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狭間に漂うハイツ

作者: 小道けいな

 提出期限ぎりぎりですが、書いたので載せることにしました。勢いって重要ですね。

●雄太は見える、佐助は見えない

 近所に住むから何かとよく遊ぶことのある雄太と佐助は夏休み前の大仕事にかかっていた。

 学校に置いてある教材の持ち帰り。女の子はこまめに持って帰る子もいるし、親が運んでくれる子もいる。雄太と佐助はぎりぎりまで持って帰らず、自力でどうにかするしかなかった。

 佐助の母親は「手伝おうか」と言ったが、佐助が「かっこ悪い」と言ったという。

 その話を聞いて雄太は「もったいない」と思うと同時に佐助がかっこよく思えた。

 雄太はなんでもそこそこで目立たないタイプであり、佐助は勉強は得意ではないが活発でいたずらもするタイプ。正反対に思えるが、ちょうどないところを補うためか互いに居心地がよかったから一緒にいる。

 二人の通学路には裏野ハイツという賃貸の建物がある。

 この建物に関して雄太は話題にしたくはない。建物自体は古くても手入れが行き届ききれいなのだが、雄太には薄暗くどこか闇に沈んで見えた。時々見かける住民も笑顔でも暗くできれば近づきたくない雰囲気がするのだった。

「なあ、ここのちっこいの可愛いよな」

「え? ちっこいの?」

「お前が塾の日にあったんだけど、103号室に男の子がいて、たまたま遊んでやったんだ」

「え? 怖くない?」

「は? なんで?」

 雄太は思わず口にしてハッとする。

「だって、ここ出るて話あるし」

「ちっこいのは関係ないじゃん! 大体、出るって言っても、夜だろう? あー、お前、ゆーれいが怖いんだ」

「……ち、ちがうよ!」

「嘘だー、ゆーれいとかおばけ怖いんだ」

「そんなことない!」

 雄太はからかわれるとむきになる。思わず拳をあげそうになるが、荷物があって何もできなかった。

「そんなに怒るなよ。ごめん」

「うん、ぼくこそごめん」

 佐助はすぐに謝る、やりすぎると。雄太もこのタイミングで自分のやりすぎに気づき謝っておく。

 これであいこ。

「遊んであげるってわざわざ?」

「ああ、なんか、ママが用があってパート先に行くっていうのに、その子がぐずっているとかで」

「……責任重大じゃない」

「でも、30分もしたら戻ってくるというから、おれでよければって」

「おひとよしだな」

「あ、おかしおいしかったし」

 佐助が舌を出した。恥ずかしさを隠すように、それが目的だったと思わせるように。だから、雄太も乗る「菓子が目当てか! かわいそ、その子」とからかっておいた。

「で、30分で戻ってきたよ、おばさん。助かったってさ。その間に、ちっこいのなついちゃって」

「へぇ、じゃ、また行く約束したの?」

 雄太は「行かないほうがいいんじゃないかな」という言葉を必死に飲み込んだ。嫌な予感がするからというだけでは引き留められない。知らない人だよね、というのももう難しい。訪れて「知っちゃっている」から。

「今度公園で一緒に遊ぼうって約束した。お前も、一日中塾じゃねぇだろ?」

「あ、うん。そういうことね。良かった」

「良かった?」

「あ、いや、ほら、さ、知らない人の家みたいなものじゃない? いい人らしいけど、怖いかなって」

「あー弱虫」

「違う」

「……ごめん。でもそうだよな。一番普通の奴が危ないて、ママたちがニュース見て言ってる」

 佐助は大人びた表情で言った。

「うん。あ、塾がない日もあるから。まだ、ぼく、そこまで本格的に受験勉強してないよ」

 雄太だって遊びたい。塾に行っているのだって、行っている子が多いからという面もある。親も勉強の癖がつくことを願って入れているだけで、まだ中学受験をするかもわからないのだ。

 裏野ハイツは雄太にとって気持ち悪いところではある。そこの住人も奇妙に映るが、公園で他の子とも遊ぶなら構わない。


●子供の名前

 公園で遊んだとき、ハイツに住むという母親と子は違和感と普通を持ち合わせていた。

 普通だと思ったのは、母子が笑ったり怒ったりすることがあるとしても、雄太が知るような母と子の関係に見えたからだ。

「家だと静かにするように言ってあるの。その代わり、外では約束は守って何をしてもいいって決めてるのよ」

 そう母親は言う。その通りで、子は日差しで熱する寸前の滑り台を一人で登って滑る。誰もいないとこっそり逆走する。これはやってはいけないとはいえ、雄太だったやったことがある。滑るところを登るという悪いことであり、冒険なのだ。

 ブランコにのると「もっと、もっと」とこぐのをせがむ。それ以上やったら天と地が逆さになるか、一回転するのではというほど漕がされた。不満そうだが、雄太も佐助も他の子も、途中でやめる。

「危ないから」

「さすがにねぇ」

 鬼ごっこをすればしたで「みそっかす」とその子をしたけど、一人前に走り回り、捕まえるように言ったり元気だった。雄太たちが遊んであげているどころか、遊ばれている感じである。

 奇妙な点はわずかだが、雄太に裏野ハイツは怖いを思い出させるきっかけとなっている。

 母子を明るいところで見ているのに、なぜか暗がりにいるように見えた。雄太は慌てて水筒に入っている飲み物を含む。熱中症になったのかもと思うから。しかし、母子が暗く沈んで見える以外、何ともなかった。

 鬼ごっこその子供を捕まえたときヒヤリとしていたことだ。汗をかくと表面が乾いて冷えると教わったが、それにしても冷たかったのだ。雄太の従兄弟もこの子供くらいの時があったが、走り回るとどこかしら熱をはしていたのだった。汗ばむということもこの子供はないようだった。

 でも元気そうなのでおかしいことはないのかもしれないと雄太は考える。

「そういえば、この子の名前は」

 遊んでいる最中に誰も聞かなかったけど、別れ際に誰かが不意に尋ねた。

「サスケっていうのよ」

「さすけー、さすけー」

 こどもが嬉しそうに叫んだ。

「ええ? 俺と同じ名前だったのか?」

 佐助は驚いているが嬉しそうにしゃがんでサスケを抱き上げた。

「さすけー」

 雄太は違和感を覚える。自分の名前をこれまで一度も言わなかった子が、突然「サスケ」を連呼し始めたからだ。

 親が言ったからまねをしてずっと言っているだけかもしれない。

(子供ってそういうことあるもんな)

 雄太はそう思った。

 その後、雄太は塾に行き、帰宅後は家族と食事をとった。

 裏野ハイツの住人としゃべっただけで、特に何もない平和な出来事。

 寝る前に電話がかかるまでは。

 母親同士メールのやり取りが多いため、家の電話にかかってくるのは珍しい。

「セールスかしら」

「こんな時間だぞ?」

 雄太の母と父は困惑しつつ、嫌な予感を受話器を取った。

 電話に出た父親が驚いた表情になる。

「ちょっと待ってください、今雄太に聞いてみます」

 保留ボタンを押し、父親は雄太に向く。

「なあ、雄太、佐助君がどこか行くかわかるかい? 戻っていないっていうんだ?」

「え?」

 雄太は今日遊んだメンバーの名前を挙げた。父親はそれを聞いて、電話に戻る。

「――全員に聞いてうちなんですね。ええ、心当たりがあれば……」

「あ、裏野ハイツの子がいたよ」

 雄太は父親の声を聴きつつ思い出したように告げた。

 話からすると雄太が帰った後もいたメンバーに電話を先にしている。なら、雄太以外でいた人物はあの「サスケ」と母親だ。

「あ、今、息子がいうには『裏野ハイツ』の子がいたそうです――どこの子かわかるかい?」

 父親は受話器の下のマイク部分を手でふさぎ、雄太に尋ねる。

「103号の子だよ。三歳くらいでサスケっていう名前なんだって」

 父親は説明通り電話の相手、佐助の母親か父親に話した。

「わかりました。何かあれば連絡します」

 父親は受話器を置いた。

「……お父さん」

「佐助君がまだ帰ってこないんだってさ。夏休みそうそうに元気だな」

 明るくふるまうように言う。

「さ、お前は寝なさい。どうせ、明日には『神社まで行っちゃった』とかいう佐助君の連絡あるさ」

 佐助は元気がよく、去年、一人で遠くまで行ったことがある。ただし、それは同行していた雄太が座り込んでしまったために断念して帰ってきたのだ。夜7時過ぎになったために、叱られたのだった。

「うん、そうだね」

 ありえそうだが、違うと雄太は思った。あの母子が頭から離れなかった。

 そして、佐助は死体となって見つかった。密室で誰も住んでいない裏野ハイツの203号室で。


●裏野ハイツの住人

 ニュースを見る雄太は裏野ハイツの映り方が普通だったので驚いた。画面を通すと怖いところは消えるのかもしれない。

「……ニュース消そうか?」

「ううん。いい。どうせ違うニュースになるから」

「しっかりしているな」

 母親と父親が苦笑する。

「ぼくがもっとちゃんと『変だ』って言っていたらよかったかなって」

「え?」

 思わす雄太の口をつくのは裏野ハイツの奇妙さだった。それを聞いて母親は顔を曇らせ、父親は怒りを浮かべた後笑いを作る。

「何言ってんだ! 大体、そんな変なところってないだろう? 霊感があるとかいうのか?」

「ゆーれいとか見たことないから」

「ないだろう? ほら、恐れることはないんだ。ただ、ちょっと日陰だからそう見えたんじゃないか? 父さんはあそこの人と時々帰り道一緒になるけどいい人だし、きれいな建物じゃないか古いのに」

 諭すようにしゃべる。

「雄太もそう見えるのね」

「何言ってんだお前」

「あ、いえ、あのハイツ、結構、薄暗くて寒い感じがするのよ」

 雄太は母親を驚きの目で見た。

「まさか雄太も同じように見ていると思わなかったわ」

「おいおい、そんな霊感あるみたいな話するなよ。そう見えない俺がおかしいみたいじゃないか」

「霊感はないのよ? むしろ、そう見える私のほうがおかしいのかもって思っていたの。でも、これはわからなくなったわね」

 母親は微笑む。

「佐助もお父さんと同じこと言ってた」

「なんだて? なんか不吉だな」

「……あ、ごめん」

「何言ってんだ。大体、佐助君と俺では大きさも違うし行動も違う。犯人はこんな大人を狙わないだろう」

「そうだよね……。やっぱり佐助、殺されたの?」

「……と言われているが」

 ニュースでは目立った外傷がないと言われている。どうやって部屋の中に入ったかも不明。そのために侵入経路や管理会社が警察によってしつこく調べられているだろうと想像ついた。

 奇妙とはいえあの子も怖い思いをしているのかと思うとさすがに雄太は悲しくなった。寄ってみてみようかとも思うが、警察がいて出入りを規制をしているというため無理だとわかった。

「犯人捕まるといいな、早く」

 夏休みであるから、余計につまらない。

「そうね。親同士でも時間があれば見回るって話が上がるかも」

 それをさせられることになるだろう母がため息をついた。


●小さな神社

 佐助の葬儀が終わって、雄太はようやく「佐助が死んだ」というのを理解した。葬儀に出てもまだ混乱はしている。

 犯人は見つかっていないし、侵入経路もわかっていない。

 佐助の死因は、突然の心臓停止。病気出あったのかもしれないが、それらしい診断結果もなかった。心不全としかいえないと解剖した医者は言ったという。

 苦しくはなかったようで表情は穏やかだったと誰もが言っていた。

 雄太は「苦しくないならいいけど、もう遊べないんだ。学校にも一人で行き来しないといけないんだ」と現実を考えて悲しくなってくる。じわりじわりと身近なことを考えると募る悲しみ。

 ニュースで連日のように奇妙な事件を取り上げていたが、進展がなく関心は薄れる。

 葬儀を境に雄太はニュースで事件を聞かなくなった。

 祖父母の家に遊びに行ったり、雄太は気分転換する機会があった。祖父母の家に来た従兄弟たちと山の中を走りわり楽しく過ごした。ふとしたことで佐助を思い出すが、いとこたちと馬鹿なことをやっていると忘れるというのを繰り返す。

 古い神社があった。境内で遊び、雄太はなんとなく奥に進んだ。鳥や虫の音以外はしないため怖くなるが、冒険している気分になり少し進んだ。

 神社の奥にある祠のような朽ちかけたような建物があるところに出た。人が入ることはできない小さな建物。

 それでもきちんと掃除され、磨かれている。

 裏野ハイツより明るく見える、と雄太は思った。

「何を見ているのかな?」

「……あ、ごめんなさい」

 振り返ると年老いた神主のような男が立っていた。相当な年寄りで白髪にヤギのような髭、ふさふさとして垂れる眉をが特徴の老人だ。

「謝らずともよい。もし、おぬしがいたずらしようとしていたなら、わしが来たことで悪いことをしなくて済んだと喜ぶがいい」

「あ、悪いことはしません。ただ、見てただけです」

「そうか、それは構わない。神も人が来て、祈ることが力となる、糧となる。見て見る、隣人として」

「祈ると力になる?」

「まあ極端にいうとな。例えば、学校でかけっこをするとする。応援されるのと、みんなに無視されるのどっちがいい?」

「そっとしてほしいかな……」

「運動会で、たのチームは応援があるときは?」

「あってほしいかも」

「それと同じだと思いなさい。神様だって忘れられたくはない」

「あ、そっか」

 老人は笑う。

 雄太はこの老人がいると心が温かくなると気づいた。

「あの、ピロピロは何ですか?」

「しめ縄のことかな?」

「はい」

「そこは境界を示しているのだよ」

「境界」

「ここは我々のいるところ、そこから先は神の土地。つまり、家の門と同じだ」

 雄太はうなずいた。

「ねえ、神主さん。変な建物ってあるかな」

「へんな?」

 白くふさふさした眉がピクリと上がった。

 裏野ハイツの名前は出さずに説明した。

「近づかないほうがいいかもしれない。そこは、あの世との接点か、異界の住人がどこかに住む場所かもしれない」

「……危険ってこと?」

「ああ。もちろん、何も知らないで住んでいて、安全かもしれない。知ってしまうと危険かもしれない。だから、坊や、そう思ったことはできるだけ忘れなさい」

「……うん」

「困ったことがあれば、ここの神社に来ればわしが力になろう、できる限りな」

「ありがとう、おじいさん。おじいさん、エクソシスト?」

 老人はキョトンとした顔になったが、言われた意味を理解して呵々大笑した。

「違う違う。エクソシストと来たか。でもまあ、相談には乗れる、ただの爺さんだよ」

 雄太は安堵した。相談ができたことで胸の中のつかえも取れたから。より怖い話も聞いたが、一人でそこを通るだけなら、忘れることはできるだろうと考えたのだった。

 祖父母の家には両親が最後の二泊三日にやってきた。いとこたちとおじやおばたちとも騒ぎ、楽しいひと時を過ごしたのだった。


●近づく異界

 裏野ハイツのことをふと思い出しても、それ以上はなかった。

 変だと思ったとしても、ただの住民だと思うとそれほど怖くはなかった。別に取って食われるわけではないのだから。

 時々あの「サスケ」とその親も見かけるが、影が薄いなとかその程度だった。

 新学期も始まったある日、父が「駅前で飲んでくる」とメール連絡があったと母がぼやいていた。どうも突然だったために起こっているようだ。父親は会社の飲み会があっても前もって、前日より前にわかっている時点で母に伝えるらしい。そのために、今回のような不意打ちは腹が立つそうだ。当日でも早い時間に教えてくれるのだという。

 怒っている母の理由は「明日の昼はこれよね」ということなので、予定が変わるということに関してのようだ。

 雄太はその日父親に会わず、翌朝に話を聞くこととなる。

「裏野さんのとこの一階の一号室の人なんだ。どうも同じ系統の仕事をしているって」

「知り合ったの?」

 雄太が驚いて尋ねる。

「ああ、ちょうどあの人が書類を落として、それを拾った縁で。互いに、よく会うねってことになってね」

「そっか」

 それで飲みに行ったのだという。

「なかなか会社以外の友人ってできないからな」

 母はそれを聞いて「仕方がないものね。でもいいことよ、近所だもの」と同意はしている。ただ、雄太の目には母の困惑が見えた。

 話はいろいろつながる。楽しかったらしいが雄太にはわからないことばかりだ。

「そうそう、その人の名前がなんと父さんと同じだったんだよ」

「え?」

「いやー、そんな偶然あるなんて」

 雄太は真っ青になる。

 まるで佐助の状況をなぞっているみたいだったから。

「お父さん、気を付けてね」

「……なんだい、藪から棒に」

「だって」

 なんといっていいのか雄太はわからない、怒られそうで口を開けない。

「ほら、雄太、学校遅れるわよ」

 母に助け舟を出された。母は気づいているに違いない。

「行ってきます」

 雄太は歯磨きをして出かけた。

 そして、数日何も起こらない。大人と子供では違うのか、本当に偶然だったのかと安堵し始めていた。

 雄太は帰宅すると、泣き崩れる母に迎えられた。夏にあったばかりの祖父母がやってきている。

「どうしたの?」

 落ち着いて聞いてという切り出しからして不安しかなかった。

「わからないのよ。交通事故を起こしたという話を聞いていたのだけど、見つかったのはあの裏野ハイツの203号室だったのよ」

「やっぱり、おかしいよ、あのハイツ!」

 雄太を母は抱きしめて泣いた。母にしがみついて雄太も泣いた。力不足の己を呪い、気持ちが悪いハイツにおびえた。


●決別

 父の遺骨を墓に収めるとき、祖父母の家に行った。そこであの神社に向かう。

 神社の神主に「おじいさんはいますか?」と問うが「いない」といわれた。

「じゃ、小さいほうにいるの?」

「……ヤギ髭っていうことは私の祖父のことだよ? だけどあの人は君が生まれる以上前に死んでいるんだ」

 だから知るはずはない、と。

「そんな! 夏休み来たとき、困ったことがあれば会いにおいでって」

 神主は途方に暮れる雄太を社殿に招き入れた。お茶とお菓子を出して、落ち着かせる。

「祖父のように役に立つかわからないけれど、話は聞くよ? 私もここの神社の者だからね」

 雄太はどこか笑顔が似ている神主に話をした。彼は笑いもせず、「つらかったね」「大変だったね」という相槌はうつ。そのため、雄太の心も軽くなっていく。

「そう、本当にそれが何か悪いやつの仕業か、分からない。一番いいのはここにしばらく住むこと。君は忘れて過ごせる。家に戻っても大丈夫だよ? その場合は、そのハイツのことは忘れること」

「うん」

「そこにはいったのかい?」

「行かない。だって、お父さんが死んで怖くて」

「そう、それでいいよ。もし、君からそこが怖くないってことになったら、きっと君も終わりがくるのだろうから」

「……お迎えってこと?」

「……そういうことかな。でも、誰かが行くからって下手にさえぎると危険かもしれない」

「危険?」

「君が邪魔をする悪いやつだって」

 雄太は驚く、むしろ悪いのはそいつらではないか、と。

「どっちが先かわからないから。もちろん、私だって君がそこに行こうとしたら止めたいと思う。だけど、怖いものが、たぶん、私だけでなく、この神社に関係する人すべてを不幸にすると思うんだ」

「……そ、そんなに怖いものがいるの?」

「そうだね。怖いものではないのかもしれないけど」

「だって、大切な人が連れて行かれちゃうんだよ」

「寿命が来るから迎えに来るのかもしれないよ」

「え?」

「君の友達も父親も、寿命が終わる、だから迎えが来た」

「そんな」

「生の終わりは来る。それを迎えに来る死神もいる。邪魔すると怒る……理解できる君は苦しむことにはなる」

 神主は雄太の涙に気づいて寂しそうに言う。

「力になれくてごめんね」

「ううん。神主さん、ありがとう」

 雄太は神主に手を振って別れた。

 それが何かわからない。ただ、突然死んだ友人も父も苦しんだ形跡はないのだから、悪いやつらとは限らない。それに、もし悪いやつらでもどうしていいのかわからない、力がないから。

「わからなくなっちゃった」

 雄太は溜息を洩らした。

 母と帰宅後、またあの家に住む。

 あの奇妙なところには近づかないようにして。近づかなくても生活はできるから。

 ただ、不意に目に入った。

 古いはずなのにきれいで、朝に日に輝く裏野ハイツが――。

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― 新着の感想 ―
[一言] 憑きもの落としって難しいなぁ、と思います。 最初におじいさんが出てきて、その後におじさんが出てくる事で、 神的な存在から現実の存在に移行させる事が出来、 読んでいるこちらにとってもとても良か…
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