第14章 銀座の水(6)
あいかわらず、焼鳥屋で独り酒をやっていたヒロだが、そのうち飲み仲間ができた。中高年のおじさんグループである。
聞けば草野球のチームメイトらしい。こんなからだで走れるんだろうか、と心配するほどの突き出た腹だらけだ。
ある夜、ヒロは同じテーブルに誘われた。
そして、チューハイをわいわい言いながら飲んでいるうちに、
「星野くん」
と一人のおじさんが言った。ケンタッキーフライドチキンの店の前に立っているカーネル・サンダース人形に似たおじさんだ。ちょっと前にヒロは名前を名乗っていた。
「はい」
「きみ、ぼくらのチームのマネージャーにならんかね」
「マネージャー?」
「そうだ。ずっと募集中だったのだ」
「考えときます」
「そうしてくれたまえ」
という会話があったが、もちろんヒロは本気にしていなかった。その種のシャレはよく出ていたから、すぐに忘れたのだ。
おじさんたちと飲んでいると、ふしぎな安心感があって、だんだん酒席に加わる回数が増えた。銀座の世界の厳しさにさらされていたヒロにとって、そこは気楽にいられる居心地の良い場所だった。
ある夜、いつものように盛り上がった席で、
「あしたは、星野マネージャーのデビュー戦であります」
と、あのカーネル人形みたいなおじさんがふいに宣言した。みんなが拍手した。
「な、なんのこと?」
ヒロが首をかしげていると、
「あしたの試合にマネージャーとしてきみが初参加するということだよ」
と、べつのおじさんが言った。こっちは上野公園の西郷さんの銅像みたいなおじさんだ。
「えー、そんなァ」
とヒロは抵抗したが、全員の熱い拍手で押し切られた。
翌日。
河川敷のグラウンドでおこなわれる草野球大会にヒロは加わった。
マネージャーとはいうものの、おじさんたちはヒロに何か用事をさせることはなかった。
「きみは、マスコットとしてベンチにすわって、ときどき、ガンバッテーなどとわれわれを奮い立たせてくれればそれでよいのです」
と上野公園の西郷さんみたいなおじさんが言った。ほんとうにヒロは何もせず、ただ応援した。
ゲームはさんざんだった。
9対0の、5回コールド負け。
おじさんたちは、
「さあ、反省会だァ」
と大声で騒ぎ、キャップをかぶったユニホーム姿のまま、グローブを差したバットを片手にビアホールを目指した。
ヒロは、ゲームの内容はともかく、大会の簡単なパンフレットを見たときびっくりした。ワープロで手作りのパンフレットだが、ごていねいに各チームの選手たちのポジションだけでなく職業まで明記してあった。
ヒロがびっくりしたのはその欄だ。
いつもチューハイをわいわい飲んでいるあのおじさんたちは、みな目を見張るような肩書きの集団だったのだ。
銀座ホステスとしてのヒロに、それでも少しずつ客がつきはじめた。コンビニでばったり会ったケリーは、自分で言っていたように店をやめたが、やめるときにヒロに客を数人紹介していってくれた。それが糸口となって、一人二人とつながってきたのだ。
さすがにどの客も、遊び方のレベルがちがった。
朝、下関まで行って高級割烹でふぐを食べ、トンボ帰りで戻り、その夕方にはいっしょに銀座の店へ。などというスケジュールにも同伴するようになる。1回の食事が1人10万円を超えるなんてのはざらである。田舎の飲み屋で1人5000円も出せば十分呑めるのとはワケが違う。
豪放磊落とはこのことか、とヒロはあきれた。
そして、そういう客の一人が〈吉野いっせい〉さんだった。吉野さんは、沖縄の宮古島の人である。