第14章 銀座の水(2)
部屋探しに不動産屋に行った。
東中野の六畳一間のアパートを見に行く。
不動産屋のおやじは、ヒロの容姿を見て不審に思ったのか、
「お客さんには不向きの部屋かもしれないよ。狭いし」
と言った。
ヒロの華やかさと、薄暗い六畳間が結びつかなかったのだろう。たしかに、古ぼけた建物だ。くたびれた生活の匂いがする。
だが、ヒロはそこに決めた。
これまで住んでいた千葉の18畳の部屋に比べたら、笑っちゃうくらい狭くみすぼらしい部屋だ。でもこれから登って行くための第一キャンプなのだ。雨露しのげればそれでいい。
アパートの両隣にあいさつに行った。
右の部屋は若い女性だった。
「となりに越してきた星野です。どうぞよろしく」
と簡単なおしるしを持って訪ねると、
「はい」
うつむいて目を合わせない。化粧っ気がなく、着ているものも安っぽく、どこか暗い。
――どんなに貧乏してもああはなりたくない。
ヒロは、すこし滅入ったが、気をとりなおして左の部屋のドアフォンを鳴らす。だれも出てこない。
留守かと思ったが念のため、
「隣に越してきた星野です」
と声をかけた。人の気配がした。中からこちらをうかがっているような感じがする。
――また、陰気なのか……
ヒロはちょっとうんざりする。
しかし、ドアが開いて現れたのは、清潔な感じの若い男性だ。
「あ、ごていねいに、ありがとうございます」
さわやかなあいさつが心地いい。
――ああよかった。
ほっとした。
ともかく、これで最低限の生活の支度が整った。いよいよ就職活動を開始することにヒロは決める。
アトランティスのときのお客さんがすすめてくれる銀座の店があった。話を通してくれてあると言う。
「銀座で5本の指に入る店だ。経済人、文化人がたくさん来る一流店だ。だが、ヒロさん、きみなら、だいじょうぶ。行ってごらん」
そう言ってくれた。
生活の準備が整ったので、ヒロはその人に連絡を取った。
折り返しすぐ返事があった。
「12日の3時に、面接ということになったよ。店でね」
12日というのは4日後である。
――場所だけでも、見に行ってこよう。
ヒロは、ファックスで送ってもらった地図をたよりに銀座8丁目へ出向いていった。
ビルの4階にある『華蘭』という名の高級クラブはすぐ見つかった。ひときわ目をひく威厳があったからだ。
その界隈は、独特の空気が漂っている。仕立てのよい和服の女性が優雅に歩く。黒塗りの車から運転手が降り、後部のドアを開けると恰幅のいい紳士が降り立つ。
賑やかだけれど、騒々しくはない。とても知的なものがあたりを占めている。そんな一画だ。
ヒロは、ちょっと胸が高鳴った。
――こんな中で、やっていけるかしら。
こころのどこかに、逃げ出してしまいたい弱気が起こっている。気後れしているのだ。
ヒロは自分ながら、そんな気分がじれったかった。
――いのちを取られるわけじゃなし。
そう思って、奮いたたせる。
――面接には自然体で臨もう。
見栄を張ることもなければ、卑屈になることもないんだ。あたしはこういう女です、ということだけで勝負しよう。
そう思った。




