表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/77

第4章 喪ったもの 還らぬもの(3)

 その日は、夕方からアルバイトの日だった。

 気持をそっちへ向けさせるなんて、とうていできそうもなかったけれど、アルバイトをすっぽかす、ということは選択の中に入っていなかったから、ヒロは支度する。

 からだに質のわるい金属でも混じってしまったかのように、重くて鈍くてたまらない。

 ずるずるひきずるようにして、それでも遅刻せずに着いた。

 カモも、その日は出勤日だ。

 会ったら、どういう顔をしようか、とちらりと思った。

 二度とあたしの前にすがたを見せないで、とまで言ってしまったのに、その顔を見て、あたしは何て言えばいいんだろう。

 そう思いつつ、そのこころの底で、

――会いたいな。

 と、ずいぶん強く思っていることに、ヒロは自分で気づいていなかった。

 だが、カモはアルバイトに現れていなかった。

 ヒロはちょっとホッとした。

 それと同じくらい、ガッカリした。

 そしてそれ以上に、胸騒ぎがした。

 仕事が始まってから、一時間ほどして電話が鳴る。

 フロント係のヒロが出る。

 カモの声だ。ヒロはどきりとする。

「厨房につないでください」

 と消え入りそうな声でカモが言う。

「はい」

 とだけ言って、ヒロは電話を厨房へつないだ。カモと親しい厨房の先輩への伝言だったらしい。長い放心状態だったヒロは、謝ることなど忘れていた。決定的なチャンスを見逃したのだ。

 そのあと、いくどか電話が鳴り、そのつど配膳の手伝いで手が離せず、ヒロが電話を取れずにいると切れた。

 その日は、忙しかった。

 あとからあとから客が来て、ほとんど腰かけるヒマもなかった。

 ひとりの客に応対し終えたあとだった。あれは空耳というのだろう、ヒロの耳にくぐもった音が聞こえた気がした。

 ほんの一瞬で、それは具体的な言葉でもなく、なにやら溜息のようにも聞こえた。

 ヒロはまた胸騒ぎがした。

――何時だろう、いま……

 左手の腕時計をヒロは見る。

「あっ!」

 ベルトが切れ、はらりと、音も立てずに腕時計が床に落ちる。

 それをしばらく、拾いもせずにヒロは見降ろす。

――カモがいま……

 と唐突に思った。

 ずいぶん唐突だったけれど、みょうな確信があった。

「カモが死んだかも……」

 ヒロは同僚にそうつぶやいた。

「やめてよ、縁起でもない」

 同僚は笑顔でそう言ったが、すぐに笑顔は凍りつく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ