第3章 光をかかえた少年(4)
仲間がいっしょではないときもあった。
そんなときは、浜から川沿いを登っていくこともあった。
月が川面に映っている。それは、まるで金色の盆のように光っていた。その金色の盆は二人のバイクを追っかけてくる、走っても走ってもついてくる。
「いつかのカニもそうだったけどさあ、カモ」
ヒロは、ハンドルをにぎるカモに後部座席から大声をかけた。
「え? なに?」
カモも大声で返す。
「いつかのカニ!」
「おう、あのぞろぞろのッ!」
「そう、あれみたいだねッ!」
「なにがッ!」
「この月!」
「月がどうしたッ!」
「月もあたしたちにずっと付きまとってるッ!」
「ほんとだ!」
「こんばんはーッ」
ヒロが川面にあいさつすると、カモは左手をハンドルから離して夜空に高々とあげた。
カモと二人でいる時間は、ほんとうに心が満たされた。
もちろん、二人はまだくちびるを重ねることさえしてはいなかった。いや、いちどだけニアミスはあった。あれは川の水と遊んでいた夜だった。ヒロが石に足を取られて転びそうになったとき、カモがとっさに手を出して、引き寄せてくれた。
思いがけないほどのちからだったから、ヒロはぐんとからだごとカモの胸に激突した。そのからだをカモがかばった。ちょうど、抱きしめるようなかっこうになった。
ヒロはこまって、カモの顔を見上げる。
カモと目が合った。
「あ……」
とヒロは思った。
なにかを予感して、なにかを覚悟したような。
けれども、
「さ、さみいなあ。行こうか」
カモが目をそらし、すこし乱暴にヒロのからだを離し、ぐいぐいバイクのほうへ歩いて行ってしまった。ニアミスである。
そして、あの夜。
ひょっとしたら、あれがいちばんの危険域だったかもしれない。
二人は同じ塾に通っていた。
塾の先生でカモが惹かれていた先生がいた。角新一先生。カモは中学の卒業文集の尊敬する人の欄に「角新一」と書いたぐらいだ。塾の休憩時間、カモと仲間たちと角先生は、自転車一台に何人乗れるかにチャレンジしたりした。だんだん高度になっていくと、まるで中国雑技団のような芸当もできるようになった。
そういえば、カモが文集の「未来へのメッセージ」という欄にこういうセリフを書いていたことがあった。
「あの世で会おう!」
夜空に向かって叫ぶような響きを感じたことを、ヒロはおぼえている。
さてその夜。
昼間に強風が吹いたせいか、夜空がとびきりきれいだった。星座がはっきり見える。ヒロがそんなことを思いながら塾に着くと、やっぱりカモも同じことを考えていたらしい。顔を見てすぐにわかった。
「行く?」
ヒロが無言でカモの目を見た。
「もち」
カモも無言で答えた。
アイコンタクトだ。二人は、すぐに教室からそろって消えた。
二人で仰ぐと、やっぱり夜空はびっくりするほどきれいだった。
どこといって、とくに行く先のあてはない。何かに背を向けて逃げ出しているという気持ちではなかった。もっとやわらかく、あたたかい気持ち。
二人は、そのきれいな夜空の下で、はしゃぎまわった。
浜へも出たし、車道を手をつないで車すれすれに横断したり、小さな公園でブランコに乗ったり……へとへとになるまで、はしゃいだ。はしゃいでいるあいだじゅう、ずっとヒロはやわらかく、あたたかい気持ちがあふれていた。
けれども、その気持ちのすぐ下に、大きな哀しみのような気持ちがそっとこっちを向いているようで、ヒロはそれがとてもふしぎだった。
坂道を歩いた。
ヒロの胸に、ふいにそのころ流行っていた今井美樹の「Miss You」のフレーズが降りてくる。
これから、二人でどこか遠いところ、だれも知らないものすごく遠いところへ行ってしまってもいい。行ってしまいたい。そんな気分がヒロはふしぎだった。
そのとき、ふいに車のヘッドライトが強く光り、二人の影を濃く道に落とした。
二人は立ち止まる。
その横にぴたりと寄せた乗用車のウィンドウがするすると降りて、
「探したぞ」
静かな声が聞こえた。
カモの父だった。塾を二人で抜け出したことが、なぜか見透かされていた。父は町を探し回っていたらしい。
「乗りなさい」
二人はドアを開けて乗る。
なんでこうなるの、とヒロはがっかりした。でも、半分はほっとして、シートに浅く腰かけていた。