第6章 新しい自分へ(5)
数日後、ヒロはバー『Forest』のカウンターに立った。
まあ、なんとも暇な店だった。
給料日あとの週末なのに、客はひと晩に一人か二人。
――わあ、これならラクでラッキー。
と喜んだけれど、
――だいじょうぶなの、この店。
と、透さんのことが心配にもなった。
店を閉めたあと、透さんとカウンターに並んで腰かけ、いろいろな話をした。
「おれ、映画作りたいんだよ」
透さんが、ちょっと恥ずかしそうに、けれどもとても熱っぽく言ったことがあった。
「あたしも、映画は好き」
ヒロが答えると、
「ヒロは、きっと女優になるな。そういうものを持っている女だ」
透さんは静かな声で言う。リップサービスでなく、本心から言っているのがよくわかった。
「ほんとうですか、うれしい。あたし、子どものとき母に、ジョユーになるって宣言していた気がする」
「なるさ、なるとも。そうしたら、おれをエキストラで使ってくれよ、ヒロ」
透さんは人のよさそうな顔で笑った。
ひと月たち、ふた月たった。
思いもよらぬことが起き始めた。
バー『Forest』のカウンターにびっしり客の並ぶ夜がほとんどになってきたのだ。
中には、扉を開けて満員を知り、しかたなくどこかで時間をつぶしてまた現れ、また満員で諦めて帰る人もいた。
もちろん、ヒロの引力だった。
ヒロが客を引きつけるもの。
それは、うわっつらのリップサービスでもなければ、セクシーサービスでもない。もっと深いところで客の心をつかんでいた。
ヒロはひとりひとりの客に真正面から対した。こうすれば喜ぶだろうという、姑息な計算はなかった。
さまざまな年齢、さまざまな職業の男が客として訪れた。そしてヒロと話をする。
人間の呼吸は炭酸ガスを吐いて、酸素を吸う。
客とヒロとの間に起きる現象は、それに似ているところがあった。
とてもつらいもの、不安なもの、悔しいもの、腹立たしいもの、客はそういった炭酸ガスをヒロに向かってどんどん吐き出す。
森の木々が炭酸ガスを吸ってくれるように、ヒロはどんなにたくさんの炭酸ガスを吐き出しても、へっちゃらで吸ってくれるのだ。
そして木々は、酸素を出す。ヒロもそういう生命力のようなものを相手にあたえた。
おそらく、自分の堕ちるところまで堕ちた日々の経験が、相手の気持ちを察する力になっていたのだろう。自分ではまったく気づいていなかったけれど。
どんな男の人にも哀しみがある。
それがこの仕事をしてヒロが痛感したことだったのだ。
来る日も来る日も、そういう人々と真剣勝負のような心のふれあいをしているうちに、熱烈なファンはいっそう増えた。マスターの透さんの読みはまことに正しかったといえる。
ヒロには、天性ともいえる引力が備わっていたのだ。
バー『Forest』は、ヒロが入ってから半年もしない間に、従業員も増やし、全面改装し、閑古鳥が鳴いていたころにはとうてい信じられないような大繁盛のバーに変身していた。翌年には従業員全員でグアムへ慰安旅行に行った。