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DAWN  作者: パチを。
2/2

依頼

たぶん飽きて未完になるんじゃないですかね(名推理)


 夢を見ていた。何か、赤い夢を。

 思い出そうとしても、そもそも何を見ていたのか、靄がかかったように掴めない。

 何か思い出しそうで思い出せないあのこそばゆい感覚が脳を蝕む。

 こういう時には絶対に思い出せない。観念して支度をしようと立ち上がる。

 朝食にはパンと目玉焼き。あとは気分でコーヒーを淹れる。

 冬の寒い朝。鳥の囀りも心なしかおとなしく感じられる。落ち着いた気分と、静かな朝食。

 朝の通勤ラッシュは過ぎたにせよ、まだ東のビジネス街などは慌ただしい時間だろう。

 自分もうかうかはしていられない。

 朝食をしっかり咀嚼すると、自宅兼事務所の鍵を開ける。

 「東探偵事務所」の看板は、先代のここの持ち主のものだ。

 親代わりでもあった先代は既に隠居しており、今は自分がこの探偵事務所を切り盛りしている。

 依頼人が来ない場合は、新聞を読むか、頼まれた依頼をこなすか、その依頼の報告書をまとめている。

 今日は、先週頼まれた不倫調査の中間報告をまとめるのがメインだ。

 といっても、依頼人である奥さんが証拠になりそうなメールの写真などを持ってきてくれたおかげで、自分の仕事は殆どないに等しかった。

 頼まれたのは不倫現場を押さえる事だけ。それにしても驚くほど簡単に済んでしまったので、初めての中間報告が最終報告となりそうだ。

 カタカタとパソコンのキーボードを叩く音だけが事務所に響く。

 寂しくないといえば嘘になるが、こういう静かな雰囲気も楽しめる程度には一人に慣れてきた。

 そういえばいつから依頼人以外の人物と話していないかと考え、やめた。

 この街で依頼人以上に仲のいい人間はいなかった。考えても悲しくなるだけだ。

 依頼人ですら、依頼が終われば自分とは赤の他人だ。彼らは依頼後に自分と積極的にコンタクトは取らないし、自分も取らない。

 探偵と付き合いがあるということは、あまりいいことではないだろう。

 そうこう考えを巡らせながらも、一応報告書はひと段落し、またコーヒーでもいれようと立ち上がる。

 苦手だったコーヒーも、無理をして飲むうちに、何ともなくなった。

 先代には何度もバカにされたものだったが、当時の自分の探偵像は、コーヒーを飲む渋い中年だったのだ。

 渋い中年にはなれなくても、コーヒーくらいは飲めるようになりたいと、よく淹れた。

 結局そのイメージは、イメージでしかなかったが。

 立ち上がったついでに伸びをすると、ポキポキと小気味よく骨が鳴った。

 同時に、カラカラと乾いた扉の音が聞こえた。

 どうやら依頼人が来たようだ。

 私は長く伸びた髪をゴムで手早くまとめると、事務所の方に向かった。



「…探偵さんって女性だったんですね」


 開口一番、彼女はそう言った。

 無理もない。「東探偵事務所」なんて名前だと、大抵の人は中年の男性が出てくるだろうと思う。自分だってそう思う。


「ええ。もし何かご不満があるようでしたらおっしゃってください。なるべく対応致しますので」


 自分が女であることに驚く依頼人は多く、最初は殆どがそうだった。

 中には女だからと見下したり、露骨に嫌な顔をする依頼人もいた。

 ただ、自分はどの依頼にも全力で取り組んできたし、それを裏付けるように実績も、依頼も増えてきた。

 最近では、女だから逆に話しやすいと、女性特有のデリケートな依頼も多くなってきた。

 だから、こういう反応をされるのは久々だ。

 自分がまだまだ駆け出しだった頃の記憶が思い出される。


「あ、ごめんなさい。特に不満があって言ったのではないんです。ちょっと驚いてしまって」

「いえ、お気になさらず。どうぞ、そちらに」


 彼女を椅子に座るように促すと、小さく会釈して彼女は座った。

 見た目の第一印象は良い。身に付けているものは派手ではないが上等なものであるのが一目で分かるし、それを鼻にかけない立ち振る舞いができるのも、彼女の育ちの良さであろう。

 常に余裕のある笑みを浮かべていて、器量も良い。年齢はせいぜい二十代後半だろう。

 一言で言うなら「男受けしそうなお嬢様」だ。


「本日はお立ち寄り頂きまして有難うございます。私は、この事務所で探偵をしている東雲薫です」


 名刺を差し出しながら、私は自己紹介をする。


「あら、シノノメさん、ですか?こちらはアズマ探偵事務所だと思っていたんですが…」

 

 これも、もう何回も繰り返したやり取りだ。


「はい。ここはアズマ探偵事務所で間違いありません」

「では、アズマさんはどちらに?」


 私の答えに、彼女は小首を傾げながら問いかけを重ねる。

 これを素でやっているのなら大したものだ。

 女性の友達からはさぞ疎まれているに違いない。

 全部自分の勝手な想像だが。


「東は先代の探偵です。彼が隠居する際に、この事務所を譲り受けました」

「まあ、では東さんと東雲さんは仲がよろしいのですね」

「ええ、まあ」


 彼女と会話しながら、私はやりにくさを感じていた。

 女性と話すのは別段苦手ではないが、彼女たちは全く内容のない話を延々と続ける。

 それも、さもそれが目的のように。

 私にはどうもそれが合わないようだ。いや、私も一応女ではあるが。

 どうやら私の思考回路は、長い先代との生活の中で完全に男のそれになっているようだ。

 だが、これも依頼の一部。つまり仕事だ。優秀な探偵になるには仕事は完璧にこなさなければならない。


「で、ご依頼は何でしょうか」


 これ以上は無駄な話だ。早々に彼女の話を切って依頼を促す。

 彼女は物足りなさそうにこちらを見たが、小さく息を吐くと、その口を開いた。


「先日保管していた書類がなくなってしまいましたの。どうにも家を探してもみつかりませんので、こうして訪ねた次第です」


 物探しも立派な探偵の職務の一部だ。断る理由はないが、一応確認はしておかなければならない。


「警察などには連絡されたんですか?」


 特に問題のある発言ではなかったように思うが、彼女は困ったような顔をして、私を見つめた。


「警察の方では、こういったことで動いていただけないかと思いまして…」

「ご自宅を探されてないということは窃盗なども考えられますので、一応警察へ連絡していただいた方が良いのではないかと思いますが…」


 こういった依頼人は別段少ないわけではない。普段の不倫やDVなどの依頼も、県や市はちゃんと電話窓口を作ったりしているものの、積極的に動いてくれるというイメージがない。

 それに対して私のような私立の探偵は対価を出す分フットワークが軽いように思われているのだろう。

 警察が動く、動かないの問題ではない。単にイメージの問題なのだ。


「私が忘れているだけだと思うんです。なので、探偵さんには書類だけ見つけて頂ければ…」


 妙に歯切れが悪い。ただ、気にするほどでもない。

 依頼を探偵に持ってきて、細かい所を誤魔化すのはそれが知られたくないからだろう。

 基本的にそれらは厄介で複雑だ。

 自分では持て余すが、警察には話せない。だから探偵に依頼する。

 それが厄介事でなくて一体何だろうか。

 このテの話で面倒なのは、理由を聞くと巻き込まれるところだ。

 確かに厄介事は御免だ。無駄な苦労は背負いたくない。

 だが、深くまで踏み込まなければいいだけのこと。

 だから私は敢えて仔細を聞くことなく、この依頼を引き受けた。

 最低限の情報と、最低限の知識。

 それだけを持って、私はこの事件に手をつけた。

 人間の罪が「無知」であることを忘れて。


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