第6章 新しい自分へ(4)
ミスコンの審査は、街中の子供からおじぃちゃん、おばぁちゃんまでが楽しみに見守るなか、一日であっけなく終わった。
あまりにも簡単だったので、
――だめに決まってる。
と、ヒロはせいせいした気分だった。
ところが、すぐに連絡が入り、
「今年度のミス茂原は、星野ヒロさんに決定しました」
と告げられる。
あ、そう。
ヒロは思った。なんだか、ばかばかしいような気分だったが、花織には報告した。
「やっぱりね。ぜったいそうだと思った」
花織は言った。
すぐに、ピンクの花柄の浴衣に着替えさせられ、今年度ミス茂原のお披露目となった。
乗る車はディズニーランドのパレードをぐっと田舎くさくしたようなド派手なデザインだ。それに乗ったヒロはタスキをかけ、花束を抱えさせらて、商店街をゆっくり走りぬける。
商店街のおじさんたちが、
「いよー、べっぴん!」
などと声をかけてくる。教えられたようにヒロは、そういう人たちひとりひとりに笑顔を絶やさず、手を振る。
――あたし、何やってんだろう。
思いながらも、手を振りつづけた。
ばかばかしいかぎりなのだが、ふしぎなことに、みょうな元気が身体に生まれてくる気もした。
――へえ、あたしにまだ、こういう元気が残ってたんだ。
そう思った。
ミス茂原として、笑顔と同時に言葉づかいにも指示があった。
「ごきげんよう」
とか、
「さようでございます」
という、つまりお嬢さま言葉が義務づけられる。
さまざまなイベントに駆り出された際、そういう言葉で対応しなければいけないというのだ。
そんなこと言われても、生まれてからいちどもやったことがないからヒロにはそういう言葉はすんなり出るはずもない。無理やりやると、とても不自然になった。
豆まきに行っては、
「鬼は外、でございますわよ」
お花見に行っては、
「あら、お美しいことなのだわ」
祭りに出ては、
「まあ、おおぜいの人、おおこわい」
などと言ってしまう。いくらお嬢さま言葉といっても、度が過ぎる。言われたほうはきょとんとしてしまうのだ。
祭りのときには、花織と洋司にも会った。
「よう、ヒロ。かっこいいじゃん」
と声をかけてきた洋司に、
「あら、ごぶさたしておりますわ、ほほほ」
とやってしまい、洋司は目を丸くして動けなくなった。
花織と洋司の計画が的中したというべきだろう。
ひとたび、そうやって外へ顔を出すようになってから、ヒロは変わった。もともとあった輝きが復活したといえる。
ミスは、いつもだれかに見られている。その緊張感がヒロの表情にいっそう光をあたえた。
身だしなみを整えなければいけない。ミスとしてイベントに参加したギャラだけでは、とうてい賄えない。
ヒロは宝石店でアルバイトすることにした。
人生の中では、
「ああ、あれが運命的だったな」
と思えるような、そういう人との出会いが幾人かある。人生の道を決める標識のような。
ヒロにとってその一人が、バー『Forest』のマスター・透さんだった。宝石店で仕事しているヒロに声をかけてきたのだ。
バー『Forest』は、もともと地元の不動産会社の社長が副業で始めた店だった。透さんは、その不動産会社で働く先輩からスカウトされ、店に参加し、今は経営者になっていた。
「ちょっと、話をしたいんだけれど……」
と声をかけてきた透さんの印象は、とても控えめな誠実な感じだった。水商売とは思えなかった。
アルバイトを終えたあと、喫茶店で聞いた話は、なんと、
「うちの店で働いてくれないか」
というオファーだった。
強引という感じはしなかった。切実な何かをヒロは感じた。
あとになってから透さんが打ち明けてくれたのだけれど、その当時、バー『Forest』は火の車だった。客が激減していた。要因は、魅力的な女の子がいないから、それに尽きる。
「ヒロには、言いようのないオーラがあった。この子だ、この子しか、うちを立て直せる子はいないと、あのとき思った」
透さんはそう言った。
ヒロはしかし、透さんの誘いに躊躇した。
透さんを警戒したわけではない。とても信用できる人と直感した。問題は自分の資質だった。接客業なんてあたしにはとてもムリ、そう思ったのだ。
でも、断りきれなかった。
――この人は、こんなに本気で求めてくれている。
それが、ヒロにはひしひしと伝わった。