第2章 こころに羽根をもつ少女(2)
ともかく、鳴り物入りで会津の真冬に星野ヒロは生まれた。1月11日。1のゾロ目が誕生日である。
赤ん坊は、生まれてくるときに両の手のひらをギュッと握っている。それは、人類の祖先が樹上生活をしていたときから受け継がれてきた、いわば枝を握る本能といわれるのだが、ヒロもそうやってオギャアオギャアと泣いていた。
その、豆粒みたいな手のひらが、この世に出て最初に開いたときのことを、父は、
「ふわーっと、何かが立ち昇ったぞ。嘘はいわねえ。この目でしっかり見届けた」
と子どもたち、つまりヒロの兄姉たちに言った。
「何かって、なに?」
そう聞く長女の和恵に、父は答えた。
「きらきら光る、金粉のようなもんだ」
「うっそー」
「ほんとうだ、あの子はただもんじゃねえぞ」
父は、長女・和恵に言った。
惜しいことをした、あの金粉をちゃんと集めておきゃ儲かったのに、と思ったのだけれど、それはさすがに言わなかった。
だが、そのふわっと立ち昇ったものはけっして目の錯覚ではないと父はその後ずっと信じて疑っていない。
その話がよく象徴しているように、ヒロは、周囲の祝福をまさに満身に浴びて生まれてきた子だったのだ。
ヒロは、三人の姉と二人の兄の末っ子として生まれてきた。
平成の現在はもちろんのこと、昭和五十年代であっても六人きょうだいという数は珍しかった。
しかし、この六人の構成はちょっとばかり複雑ではあった。
いや、複雑というほどのこともない、ちょっとバラエティに富んでいると言い換えよう。
父と母は、再婚どうしである。
父は乳癌で亡くした前妻とのあいだに、女の子二人と男の子一人があり、母は離婚した前夫とのあいだに、女の子一人と男の子一人がいた。
そうした連れ子合わせて五人の再婚だったのだ。
つまり、末っ子として生まれてきたヒロは六人きょうだいの中でただ一人、父母のあいだに生まれた子ということになる。上の五人の兄姉からはひとまわり年の離れたチビちゃん。
いわば、この星野家の「かなめ」あるいは「支点」というぐらいの存在だった。祝福されないわけがない。
小さく生まれて大きく育つ。
それが健康な子の姿といわれるが、小さく生まれたヒロは、まさにすくすく育った。からだは細かったが、若木のように弾力にあふれていた。
「ヒロちゃんは、白いカモシカの仔のようだね」
と近所に住むおじさんが言ったことがある。
俳句ではちょっとばかり有名な人だったようで、どこか詩的に過ぎる表現ではあったけれど、それはヒロという少女をよく言い当てていた。
家の中でじっとしていることがない。
いつも、里を野を広場を、走りまわっている。そのようすが、とてもリズミカルなのだ。たしかに野生動物を思わせる。
どうしてそんなにじっとしていないの、と母に聞かれたときがあった。ヒロは、そう聞かれても自分でもよくわからない。
しばらく考えて、やっぱりわからなかったから、質問とはちょっとずれた答えをした。
「あたし、あの人みたいになりたい」
「え? だれ?」
「毎朝、新聞を運ぶ人」
「新聞?」
「うん」
「……あ、新聞配達!」
そう、ヒロは朝の道を走る、あの新聞配達の青年をいつもうっとりしながら見ていたのだ。
なんて、かっこいいんだろう。
あの、身動きのようすに憧れたのだ。
ツンツンと、地面を蹴る足。タッタッタッと、大きな歩幅で繰り出される脚。脇には幾重にも重なったインクの匂いをぷんぷんさせる新聞の束。
一軒の家の前で、脚をぴたりと止めて、脇から新聞を一部、キュッと音をさせて引きぬく。それを、カウボーイの投げ縄のようにふわりっと新聞受けに放り入れ、また、タッタッタッ。
なんて、うつくしいんだろう。
あまりかっこいいから、真似をした。自分のうちにたまっていた古新聞を自転車のかごに積めるだけ積んで、近所のおじさんやおばさんに、
「シンブンでーす」
と配達ごっこをしたのだ。
少女の美意識にびんびん触れてきたもの。
それは、鳥が大空を飛ぶあのすがた、魚が大海を泳ぐあのすがたを美しいと見るのと同じ美意識だったのだろう。
からだというものが持っている表現力に、人並み以上に敏感な少女だったにちがいない。
「ヒロは泣かない子だった」
と母はよく言う。
泣かないくせに、母の前で「泣きまね」をして、ほんとうに涙まで流して迫真の泣きシーンを見せたという。




