第4章 喪ったもの 還らぬもの(4)
カモの事故死は、ヒロの友だちの雅美から電話で知らされた。
「バイクで、飛ばし過ぎ。カーブを曲がりきれず、ガードレールにガッツン。それでも止まらず、身体が放り出された。下は崖。首の骨が折れて、即死」
雅美は、まるで天気予報を告げるように言った。
電話を切ったあと、ヒロは厨房へ向かった。さっき電話をつないだカモの先輩をつかまえ、
「さっき、カモと何を話したの?」
と聞いた。先輩は、
「今日でバイトを辞めます。これからヒロに謝りにだけそちらに顔を出しに行きます。と、それだけ言ったよ」
そう答えた。
その先輩が車でヒロをカモの家まで連れて行ってくれた。
「生きてますように、生きてますように、カモが生きてますように」
助手席でヒロはなんども声に出して祈った。
先輩は、
「ヒロ、むりだ、もう死んだんだ」
と低い声で言った。
カモの家に着いた。
小学校時代からの仲間たちが、家の外でしゃがみこんで泣きじゃくっていた。それを見ないようにしてヒロは家の中に入る。
家の中には、消毒薬のような湿布薬のような匂いが満ちていた。その中に、カモが横たわっている。顔には白い布。
ヒロは気が遠くなった。次の瞬間には世界が真っ白になった。カモの顔にかけられている布のように。
ヒロは寝ているカモに近づき、その身体を強く揺さぶった。
「ふざけんなよー、何やってんだ、早く起きろよッ!」
あたりの空気がぶるぶる震えるほどの大声を出した。そしてカモの顔をなんども叩いた。
カモの母が、
「ヒロちゃん、おねがい、もうやめて」
と泣き叫ぶ声で、ふとヒロは我にかえった。
カモは今にも起き上がってきそうだった。その目から涙が落ちたように見えた。
カモの部屋に行くと、最後にカモが着ていた服が、ビニールの袋に入ってそっと横たえられていた。ヒロは中身を取り出す。そして血で染まったその服を胸に強く抱いた。抱きしめた。
うしろでおとなのだれかが、ひそひそ声で警察の事故調査の話をしていた。
「現場に急ブレーキの跡があったそうだよ。考えられるとしたら犬か猫が飛び出してきて、それをよけようとした……」
ヒロは血の気が引いた。
――犬でも猫でもない。それは、あたしだ……
そう思った。そうにちがいないと思った。
告別式の朝、ヒロは起きられなかった。
泣き疲れ、身体が溶け出していくようだった。いつの間にか、こんこんと眠り、だれも起こしてくれなかったので夕方まで眠りつづけた。そのため、火葬場へは行っていない。カモの遺骨もこの目で見ていない。だから、カモの死をヒロは身体の芯のほうで信じられずにいる。おそらく、一生……。
一ヶ月のあいだ、毎夜、ヒロはカモの夢を見た。
『ヒロ、ごめんな、ごめんな……』
ヒロの前にひざまずき、カモが泣き崩れる。
『なんで、あんたが謝るのよ! 悪いのは私だよ。あたし、カモに甘えてたんだよ。本当にごめんなさい』
ヒロも泣きながらカモの頭を抱きしめる。
いつまでも互いに謝り続けていた。
遠くにカモが見える。
――カモ、そこにいたんだね、今行くよ。
ヒロは呼びかけるが、カモは背中を見せたまま、何かを見つめている。
――何だろう。
すこし近づくと、オレンジ色の炎がカモの前で立ち、それがカモの頬にちらちら揺れて映っている。
――ああ、そうか。
ヒロはわかった。
カモは自分が燃やされるところをじっと見ていたのだ。