腐った魚の目をした男、異世界へ行く
星の数ほど人生を繰り返した中で一番の思い出は何だったのか……
スポーツ選手になって大会を優勝しまくって、世界中の美女を侍らせた人生?
世界の半分もの金融を牛耳った大富豪の人生?
人類が未だ足を踏み入れていない未開の地でサバイバルして生きていく人生?
それとも味気ない普通の人生?
思い出なんて人生それぞれだ。
比べるものなんてない。
だいたいの人生は当時の俺を楽しませたのは事実なのだから
俺は人生を何度も繰り返している。
記憶や能力を継承しながら、何度も同じ日々を過ごしているのだ。
やりたいことはやった。将来の夢を叶えた人生もあれば、最愛の恋人と結ばれた人生もある。戦争を一人で終わらせた人生もあったな。
何百、何千、何万以上の人生を繰り返してきた。中には絶望に染まった人生もいくつかあった。復讐を果たした人生や、果たせなかった人生もあった。もう、何回人生を繰り返したのかを数えるのをやめてしまった。今、生きている人生は果たして何回目の人生なのだろうか?
俺の名前は時亙健太。年齢は18歳で高校三年生だ。身長は179.8cm、体重は65kg。太ってもいないし、痩せてもいない。見た目は日本人特有の黒髪に黒い瞳。だが、その目は死んで腐った魚のような目をしている。
成績は常に平均的だ。まぁ、数え切れないほどの人生を繰り返し続けた記憶のおかげで、絶対記憶能力を持っている。成績が平均なのは、それが一番楽な人生を過ごせると記憶しているからだ。なので授業中は居眠りの常習犯でも問題ないのだ。
部活は帰宅部で、趣味は体験したことのないことを探すこと……まぁ、未体験なんてそう簡単には見つからないとは思うが。
この日も、いつもと変わらない日常を過ごすはずだった。学校に行き、授業中に居眠りをして怠惰な時間を過ごし、下校した。その後、家に帰る帰宅路の途中にある公園の横を歩いていて、何となく違和感を感じて公園を見た。
そして、見てしまった。
幾万も幾千も繰り返した人生で一度も見たことがないもの。それは公園の中央にポツンと現れた魔方陣だった。魔方陣はまばゆい光を放ちながら、まるでその場に存在すること自体が特別な意味を持っているかのようだった。
その魔方陣は、俺の学校と違う制服を着た男子高校生を飲み込んでいた。これはライトノベルでいうところのテンプレ……じゃなくて、典型的な展開ってやつか。飲み込まれた二人の男子高校生は、勇者として召喚されたのだろう。
まさにテンプレ。まさに非現実的。しかし、それが面白い。
「そう言えば、まだファンタジーな人生は体験してなかったな。」
二人を飲み込んだ魔方陣が徐々に光を弱め、点滅していく。役割を終え、消えようとしているみたいだ。これはチャンスだ。
「消える前に、イベントに俺も参加させてもらおう。」
――――――――――――――身体能力制御『手加減』 3%解放。
ドンッ!
歩道のアスファルトが踏み砕かれ、俺の姿が霞む。俺は自ら魔方陣に飛び込んだのだ。
「俺の好奇心を満たす未知へと連れて行け。」
点滅していた魔方陣が一瞬、強く輝く。眩しい光が俺を包み込み、全てが白に染まった。意識が遠のく感覚の中、期待と不安が入り混じる。
光が消えると、公園には誰もいなくなった。かくして、人生を幾多にも繰り返した男は、色々な意味でこの世界から消えた。
「なるほど、それで君はここに来たのか。」
白い空間に一人の老人がいた。俺は突然、魔方陣の光に包まれ、目を開けたらこの白い空間にいたのである。どうやら目の前の老人は神様的な存在らしい。テンプレであるな……と納得していた俺に対し、いきなり神様らしき老人はそう呟いた。
そんな突然のカミングアウトに驚いた俺を見て、老人はケラケラと笑っている。
「別にそんなに驚くことでもあるまい。」
「いや、まぁそうなんだがな。いきなりのカミングアウトは驚くだろ普通……」
俺は頭を掻いてそう答えた。まぁ、別にテンプレには驚かないさ……しかし、神様って本当にいたんだなと感心しただけだよ。
「して、神に願いがあるか?人間よ。」
俺の答えに対して特に興味もなさそうに神は聞いてきた。そう言えば、異世界に召喚されたであろうあの二人はどうなったのだろうか?そんな疑問が浮かんだが、今はどうでもいいかと思い、俺は神に願いを言った。
「願いって、俺がファンタジーな世界で生きていけるってこと?」
「うむ。」
「……なら、現地の言葉と文字の知識を俺にくれ。あと、ファンタジー世界ってことなら魔物など、地球にはいない危険生物がいるだろうから、魔法の才能も欲しい。」
「了解した。だが、それだけでいいのか?過去に異世界へ渡った者はチートとやらを願ったが、お前は言葉と文字、魔法の才能だけで本当にいいのか?」
まぁ、異世界召喚されて勇者になんてなりたくないし……俺は普通でいたいから、これでいいだろう。何度も繰り返した人生のせいで、普通にしているだけでも十分俺は変人扱いされ、避けられていたしな。
「もう一度聞くが、本当にこれで良いのか?」
神は俺に聞いてきたが、それでいいと俺は頷いた。あとはそうだな……あっ!1つだけ聞きたいことがあったな。
「なぁ、神様……あんたの名前は何だ?」
これが一番大切なことだった。これから異世界で暮らすことになるのだ。この世界の神の名前を知らないのは失礼だろう。
「儂の名か?儂の名は……そうじゃの~……」
老人は何かを考えるように顎に手を当てた後にニヤッと笑って俺に言った。
「好きに呼んでくれて構わんよ。」
好きにって何だよ!名前くらい教えろよ!と思ったが、神様なんだから何でもアリかと納得して、これ以上考えるのをやめた。しょうがない、好きな前でいいと言われたから、これから神様のことを「ゼウス様」と呼ぶことにしよう。地球でもポピュラーな神様だからな。
「では、これから異世界へと旅立つがよい。」
ゼウスのその言葉と共に、俺の体が光だした。これは転移って奴か……段々と意識が薄れていく。あぁ~何か忘れてるような……まぁいいか、今はとりあえず眠ろう。
こうして、何度も人生を繰り返したチート男がファンタジーな世界で生きていく物語が始まるのであった。
『願わくば、あの者が何者にも縛られず、自由に生きられますように。』
そんなゼウスの呟きは、誰の耳にも届かずに消えていった。