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08機人王との邂逅


 そういった経緯を経て、今ヤマネコの目の前にマオールを抱いたサジットが立っている。腕の中の幼児は大きな瞳を瞬きさせてこちらをじっと見つめてくる。子供と接した経験の無いヤマネコにとって、自分が育児をする光景など全く浮かんでこない。ましてそれが大魔王の後継者となりうるとすれば、責任も重大だ。どうしてそんな重要な仕事を最近入った雑用係などに命じるのか。魔界の子育て事情は良く分からない。


「別にそう難しい事ではありません。あなたには勉強以外の時間帯にマオール様の相手をして頂くだけで結構です」


 つまり子守だ。むしろ決められた物を教えるだけの方が気楽だとヤマネコは思った。これなら自分より妹のウミネコが適任だ。彼女なら喜んで教育計画を立て、愛と正義の指導を行うだろう。神の教えをこの幼児に叩き込み、大魔王として成長すれば魔界はきっと第二の天界として生まれ変わる。魔界を担当する神の片割れが泣き崩れる様子が目に浮かぶ。 これは面白い。今からでも役目を交換出来ないかと考えを巡らすが、あの上司が一度決めた事を覆すとは思えない。珍しい物が見られるチャンスを失ってしまい非常に残念だ。


「相手といっても、無論この大魔王城から外へ出てはいけません。代わりに城内のいくつかの場所への入室は許可します。後日あなたの階級を変更しますので、本日の所はこのプレイルームで過ごして下さい」


 マオールのために作られたこの部屋は広間と言っても差支えがない程に広い。部屋にはいくつものぬいぐるみやオモチャ、ふかふかのソファーやメルヘンチックなベッドも備え付けられている。小さな本棚にはカラフルな本が並び、中央のテーブルには食事や菓子も用意されていて至れり尽くせりだ。幼児には勿体無い。


 サジットが丁重にマオールをソファーに降ろすと、壁にあるスイッチを操作する。すると部屋内の至る所から小さなレンズの付いた機械が飛び出す。内部に向けられているそれは全て監視カメラの役割をしているようだ。


「部屋の様子は全て監視下にありますので、万が一何かあってもすぐに駆けつけます。安心して下さい。他の場所も同様ですから心配ありません」


 常に見張っているから余計な気は起こさない方がいい。そう警告しているのだ。再びスイッチを操作すると監視カメラは元の位置に納まり、見た目からはどこにあるのか分からなくなる。


「それでは私はこれで失礼します」


 言いたい事だけを言ってサジットは退室してしまった。時期大魔王の幼児と二人きりにされてしまい、ヤマネコはどうしたものかと部屋の中を見回す。部屋の扉は間違いなく施錠されているだろう。迎えが来るまで当分部屋から出られない。


 仕方が無いのでヤマネコはマオールの様子を観察する。ソファーに乗った子供は体が小さくどう見てもただの幼児だ。吸い込まれそうな黒い瞳に白い髪。客観的に見ればかなり可愛い容姿といえる。しかしヤマネコは白い髪と白い服を見ると、どうしても自分の上司の姿が浮かんでしまうためそんな感情は湧かなかった。そういえばこの子の性別をまだ聞いていなかった。後で確認しておかなければ。


 今の所戦う力はまだ無いがかなり頑丈だ。神魔属の力を持つ事から光と闇のどちらの力にも耐性があるはず。あの真面目そうな男が教育を施すのであれば、余程の事が無い限り良識を持つ優等生に成長する。


 このままでは全ての魔法を使いこなし、魔界のために戦う模範的な指導者が誕生してしまう。部下の信頼も厚く魔属達の結束もより堅固になる。もし天界と対立するような事態が起きても、話し合いの場を設け平和的解決を望むだろう。交渉が決裂したのなら宣戦布告し、兵を徴集して戦争を起こす。


 嫌だ。そんな面倒な大魔王と戦いたくない。天使兵は個々の力が高いものの基本的な戦術は諜報や人間を使った戦いだ。そんな正々堂々と戦いを挑まれては、統率力の無さが浮き彫りになり、天界の機動力である人間の信仰心も揺らいでしまう。地上で悪事を働いてもらった方がまだやりやすい。ここは一つ、性格に何か影響を与えるような働きかけをするか、弱点のようなものを植えつけるくらいはした方がいい。


 もう一度じっくり観察してみる。視線に気付いたマオールはこちらを向き、じっと見つめてくる。とりあえず声でもかけてみようか。


「こんにちは」


 反応は無い。いや、瞬きをするくらいの動きはあった。もしかしてまだ喋れないのだろうか。生まれて数日しか経っていないし可能性はある。人間の子供なら当然話す事はできないし、まだあまり感情も発達していない時期だ。


 ヤマネコはこの幼児に違和感を覚えた。それは大魔王の子供だとか神魔属とかいう事ではなく、もっと根本的なもの。これが本当に生まれたての幼児なのかという疑問だ。


 幼児にしては妙に落ち着いている。普通は赤の他人と二人きりにされたら大人でも不安になるはずだが、そんな様子は微塵も感じられない。言葉を発しないのも実は何かを意図しての行動かもしれない。

 おもむろに片手でひょいと持ち上げてみる。ずいぶん軽い。そこのぬいぐるみの方が重いのではと感じるくらいだ。確認するのは早い方がいい。そのままヤマネコはマオールから手を離してみた。ソファーの上ではなく床の方へ。


「おっとうっかり」


 言い訳のための台詞を言っておくのも忘れない。幼児らしきものは重さにより自然と頭から落ちる形になる。するとどこからともなく紐のような物が飛び出し、床に激突するはずだったマオールを見事にキャッチした。そのままゆっくりソファーまで運ぶと、またどこかへと消えていく。


「何やってるの?あなた」


 呆れたような声は天井から聞こえた。見上げるとそこには紅色のセクシーな衣装を纏った女性が、金属線の束に腰掛けてこちらを見下ろしていた。白い肌に生気は無く作り物のようだ。金属線はどこかから伸びているのではなく、天井そのものから直接生えている。先程マオールを受け止めた紐も同じような構造なのだろう。これが機械要塞大魔王城の力か。そして恐らくこの女性が機人王。罠と仕掛けを作り出した張本人だ。


 声に怒りがこもっていない所を見ると、こちらに制裁を与えにやってきたのでは無さそうだ。客観的にそう見えるだけで実際のところは分からないが。


「どちら様ですか」


 ヤマネコはちょっと話をはぐらかしてみた。


「ああ、あなたから見れば初対面だったわね。あたしはチェンマー。この城の主よ」


 そう言うと女性は天井から飛び降り、ふわりと着地した。強気な瞳で頭の先から爪先までじろじろと見つめてくる。女性に見つめられるのは悪い気がしないが、こうも無遠慮にされると居心地が悪い。


「じゃああなたが大魔王ですか」


「リンバーならともかく、あの馬鹿と一緒にしないでほしいわね」


 身内からも馬鹿呼ばわりされる大魔王って一体。ヤマネコは未だ接触の無い大魔王に興味が湧いた。あの騒動の最中、扉の隙間から見えたのはサジットに焦がされる様子だけだった。それだけでも十分間抜けさは伝わったが、やはり実物に会ってみなければ分からない。一応暗殺命令も受けているため大魔王に謁見する機会が欲しいところだ。


 チェンマーは彼の周りを様々な角度から観察し、気が済むと再び正面に立った。ヤマネコがようやく解放されたと思った矢先、いきなり彼女は顔を近づけてきた。


「ちょっとあなた、それ取ってみなさい」


 チェンマーの視線の先には猫耳が生えたヘルメットと口元の装飾具がある。彼女にはある確信があった。ヤマネコとしても別に断る理由が無い。自分の存在は天界でも一部の者にしか知られていないし、顔がばれても問題ない。しかしただで見せても面白くないと彼は思った。


「今起こった事を黙ってもらえるのならいいですよ」


 ヤマネコの言葉を聞いたチェンマーも悪戯を思いついたような表情を見せた。


「いいわ。サジットには黙っていてあげる」


 魅力的な笑顔だ。どうせならこういう上司に仕えたい。ヤマネコは言われた通りにヘルメットと装飾具を外した。


「やっぱり!思った通りだわ」


 素顔を見せたヤマネコの姿は彼女の愛する男に瓜二つだった。薄黄緑の髪を染めて同じ格好をすれば、城の住人でも見分けが付かないかもしれない。一方リンバーの顔を知らないヤマネコは彼女の意図が分からない。面白そうに自分の顔を覗き込む女性に、どういった反応をすればいいのか思案していた。


 三十秒程たっぷりヤマネコを観察してチェンマーは満足したようだ。


「もういいわ。あなた、教育係の件だけど好きにやって構わないわよ。多少の問題ならあたしに言えば解決してあげるし、余程の事じゃなければサジットにも報告しないわ」


 急に好意的な態度になったチェンマーを前に、ヤマネコは不信感でいっぱいだった。一体何が彼女の琴線に触れたのか。それでも大魔王城の主である彼女の協力を得たのは彼にとって大きな収穫だ。表向きは監視をするが何をしても口を出さないというのだ。うまく口実を作れば城内を好きに探索する事も可能だ。


 ただしこちらの動きを陽動する罠の可能性もある。頭から信用するわけにはいかない。チェンマーは気が済んだとばかりに、再び天井から金属線を降ろし部屋を出て行こうとする。ヤマネコは彼女が線を掴んで移動する前に呼び止めた。


「どうしてこんな怪しい男を信用するんです?」


 自分で言うのも何だが、天界を追われた神魔属などという設定はどう考えても怪しすぎる。普通はスパイか何かかと思うだろう。大体監視をごまかすメリットが彼女には無いはずだ。


「あなたの顔が気に入った。単純にそれだけよ。ああ、他の人にはその顔を見せないでね」


 何とも自分に正直な回答だ。魔属とは皆そういうものなのか?それとも女性だからか?妹とはえらい違いだ。あまりに酷い答えに頭痛らしきものを感じた。


「そういえば、さっき何をやっていたの?」


 既に体の半分を埋もれさせたチェンマーが天井から問いかけた。正直に話しても問題無いだろう。ヤマネコはチェンマーに対しての認識を改めた。彼女は告げ口をするような性格ではない。黙って反応を面白がるタイプだ。


「何となく泣かせてみようかと思ったんですけど」


 特に理由もなく直感的にやった。泣けばとりあえず子供だと判断できそうだったからだ。それを聞いたチェンマーは目を丸くした。


「呆れた、ビッグマーと同じ事言うのね。あいつの場合はサジットに見つかってぶっ飛ばされてたわ」


 なんと、現大魔王も同じ事を考えていた。彼も自分と同じ違和感を覚えたのだろうか。それはともかく彼女が見ていたというのなら結果を知りたい。チェンマーはヤマネコの様子を見透かしたようにウィンクしてこう言った。


「あの子は泣きも喚きもしなかったわ。ちょっと小突かれただけだから大して効いてなかっただけかもしれないけど。それじゃ、頑張ってね」


 彼女は音も無く天井へと消えていった。部屋には設置されたオルゴールの小さな音色だけが響く。一人残されたヤマネコは再度マオールを見る。チェンマーが現れてから消えるまでの間もこの幼児に大きな反応、とりわけ感情のようなものは発せられなかった。今は鳴っているオルゴールの方に注意を向けている。ヤマネコの疑問は解消されるどころかますます深まった。


 この後、数日間の時を経てもその様子が変わる事は無かった。



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