第6章 新しい自分へ(3)
花織と洋司はヒロの家の玄関先に立って、にこにこ笑っている。
「ちょっと話があるんだけどさあ、ヒロ。上がっていいかな」
花織が言っている。
花織と洋司は、ヒロがとてつもなく荒んでいるということは知っていた。それが、どういう理由によることかも、もちろん痛いほどわかっていた。
二人は相談したのだ。
ヒロを立ち直らせるためには、部屋から引っ張り出すこと、まずそれがだいじだ、と。
「あの子は、もともと光るものがあるんだ。それを引き出せばぜったい、いい方向に向かう」
花織は洋司に言った。洋司も同意した。
そして、ある計画を立て、それをすこし進行させた上で、その日ヒロの家を訪ねたのだった。
二人は部屋へ上がる。
ワインの空きビンや、スナック菓子の袋が散らかる風景を見ても二人は動じなかった。それらをざっと部屋の隅に寄せてから、畳にすわる。
「話って何?」
ヒロも二人の前にすわる。荒んだようすは変わらないけれど、どこか表情に生気が出ていた。
――こんな気分、いつ以来だろう。
ヒロも自分でそう思っている。
さっき、玄関ドアのところで二人を見たときから、ヒロの心にちょっとだけ変化が生まれたようなのだ。
「そうそう、洋司」
ヒロは言う。
「サブは元気?」
あの日の子犬のことだ。
「おう、元気。よく吠えてら」
洋司は答える。
「えーとさあ」
すぐに花織が話を別のものに振ろうとしている。カモに関わる思い出はできるだけ出さないように、と決めてきたのだ。四人のたくさんの思い出に触れれば、いまは三人だということがよけい強調されるにきまっているから。
「ヒロ、これ見て」
花織は一枚のチラシをヒロに手渡す。
ミス茂原、というような字が大きく見える。
「なにこれ?」
ヒロは聞きながらそのチラシを読む。
茂原というのは、すぐ近くの市の名前だ。つまりそれは、地元のミスコンの応募用紙だったのだ。
「これがどうしたの? 花織」
ヒロは聞く。
「見てのとおり」
「ミスコンってのはわかるけど、それがどうしたのさ」
「ヒロが出るのよ」
「ばーか。何言ってんの花織。やだよ、そんなの、ジョーダンじゃないよ」
「もう、応募しちゃったよ」
「応募?」
「そう、星野ヒロって書いて」
となりで洋司が笑っている。
二人は軽い感じのようすだが、ぜったいヒロにノーと言わせないという気構えに満ちていた。
「応募したらどうなるの」
ヒロはチラシをもういちど見直しながら聞く。
「オーディションに行くに決まってんじゃない」
「あたしが?」
「シャレでやりなよ」
「やだ、めんどくさい」
「言うこと聞くの、ヒロ」
花織はかなり強硬である。
「わかったよ、じゃあチラシ置いてって。考えとく」
「だめ。まだ、やることが済んでない」
花織は持ってきていた紙袋を畳にどさっと置いて、中身を取り出した。ヘヤーカラーだ。
そして、手際よく準備をして、
「さ、ヒロ、いくよ」
ヒロの赤い髪を、黒髪に染め直すというのだ。オーディションの準備として。
花織の勢いにすっかりヒロはのまれてしまった。
気がついたら、髪はすっかり黒くなっている。鏡で見るとどこかの知らないお嬢さんが映っていた。