第15章 光の島へ(3)
「こころが疲れたら、いつでも島においで」
と吉野さんが言っていたのは、社交辞令ではなかった。
大神島の話など聞いているうち、いつかその南国の島に行ってみたいとヒロは思うようになり、たまたま四日間ほど休みが取れそうになったので、
「先生。あたし、別にこころが疲れたわけじゃないんですけれど、島へ行ってみたいな」
ためしにそう言ってみた。
「そうか、よし」
吉野さんはすぐその場でどこかに携帯電話をして、
「あさっての飛行機を取ったよ」
と言った。
「え? あ、あさって?」
「善は急げだ」
吉野さんは涼しい顔をしている。
休みを取れそうなのは来週だったのだけれど、ヒロはなんだか楽しくなってきてしまい、
――まあ、休みはどうにかなるか。行こう。
決めてしまった。
飛行機の窓から眼下を見る。
海は、鉱石のようだ。ブルーとグリーンの光が妖しく輝いている。――いま、エンジンがぴたりと止まったとしても、あそこになら吸いこまれてもいいわ。
ヒロはそんな誘惑にかられている。
その海に、くっきりと緑の島影が浮かぶ。南西諸島のほとんどの島がそうであるように、この島も隆起サンゴ礁の石灰岩からなっている。まったいらだ。弓状の板が浮いているかのよう。
宮古空港には吉野さんが迎えてくれた。
思わず、ヒロは、あっと声が出てしまう。吉野さんのそばに数人の人たちがいて、金や朱で飾られた派手な幟をもっているのだが、そこにはでっかい字でこう書いてあるのだ。
「歓迎 星野ヒロ妃」
お妃さまのご来島という演出だ。
「んみゃーち!」
吉野さんのまわりにいるおじさんたちが、くちぐちにそう言ってヒロにあふれるような笑顔をくれる。
「んみゃーち」は、「ようこそ」というあいさつと教わった。沖縄本島では「めんそーれ」というのが同じ意味でつかわれるけれど、宮古島ではその言葉だという。
ボックスカーが待っていて、すぐに吉野さんが予約しておいてくれたリゾートホテルに向かう。
想像した以上に豪華だ。シングルの部屋もゆったりと広い。窓からはエメラルドの海が一望だ。
荷を置き、簡単な着替えをしてヒロはすぐロビーに降りていく。吉野さんたちが、さっそく島を案内してくれることになっているのだ。
まっしろい光が、アスファルトの道に惜しげなく降りそそいでいる。両側のさとうきび畑から甘い香りが風に乗って流れてくる。
さとうきび畑が途切れると、つぎは防風林だ。防風林の向こうには与那覇湾が広がる。
この湾を越えたところで車が止まり、外に出た。
「わーお!」
ヒロは叫んだ。
細かい粉のような、さらさらの砂浜が延々とつづいている。
ヒロは裸足になって、その真っ白い粉の浜を歩いた。一歩ごとに身体の中から浄化されるような、不思議な快感を味わった。
「先生、この浜、すごい」
ヒロは吉野さんに言う。
「うむ、人の邪心を吸い取ってくれるんだ」
吉野さんは、ヒロの言いたいことを先取りするかのように、そう言って水平線を眺めてから、
「さて、次へ行こう」
ヒロを車のほうへ促した。