第6章 新しい自分へ(2)
花織と会うのは、いつ以来だろう。
ヒロはすぐには思い出せなかった。いろんなことがあり過ぎた。ものすごく長い時間が流れてしまったような錯覚がある。
でも花織はちっとも変っていない。
いっしょにきた洋司は、花織の彼氏だ。
洋司は前より印象が変わっていた。髪を五分刈りにして、なかなか精悍だ。そういえば、洋司は板前修業中だといううわさをチラッと聞いたことがあった。
ヒロとカモ、花織と洋司。
四人はよくいっしょに遊んだ。
二台のバイクで、いったい何キロ走ったことだろう。その風景はヒロの胸の中にすべて焼きついている。
洋司の母が居酒屋をやっていた。開店前の仕込みを手伝うという口実で、しょっちゅう四人はその店に集まったものだ。
開店前の居酒屋のカウンターで、四人はたくさん話した。
けっこう、真剣な話もしたような気がする。
死後の世界ってなんだろう、とか。そうかと思えば、どうして人間は結婚しなくちゃいけないんだろう、なんてことも。
ほかの友だちだったら、シラケちゃってとても言えないそういう話題も、四人だとふしぎにすらすら話せた。
いつだったか、おもしろい体験をしたこともあった。
夕方、土手にバイクを止め、四人で川べりへ降りていったときのことだ。
「あれ? 何か泳いでる」
と、最初に発見したのは花織だった。
川に波紋ができている。たしかに、何か泳いでいる。人間ではない。もっと小さい何か。
「もしかして、犬?」
ヒロがそう言う。
必死に、もがいている。泳いでいる。
が、じっと見ていると、ときどき姿が水面から消える気もする。
「おい、あれ……」
カモが言った。
「うん、溺れてるぜ」
洋司がうなずいた。
「わー、やだ、子犬じゃん。かわいそう、あそこから落ちたんだ」
花織が指差したところは、土手が急に切り立っている場所だ。あそこをよちよち歩いていて踏みはずして落ちれば、まっさかさまに川の中。
そのあたりは、無責任な飼い主が飼いきれず、生まれて間もない子犬をよく捨ててしまう場所だったらしい。そんなことは四人は知らなかった。
「やばい! あぶねえよ」
洋司が言った。
カモがざぶざぶと洋服のまま川に入っていった。
浅いと思ったら、いきなり深くなったようで、カモはすぐにクロールをはじめた。
洋司もつづいた。
二人はすぐに子犬にたどりつく。
水球の選手がボールを持ち上げたときのように、カモが子犬を引き上げた。そして、洋司と二人で抱え、岸まで泳ぐ。
子犬は瀕死のようすだった。
「人工呼吸するか……」
カモが言った。
「どうやって?」
花織が聞く。
「口移しだな」
「犬とどうやってキスすんだよう」
洋司が言う。
たしかにそれは無理とわかり、カモは子犬の小さい胸をやさしく押し始めた。そして、
「ヒロ、こいつを温めたいんだけど」
そう言った。
ヒロは着ていたトレーナーを脱いで、子犬をそれでくるんだ。
しばらく、カモが人工呼吸をつづけていると、
「クーン」
子犬がかすかな声を出した。
「あっ、生き返った!」
ヒロと花織が同時にさけぶ。
子犬は目を開けた。ヒロのトレーナーからきょとんと出した首をブルルンと振った。思いがけず力強かった。
「よかった、助かった」
洋司が言った。
花織はぽろぽろ泣きだした。ヒロもつられて泣いた。
カモが子犬の頭をなでてやると、その手を小さな舌でぺろっとなめて返す。
「どうする、この犬」
カモが言うと、
「うちで飼う」
洋司が答えた。
花織が洋司のバイクの後部座席でしっかり抱いて運んだその子犬は、サブと名づけられ、その後、四人によくなついた。