いたものだった。子どもごころにおぼえている」

「カンカラ・サンシンなんてのもあったそうですね」

 すこし世代が下らしいおじさん言う。

「そうそう、空き缶を胴にしたやつだ。あれも味があったなあ」

 そのうち、唄がはじまった。

 わたしィが、あなたァに惚れたのはァ、ではじまる『十九の春』だ。サンシンの、明るい哀調とでもいいたい独特の響きがいい。

 ヒロもいつのまにか歌っていた。歌詞は知らないけれど、みんなについていけばいい。

 六番までしっかり歌った。

 いつのまにか、大勢の合唱になっていた。客だけでなく、店の従業員も加わっている。

「東京からですか?」

 と、ヒロの横で歌っていた従業員の女性が、唄が終わってサンシンも鳴り終わってから、ヒロに聞いた。

 ヒロと同世代だ。小麦色の肌が、いかにも宮古島暮らしである。

「ええ、実家は千葉だけど」

 ヒロが答えると、

「わたしは長野から」

 にっこり笑う。

「へえ、日本アルプスの国から、こういう海の国へ来たの?」

 ヒロが言うと、

「そう。山を見て育ったせいか、海にあこがれて」

「いつから?」

「もう、6年かな」

「ずっと独り暮らし?」

「うん。でも、仲間がいっぱいいるから。毎日、毎日、海に潜っているんだ。あなたはスキンダイビングはやったことある?」

「ないなあ、ざんねんながら」

「そう、いちどやってみるといいよ。海の中にいるというより、宇宙のまんなかで遊んでいるっていう感じ。魚たちは星屑みたいだし」

「ずっと、この店で働いているの?」

「まあね。働いているのか、飲んで騒いでいるのか、わからないけれど」

 そこへ、追加の泡盛を持ってきた青年も話に加わった。

「彼は、静岡から来たみたいね。富士山の裾野育ち、やっぱり山の人間って感じがする」

 長野の彼女が紹介する。彼も、同世代だ。

「彼は変わった経歴なんだ。大学で物理学を専攻していたんだけど、なぜか宮古島にこころを奪われて居ついてしまったの」

「へえ」

 まっくろに日焼けした彼は、どう見ても漁師だ。

「もっと変わってるのはね、彼はスキンダイビングもやるけれど、それよりも熱中しているのは織物なの」

「織物?」

「宮古上布っていうの。ねえ、説明してあげて」

 長野の彼女が、静岡の彼に言うと、彼はうなずいて、

「400年以上の歴史ある織物なんだ。あそこにかかっている……」

 店の壁を指差した。

 円や菱形がモチーフになった、なんとも典雅な織物が壁の装飾にかかっている。

「すてき」

 ヒロは、こころからそう思い、

「ああいうのを、あなたも織るの?」

 と聞いた。

「まだ、修業中。そのうちに、ドキッとするくらいのものを、とは思っているけれど」

 そこで、またサンシンの音色が響いてきた。

 ヒロの聞いたことのない唄だったが、沖縄独特のおおらかな哀しみがあふれていて、ヒロは聞き惚れた。

「ねえ、踊ろうか」

 長野の彼女がヒロを誘った。踊りたくてうずうずしていたらしい。

 「じゃあ、みんな一緒に」

 店の人もお客もみんな立ち上がり、めいめいが好きな風に踊り始める。

 サンシンの心地良い音色を耳にしながら、このままいつまでも踊り続けていたいな、とヒロは思っていた。

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