表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/77

第7章 駆け上がる階段(2)

 ヒロは、気合いが入っていた。

 話題のひとつに応募でもしてみようか、というのではなく、これが最後のチャレンジだ、うしろには、もうあとがない。背水の陣。なんとしてもゲットしようという気構えがあった。

 それは最初の審査から発揮される。

 髪、化粧を念入りに整えた。さしずめ戦場へ赴く武士の心境である。ぴんと張りつめていた。

 面接会場だけが面接ではない。控室でも、廊下でも、いつだれが観察しているか知れない。ひょっとするとカメラが設置されているかもしれない。

 ヒロはいっさい気を抜かなかった。

 応募者の多くは、だれも見ていない場所、たとえば控室の片隅の椅子などでは、それまでの緊張の疲れもあっただろうが、デレーンと姿勢を崩し、スナック菓子をぼりぼりむさぼって、馬鹿っ話をしたりしていた。

 そういう姿を横目にヒロはいっそう張りつめた。そして、一次、二次と着実にパスしていった。

 ヒロは、ミス・ジャパンへの応募は父母には内緒にしていた。

 けれども、仕事に出かけているときに、母に審査通知の郵便物を見られてしまった。

 ある夜、かなり遅い時間に家に帰ると、母が、

「ヒロ、ちょっと」

 と呼ぶ。

 居間へ行くと、父もいた。ヒロをすわらせて、両親が並んでその前にすわる。

「ミス・ジャパンに応募してるのね、ヒロ」

 母がずばり言った。

 ああ、バレちゃったか、とヒロは観念し、

「うん、してる」

 素直に認めた。

「よしなさい、きついわよ。確かにヒロにモデルを勧めたのはお母さんだけど、それは生きるハリを持ってもらいたかったからなの。あなたはもう十分頑張ったわ。これ以上嫌な思いをしなくてもいいんじゃないの」

 母は言う。心配なのだ。

「そうだ、ヒロ」

 父も乗り出した。

「ああいうのはおまえ、女郎みてえなもんだぞ。ぼろぼろにされてポイッだぞ」

 すごいことを言う。母がさすがに、

「お父さんはまた、言うことがオーバーなんだから」

 オーバーではなく、トンチンカンなのだとヒロは思ったけれど口には出さなかった。

「ヒロ、今からならやめられるんじゃないの」

 母が言う。

「あのね、お父さんお母さん」

 ヒロはぐっと姿勢を正して、ひとつ大きく息を吸う。

 そして、手短に、しかし、はっきりと、こんどのことは思いつきだけでやっているのでなく、いかに自分が本気であるか、真剣であるかについて、その熱意を話した。

 飾った言葉や、まやかしの言葉は使わなかった。それだけに、父母の胸に直接響いたようだった。

 夜は更けていた。

「わかったぞ、ヒロ」

 父が言った。すこし、目がうるんでいる。

 なんだよ、おやじさん、泣くような場面かよ、とヒロは思ったが、じいんときた。

「がんばれ、女は度胸だ。よし、それじゃあおやすみ」

 そう言って父は消えた。

 その三日後のことだった。

 夜、ヒロが家に帰ってくると、机の上に何やら小さな赤いものが置いてある。そばに、「ヒロへ」というメモ。

 よく見るとお守りである。

――あ、鹿島神宮。

 そう、あの、鹿島アントラーズの守護神、勝負の神のお守りなのである。千葉から茨城は近いようで遠い。父は、せっせと出かけて行ったのだ。ヒロの勝利を祈願して。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ