打ち合わせからの・・・・・・
朝十時。打ち合わせ時間ぴったりに仕事を頼んだ石垣印刷所が課に訪ねてきて、わたしの最初の打ち合わせがはじまった。
机の上には、三〇センチ定規が五本か並べられている。黒・青・緑・蛍光イエロー・蛍光ピンク。一本、一本の定規には、それぞれ違う色で漫画の台詞ような丸いの吹きだしシールが貼られていた。
「やはり、蛍光ではなく、色はもう少し控えめでお願いします。」
「そうですか」
石垣印刷所は小さな会社で、いつも石垣社長みずからが打ち合わせに来てくれる。いつもにこにこ笑っているこの社長は、いつもレトロな山高帽をかぶっていて、打ち合わせの最初と最後はそれをすっと持ち上げて、挨拶してくれる。いでたちも、しゃべり方も紳士とみんなに評判だ。
わたしの務める宇楽堂は、宇楽金型製作所の文具部門が独立した子会社にあたる。大正時代に創業した金型製作所が金属製の物差しづくりに力を入れていたことから始まる文房具の老舗だ。定規はもちろん、ペンケースや名刺入れ眼鏡ケースなど、金属を使った商品を小売店に卸してる。
広報・デザイン部は小売店に置かせてもらうPOPや、雑誌のページ下にほんの一行載せてもらうキャッチコピー、商品本体に貼って宣伝するシールづくりなんかを担当する。
「色そのものは、黄色、ピンクに絞る方向で大丈夫でしたでしょうか」
石垣印刷さんとは、創業当時からお付きあいさせていただいている。石垣社長は、わたしよりも会社の歴史について詳しいことだってあり、驚かされることも多い。
「はい。小さなシールですので、モノトーンですとやっぱり目につきづらいということで」
プラ金定規は、プラスチックの本体に、縁だけを金属とした宇楽堂の定番商品だ。本体部分が透明なので、定規の位置を合わせやすく、縁が金属なのでカッターを使っても定規が削れる心配がない。
『カッター作業も安心!』
その一言を主張したシールを製品に貼りつける予定だ。小さなシールなので、目立つ色の方がもちろん良いが、サンプルをつくってもらった蛍光イエローと蛍光ピンクは「伝統の技、良いものを残そう」という社風に合わないのではないか、安っぽくならないかという意見も出た。結論として、あまりPOP過ぎるのもよろしくないということで、蛍光は避ける方向になっている。
石垣社長は、鞄の中から色見本を取りだし、「ではこのあたりではどうでしょう」と五年前にパンフレットの背景色につかった色をわたしに示した。
黄色・ピンクで蛍光でなければ、自分のセンスで採用していいと言われていた。
(初めての打ち合わせで、わたしは決断を任せられている)
と、いえれば、聞こえはいいけど、わたしのセンスより、石垣印刷さんの経験測を信頼してのことだろう。
それでも、OKを出すのは緊張した。
「こちらでお願いいたします」
この打ち合わせのもう一つの意味は、わたしが独り立ちする練習なのだろう。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
石垣社長は、にっこり笑って緑茶を最後すうっと全部飲みほしてくれた。
「お茶、ありがとうございました」
これで終了だ。
時間も流れも、想定通りだったけれども、実際終わってみて、わたしはほっと緊張をといた。
正直、このときはもう宮本くんのことなんて、忘れていたのだけど、
「本日営業部の北村課長様はこちらにいらっしゃいますでしょうか」
石垣社長はふいにそんなことを言ってきた。
営業部。営業部は今のわたしには鬼門だ。
しかも北村課長は今日、広報・デザイン部の課長と、他県に出張中だ。
それを伝えると、石垣社長は鞄のなかから角二封筒をとりだして、こちらに預けた。
「こちらを課長様にお渡しいただけますでしょうか。お渡しいただければわかりますので」
(営業部に、届け物)
背中がうすら寒くなる。
だって、営業部は彼がいる。
でもだからって、断るわけにもいかない。
「うけたまわりました。いつもありがとうございます」
(宮本くんが外回りにでていますように)
わたしは普段はあまり信じていない神様に祈った。