いた!
ほとんどの社員がパソコンにさし向いデスクワークをしているうちの広報・デザイン部に比べて、営業部は昼前のこのとき間、驚くほど人がいない。それはもちろんうちより暇というわけではなくて。電話もガンガンかかってくる。もとから外回りの社員が多いというのと、管理職が外回りの朝一番の結果をうけた会議をするタイミングで人がいないってことらしい。
しかし、どうしてか。今日に限って宮本くんは、この場にいて、わたしと真っ先に目が合うことになった。
「乾さん!」
『かっこよかった?』
満川先輩の朝の言葉がふっと浮かぶ。
(まあ、かっこよくはあるんだろうよ)
背は高いし、足長いし。普通に立っているだけで日本人か、と思うほどは、なんか迫力がある。がっしりとした体つきの割に、目鼻立ちがととのっているから「王子」なんてあだ名もついている。見た目で言うと、わたしなんかよりずっとしっかりして年上にみえる。
「よかった、会えて」
さらに、悩ましげに寄せられた眉をみると、なんかどきんとしてしまうのは、きっと普段は誰にもみせないような、表情だからだろう。
(宮本くんは、二コ下、わたしの方が、先輩。
宮本くんは、二コ下、わたしの方が、先輩。)
わたしはそう唱えながら、なんとか平静を保っていた。
駆け寄ってきた宮本くんに、何か言われる前に、石垣印刷の名前が入った封筒を押しつける。
「話が――」
「恐れ入ります。石垣印刷さんから、北村課長への預かりものです。
お渡ししていただいて、よろしいでしょうか」
ばか丁寧な口調で言ってみた。
「は、はいうけたまわりました」
つられて、宮本くんがかしこまっている隙に、背を向ける。
「失礼します」
「待ってください」
聞こえない。聞こえない。
(万が一、肩でもつかもうもんなら、大声あげてやる)
わたしは早足で営業部に背を向けた。
「メール、見てくれましたか」
「……。」
「ちゃんと、話をさせてください」
「……。」
聞く気ない。
(頼むから、わたしの背中で察してほしい。なかったことにしたいってこと。)
そう思っていたのに、宮本くんは小走りでわたしを追い越し、営業部の入り口の扉をふさいだ。
「乾里桜さん」
宮本くんは、こちらの目をしっかり見据えてきた。
まっすぐ伸びた背筋、彼はびっくりする真っ向勝負だ。
正直な人なんだろうな、と思う。
だましたり、ごまかしたりしない。
だから、かえってよけいに困ってしまう。
こわい。
(突きつけられるものが、とてもこわいんだ)
「わたし、仕事あるから」
勇気を出して脇を過ぎ去ろうとすると、宮本くんがわたしの腕をつかんだ。
「や、」
本当に触れられるとは思わなかった。強い力。
「待ってください」
「セクハラって叫ぶよ!」
営業部に残っていた何人かの社員がぎょっとしたようにこちらを見た。
この分じゃ昼休みまでには噂になってしまうかもしれない。
(ああ。満川先輩になんていおう)
もちろん、びっくりしているのは彼も一緒で、すっと身を引いてくれた。
わたしは小走りで営業部の扉を抜けて行く。
「また、連絡します」
その声を背中でわたしは聞きながら、昨日のことを考えていた。