Line.2 伝える、応える、答える。握手成功?
通されたのは普通の応接室だった。置いてるソファとテーブルは木製の単純なもので、飾りっ気のない内装も相まってなんかこう…良く言えば質素倹約、悪く言えば貧乏くさい雰囲気を醸し出してる。
檻の中から出たばかりなのによくこんなケチを付けれるなと我ながら感心する。目の前の三人が俺と同レベルで困惑しているように感じるおかげだろうか。とりあえず彼らが俺を誘拐した、ってことはなさそう。
『******、*******。』
「あ、はい。」
言葉はわからないが、ジェスチャーで座れって言われたので椅子に座ると、三人が向こう側に並んで座り、一番年長の男性が引き続き話しかけてくる。
『***ラ*。**ラ*?』
「えーと……キャンユースピークイングリッシュ?」
『ンー………』
困った。全員が困り果てている。「なんかよくわからないから話し合おう」という意志が感じ取れる。だが話が言語学的に通じない。俺に敵意や害意がないのはほっとするけど、これはこれで困る。大体本当に何が起きてるんだこれ、なんで仕事をしてたと思ったらいきなり異国の檻に放り込まれなければならないんだが。実はここに至るまでの記憶が抜き取られてるとか、あるいは異世界召喚でもされたみたいな状況だな、おい。俺はリアルと創作の区別が出来る人間だと思うが、こんな状況は流石に俺のリアルと照らし合わせても答えが得られない。
『*』
「んあ?」
『ニョン。ドイ、デン、ニョン。』
手のひらを自分の胸元に置いて、一番若い子が俺に語りかける。一音節、一音節と、はっきりと発音する。
歳は十六歳ぐらいだろうか。まっすぐ伸びる艶のある長い黒髪に、隣と比べると些か色白く、日本人に近い肌の色。大きい黒目はしっかりと俺を見つめて、言葉を紡ぐ。
『ニョン。ゾン。ホァ。』
まず自分に。次に男性に、更に次は年長の女性に、手で示す。それに応じて、はっきりと発音する。
そして最後は、俺に。
『アイン、デン、ラ、ジ?』
えっと。常識的に考えよう。「ニョン」って言う時に、彼女は必ず自分を示した。つまり彼女は「ニョン」なのだ。初対面の人に、いきなり人とか、女とかいう言葉を教えるわけもない。だったら、それは彼女の名前か、職名か、それに準ずるなにかだろう。
「ちょ、ちょっと待ってね」
そうだ、俺はみんなと初対面だ。初対面なら、自己紹介から始めるのは至極当然のことだろう。
つまりだ、ここにいるのがニョンさん、ゾンさん、ホァさんってことだな?最後のはわからないけど、多分流れ的に俺に名前を聞いているんだな?
――この間、実に1分である。
気付いたら俺は片手を突き出し、「待った」のジェスチャーを取っていた。なにこれ恥ずかしい。コホン。
「神崎。神崎燦と言います。」
『*、*ー……』
あれ?なんかニョンさんに困った表情されたんですけど。なんか間違えた?そんな馬鹿な、俺の完璧な推理が……
『*****?ニョー~ン。フォーン、ティー~、ニョー~ン。』
両手の手のひらを下に振り、めっちゃゆっくりと長引いた自分の名前を繰り返す。あ、これ聞き取れなかったからもっとゆっくり言えってやつや。
「あ、ごめん。コホン。神崎。カーアーンーザーキー。」
一音節、一音節と、ゆっくり発音する。
『カン、ザー、キー?』
「そう。かんざき。神崎。」
『カンザーキー!』
ぱあああと、花が咲くような笑顔になるニョン。何この子かわいい。キレのある吊り目も笑うと険がなくて単純に凛々し…いやそうじゃなくて。
『****!********、*********!****……ァ』
うん、そんなに一気に喋られると何もわからんのです。でもぽっとちょっと顔を赤くするこの子かわいいね。
『アイン、キー』
「うぇ?」
今度はホァさんに話しかけられた。
『ドイ、デン、ラ、ホァ。』
「ホァさん……でいいですよね?」
ほっとした様子で、ホァさんが微笑み返す。となると……
「ゾンさん、かな?」
『*。ドイ、デン、ラ、ゾン。*、*、グイ、アイン、キー。』
おお、通じてる通じてる。さっきから繰り返されてるこの「ドイ、デン、ラ」は「私は」みたいな意味なのかな。冴えてるな、俺の語学力。
『**!アインキー、アインキー』
興奮した様子で、ニョンが手を握ってきた。両手で俺の片手を包むような形だけど、ここは握手が普通じゃないですかね?あとニョンさんや、そんなキラキラとした目で見られても、俺は君の名前以外聞き取れないんだ……ていうかアインキーってなに?俺のことらしいけど、さっきカンザキってちゃんと言えてなかったっけ?
「アインキー違う。神崎。カ、ン、ザ、キ。」
『?』
通じないか。ジェスチャーも混ぜよう。「アインキー」と言うのと共に手を振る。自分に指差して、「カンザキ」と。
『『『???』』』
なぜ自分の名前を訂正しようとしたらそんな不思議な目で見られるのか、誰か教えてくれ………
みんなが蔑ろにしてる言語の壁さんを活躍させたいだけの人生だった……