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09部下達との交流


「感情が無いのか?生まれながらに」


 一時天界に戻り後継者誕生の報告を終えたヤマネコは、大魔王城の門へと向かっていた。あれから幾度かマオールと接してみたが特に進展はしていない。魔法や歴史の教育を担当するサジットも、反応が無いためどうしたものかと嘆いていた。自分が行っている授業が伝わっているのか分からない。今は基本を口頭で教えているだけだがこのままでは実際に魔法を扱えるかも疑問だ。


 いつまでもこの様子では何らかの措置を取らなくてはならないだろう。最悪処分して新しい後継者を生み出す事も有り得る。やはり無理に力を詰め込みすぎたためだろうか。大魔王がそんな選択をするのであれば、残念だがこの手で始末しなければならない。マオールは天界で引き取ってウミネコにでも育てさせようか。闇に染まっていない神魔属なら戦力として迎えられるだろう。


 そう思いながら門まで辿り着いた。大魔王城に所属する者であれば入り口の罠は発動せずに素通りできる。門前にはいつものようにソーマが立っていた。


「あ、お帰りなさい。ヤマネコさん」


「お勤めご苦労様」


 さすがに様付けでは怪しまれるため呼び方は改めさせた。そのまま城内に入ろうと思ったが何やら彼女の様子がおかしい。一瞬ではあったが何か視界に黄色い物が映った。通り過ぎようとしていた姿勢そのままで戻って来ると、慌てて後ろに何かを隠す動作をする。


「ど、どうかしました?」


 明らかに怪しい。感情もまともに隠せないとは天使兵の親衛隊の実力を疑う所だ。それとも裏切り者が紛れ込まないようわざとそういった人選をしているのか。


「何、隠してるの?」


 こんな所まできて自分に隠し事をしようとはいい度胸だ。そんな感情を視線に込めると彼女は慌てて否定した。


「違います!そんな隠し事だなんて」


 だったら見せられるだろう。ヤマネコはジャージ天使に無言の圧力をかけた。気圧されたソーマは渋々背に隠した物体を取り出す。


「きゃー」


 子供のような甲高い鳴き声を上げた、何とも形容し難い生物がそこにいた。黄色い体に豆粒のような目。針金のように細い手足。頭には耳だか羽だか良く分からない物が付いている。手乗りマスコットのようなそれは、手足をばたつかせながらこちらを見ている。


 何だ、これは。ハッキリ言って気味が悪い。こんな悪意のこもったマスコットを作った奴の気が知れない。


「可愛いですよねー」


 どうして彼女が笑顔で同意を求めるのかが理解できない。きっとソーマは魔界の空気に長く触れたため神経が毒されてしまったに違いない。この物体を見ていると谷に放り投げて視界から消してしまいたい衝動に駆られる。しかし上に立つ者として取り乱す訳にもいかない。


 ヤマネコは抑揚の無い声でまともな台詞を捻り出した。これ以上無いくらい冷めた瞳で彼女を見つめながら。


「職場にペットを持ち込むのは感心できないね」


「えっ」


「子供じゃあるまいし、公私混同するのは良くないよ」


「ええっ?」


 その顔と姿であまりに似合わない言動を繰り出すヤマネコに、天使の少女は目をぱちくりさせた。一拍置いて彼女は言葉の意味を理解して困ったように笑う。


「もー、ペットなんかじゃありませんよ。何言ってるんですか」


「ああ失礼。家族?」


「違いますって!この間ヤマネコさんが始めて城に来た次の日、谷の近くでたまたま拾ったんですよ。放っておくと城に入っていっちゃいそうなので預かってるんです。多分城の誰かの使い魔だと思って門を通る人に聞いてますけど、今の所持ち主が見つからなくて」


 どうやら天使として、常人としての一線はまだ越えていないようだ。それにしてもこんな不気味な物体を使い魔にするとは、一体どんな神経をしているのだろうか。あまり関わり合いになりたくない。そこまで考えてふと疑問が湧いた。それなら別に隠す必要は無いじゃないか、と。事情を話し終えた彼女は少しそわそわしたように、邪悪なマスコットを抱いたまま視線をさまよわせている。まるで早く通り過ぎて欲しいと言わんばかりに。


 この態度、まさか没収されるのを危惧しているのか。いくら何でもそんな物に手を出す程自分は落ちぶれてはいない。こんな物体を愛好するなどと思われるのは心外だ。そう思ったヤマネコだが猫耳ヘルメットを被った自分の格好が、誤解を受ける原因そのものだとは気付いていな


「心配しなくても、横取りしたりしないよ」


 ひどく棒読みだったに違いない自分の台詞を聞いて、ソーマは明らかに安心したような表情を見せた。どうやら本気で盗られると思っていたようだ。この天使とは一度じっくり話し合う必要があるかもしれない。場合によっては天界への復帰は二度と訪れないだろう。


「それじゃあ俺は城に入れるから、一応聞いてみようか」


 持ち主が見つからない限り、門を通るたびにこの物体を目にする事になる。面倒だが仕方ない。ソーマはまだ少し疑っているようだが、渋々マスコットを寄越した。呪いでも受けそうであまり触りたくはない。なるべく触れる面積が少ないよう首根っこを掴んだ。ぶら下がりながらきゃーきゃー奇声を発するそれは、まるで悲鳴を聞いた者を死に至らしめるマンドラゴラのようだ。


「もしいらないって言うなら私がもらってもいいか聞いてもらえます?」


 闇の霧に精神を汚染された天使のたわごとは聞き流した。テキトーな返事をして入り口へと向かう。早くこの淀んだ空気が漂う場所から立ち去りたい。


「じゃあねー、まおーちゃん」


 どんな名前を付けているんだ。危うく入り口の段差に足を引っ掛けるところだった。






 無駄足を踏むのは嫌いなのでヤマネコは真っ先にサジットの執務室を目指した。彼なら城に住む大魔王の部下達を全て把握しているだろう。チェンマーに聞くのが一番手っ取り早いだろうが、彼女との関係を大っぴらにする訳にもいかない。表向きは監視される立場だ。自分から呼び出す姿を誰かに見られたりしたら、言い訳を考えなくてはならなくなる。


 廊下を早足で歩いていると大きなモップを担いだ掃除夫、ヘッジとすれ違った。彼はこちらに気付くと意地の悪い笑みを見せ振り返った。


「何だ、そろそろ子守りが嫌になったのか」


 ヤマネコが執務室に向かうのはこれが初めてだ。彼はヤマネコが仕事を変えて欲しいとサジットに懇願するために来たと思ったのだ。ヤマネコが掃除の手伝いを辞めてからというもの、当然ヘッジは一人で仕事をする破目になった。仕事量は以前と変わりないのだが、人は一度楽を覚えると癖になる。彼としてはヤマネコが子守を放棄して雑用に戻る事を強く望んでいた。


「残念ながら違いますよ」


「何だよ、つまらねぇな。ガキの世話なんてサジットにやらしときゃいいのに」


 ヤマネコも彼に同意見だった。あの様子なら誰が相手をしようと関係無いだろう。だがこの仕事は城内を探索する絶好の口実になる。


 先日もサジットに許可を取り図書館へ赴いた。監視があってもチェンマーが手や口を出さないため、奥の部屋にある古代の魔法書なども調べる事ができた。生憎持ち出しが禁止されているので解読には至らなかったが、色々と興味深い物が見られた。


 連れ出したマオールには適当に見繕った本を何冊か渡しておいた。絵本を読み聞かせるなど器用な真似はとてもじゃないができない。相変わらず反応は無いが本は読めるようだった。物は試しと魔法書のページも見せてみた。これで何か起こってくれればと期待したが進展せず、現在に至る。


 素通りするつもりだったヤマネコは、ふと思い直しヘッジに例のマスコットを突き出した。


「これ、どう思います?」


 ヘッジは怪訝な表情を見せる。


「変わった使い魔だな」


 やはりこういったものは使い魔の部類に入るらしい。それでも一般的な物ではないようなので安心した。こんな使い魔ばかりが使役される魔界だったら今すぐ逃げ出してしまいたい所だ。


「何だか弱そうだな。お前のか?」


「断じて違います。誰の物か聞きにここへ来たんです」


 このマスコットが野良だったらどんなに良かったか。それなら門でソーマが取り出した時点で、有無を言わせず谷底に投げ捨てたのに。


「それじゃリャシーマンじゃねぇか。この城で使い魔を持ってる奴はあいつぐらいだぜ」


 聞いた事の無い名前だ。まだここに来て日が浅いので知らない人物の方が多い。この大魔王城でどれ程の人数が働いているのかも不明だ。チェンマーに聞いたら答えてくれるだろうか。今度会う機会があれば是非聞いておきたい。


「多分今なら執務室にいるぜ。ビッグマーが定時報告を聞かねぇもんだから、幹部連中で会議でもやってんだろ。真面目なこった」


「入っても大丈夫ですかね」


 できれば幹部というのが誰か知っておきたい。あまり詳しい事に首を突っ込むと疑われる恐れがあったので、その辺りは聞かないようにしていた。これは大魔王勢力の内情を知るいい機会だ。我ながら素晴らしいタイミングでここを訪れたものだ。


「別にいいんじゃねぇの?そんな大した話はしてねぇだろうし」


 ヘッジはモップを背負い直すとヤマネコとは反対方向へ進んで行った。今日もまた広い城内を一人で掃除するのだろう。魔法も使わずにあれだけの仕事をするのだから、彼の運動量はかなりのものだ。そりゃあ文句の一つも言いたくなる。  彼を見送るとヤマネコは部屋の壁にへばり付き、聞き耳を立てた。間違っても扉に挟まれるなんて間抜けな事態が起きぬよう、立ち位置に気を付ける。内容は聞き取れないが話し声が聞こえるので防音設備や魔法はかかっていない。中にいるのは恐らく三~四人程度だろう。


 ヤマネコは壁から離れると極力中を刺激しないよう扉をノックした。途端に部屋の中の声がぴたりと止んだ。何かまずい事をしでかしただろうか。


「すみませーん」


 声を掛けてもう一度ノックしてみる。するとしばらくして扉が開かれた。扉を魔法で開けたのは顔見知りの色黒女性だった。


「あら、誰かと思ったら新人じゃない」


 部屋の中心にあるテーブルを囲んで立っていたのは三人。この部屋の持ち主であるサジットと見知らぬ二人だ。片方は緑色のサングラスをかけたスーツ姿の女性。もう一方は黒子のような赤い装束で、手には大きなコックのぬいぐるみを持った仮面の人物。ハガは部屋の奥の窓側にスタンバイしていた。


 どう見ても敵を迎え撃つ体勢だ。サジットとハガは前に立つ二人の援護。赤装束の人物の手には大きなフライパン、スーツの女性は手からピンクと水色の一つ目幽霊が浮かんでいる。ハガとサジットが臨戦態勢を解くと、残りの二人も警戒を緩めた。


「悪かったわね。まさかドアをノックするような奴が他にいるとは思わなかったわ」


 窓枠から飛び降りたハガはそう言ってテーブルまで戻った。


「僕はてっきりサジットさんの偽物でも現れるかと思っていましたよ」


 赤装束の男はフライパンを人形にしまい込んだ。明らかに人形より大きなフライパンだった。どういう構造をしているのだろう。サングラスの女性の手からも透明な幽霊が掻き消えた。


「人騒がせですわね」


 扉をノックしただけで戦闘態勢に入る方がどうかと思う。ヤマネコはツッコミを入れたい気持ちを抑えた。つまりこの大魔王城で扉を叩く礼儀を知っているのがサジットだけで、彼以外にそんな行動を取る者がいないため敵だと思われた。声を掛けずに扉を開けていれば集中砲火を受けていた事だろう。どんな無法者の集まりだ。この集団のまとめ役であろうサジットを冷たい眼差しで見つめた。視線を受けたサジットは誤魔化すように咳払いをした。


「二人にはまだ紹介していませんでしたね。彼はヤマネコ。最近入った神魔属でマオール様の相手を担当させています。こちらは食堂担当のイッサ」


「どうもー」


「ドウモー」


 人形と本人の声が重なった。コック帽の人形はファンシーな見た目とは違い野太い声をしている。生きているのか腹話術なのか見た目からは判断できない。人形の手と同時に握手を求めてきたので、迷わず本人の手を取った。仮面の奥で残念そうな気配があったのは多分気のせいだ。


「リャシーマンです。主に城の経理などを担当しておりますわ」


 威圧的な態度の女性はどことなく妹のウミネコを思い出させる。ヘッジが言っていた使い魔を使役する人物とは彼女の事だ。ヤマネコは袋に詰めていた例の物体をポケットから取り出した。


「失礼ですがこれ、あなたのですか?」


 邪悪なマスコットは袋を開けた途端に鳴き声を上げて飛び出した。リャシーマンは反射的に後ずさる。そして床に着地したそれをまじまじと見つめる。


「何ですの?」


 この態度からするとどうやら彼女の使い魔ではないようだ。それでも一応聞いてみる。部屋の中にいる一人くらいは何か知っている可能性もある。ヤマネコは使い魔のような物を他の三人にも見えるように摘み上げた。


「門番のソーマさんが拾った物ですけど、誰か心当たりはありませんか」


 反応は三者三様だ。イッサはほほう、と興味深げに観察している。じたばたしている様子を見たハガはちょっとかわいそうじゃない?といった表情で。サジットはやや不気味な物を見るような目をしている。彼とはきっと仲良くなれる、そんな気がした。


 そしてリャシーマンはなぜか頬を赤らめたまま、例の物体を凝視していた。嫌な予感が頭を過ぎる。彼女は幾分柔らかい声色でそれに向かって問いかけた。


「あなた、お名前は」


「ぼく、まおー」


 喋った!会話機能まで備わっているのか!知能の欠片も無いような外見をしているくせに生意気な。という事はソーマが呼んでいた名前は彼女が付けたのではなく、奴が自ら名乗ったものだったのか。名前を聞いた他の三人は怪訝な表情をしていた。これが普通の反応だ。


「か、かわいい!」


 それまでの冷淡なイメージをぶち壊し、リャシーマンはまおーと名乗るそれをヤマネコから奪い取るとぎゅっと抱きしめた。そのまま握りつぶしてくれないだろうか。サングラスの下はきっと恋する乙女の瞳をしている。ここにも精神を汚染された者がいたようだ。それとも女性に対してだけ誘惑の効果があるのか。澄ました顔をしているハガも実は魅了されているかもしれない。


「失礼ですが、私にはそのように見えませんが」


 同僚の豹変に若干引き気味のサジットはそれでも冷静な意見を述べた。彼にはとても好感が持てる。自分が女性ならお近付きになりたいと感じただろう。


「あなたの目は節穴ですか、サジット。この愛くるしい姿、つぶらな瞳。守ってあげたいと思うのが当然でしょう」


 ひどい言われ様だ。このままでは彼らの人間関係が悪化するのも時間の問題だ。それにしても一つの物に対してここまで意見が分かれるものも珍しい。このマスコットには特別な力でも備わっているのだろうか。反応の違いに共通点があれば何か分かりそうな気がする。


 突如ヤマネコの脳裏に画期的なアイディアが浮かんだ。この不思議物体をマオールに見せたら何らかの反応が見られるのではないか。いや、反応があるはず。それは直感というより確信に近かった。善は急げ。ヤマネコはすぐに行動に移した。


「ちょっと失礼」


 リャシーマンの手からまおーを取り上げる。彼女から殺気のようなものを感じたが気にしない。うちの上司から自分に向けられる視線に比べたらそよ風のようなものだ。


「サジットさん。これをマオール様の所に持って行っても構いませんか」


 一応形だけでも許可を取るが、駄目だと言われても持っていくつもりだ。サジットは当然こんな怪しい物体を愛しいご子息に近付けるなどとんでもない!と反対した。しかしヤマネコの理由を聞くと頭から否定する訳にもいかない。他の二人も面白い、うまくいくかもしれないと賛成したため渋々オーケーを出した。ただし自分も同行する事を条件にと、部屋を出るヤマネコの後に続いた。


 ちなみにリャシーマンは「きっとマオール様もこの可愛さで感情を目覚めさせるに違いないですわ!」とサングラスを光らせていた。彼女とはきっと分かり合えない。ハガとイッサもこれには肩をすくめていた。幹部の半分以上が常識人らしかったのでヤマネコは安心して部屋を後にした。



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